第31話 アイドル危機一髪4


「ということで、弾正。今日の夜、アイドルのライブ見に行かない?」

「他に誘う人間はいなかったのか?」


 俺は思わずため息をついた。砂橋は「ということで」と話し始めているが、砂橋がその言葉を発したのは、喫茶店で先にチーズケーキを注文して待っていた砂橋の前に腰かけた時だった。


 俺は毎日小説を執筆しているが、ひと段落ついた時に限って砂橋からの呼び出しの連絡がくる。今回の呼び出し場所も、砂橋が所属している探偵事務所セレストが入っているオフィスビルの一階にある喫茶店『硝子匣』だ。


「笹川には調べ物してもらってるし、準備もあるだろうからね」

「準備?」

「衣装の」

「ああ……」


 それだけで俺は納得してしまった。笹川の性別は男だが、彼は本当に様々な服を着る。ゴスロリだったり、燕尾服だったり、とその衣装の幅は非常に多い。厄介なのは衣装に合わせて、メイクも髪もがらりと変えてくるので街中で出会ったとしてもなかなか気づくことができないことだ。

 その衣装の準備だというのなら、時間はかかるだろう。


「それで、そのアイドルというのは……名前はなんだ? テレビに出るような有名なものしか知らないし、それどころか歌もほとんど知らないぞ?」

「弾正は、作業中音楽とか必要ないタイプだからねぇ。図書館とかで黙々と作業してそう」


 その様子なら大学時代にも見たことがあるだろう、と俺はため息をついた。砂橋はテーブル上に置かれたミルク入れを持ち上げて、ホットのティーの上に円を描きながら注ぎ入れた。


「フルーツフィールドっていうアイドルグループなんだけど、知ってる?」

「全く知らないな」

「だろうね」

「何故、俺がアイドルのライブに……」


 ため息をつくと向かいの席で砂橋がくすくすと笑った。


「そこをなんとか。僕だって、知らないアイドルのライブに一人で行きたくないよ」


 砂橋なら一人でライブに行ったとしても周りはなんとも思わないかもしれないが、俺の場合は訝し気な目で見られる可能性の方が高い。俺だって自分がアイドルのライブに行くなんて想像ができない。むしろ、したくない。


「ということでチケット二枚取っておいたからね」

「拒否権はなかったのか」

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