第10話 潮騒館殺人事件10
蝦村と貴鮫にはもう少し話を聞かなければいけないだろう。白田と羽田は、二階の客室へと向かった。他の客がどこに泊まっているかは知らされていないため、虱潰しに残り二人を探すことになるだろう。
「とにかく、蝦村は解散した後、自室には帰らず、一階にいたんだな。何をしていたんだ?」
「……ここでは話せないわ」
蝦村はしっかりと俺の目を見て、そう言った。
「何故だ」
「だから、ここでは言えないの」
「人が死んでるのにか? 悪いが、俺は砂橋ほど、他人と仲良くしようとは思ってないぞ」
蝦村に詰め寄るが、彼女は俺から視線を逸らさなかった。どうやら、どう責めたところでここでは話すつもりはないらしい。ここでは、ということはどこでは話してくれるんだ?
「……俺には話せないということか」
「違うわ。でも、ここでは話せないの」
彼女はそう言うと口を閉じてしまった。思わず、ため息を吐いてしまう。蝦村から離れて貴鮫の方を見ると彼は肩をすくめた。
「アリバイを証明しようとしても俺たちは車の爆破以降お互い会ってないから誰も証明のしようがないと思うがな」
「少なくとも俺と羽田は娯楽室にずっといたぞ」
白田のアリバイも証明したいところだが、味噌汁を作ると言ってキッチンに残っていたので焼きおにぎりを持ってきたあたりからのアリバイしか証明できない。
「ということは貴鮫はずっと自室にいたのか」
「いや、違うが。俺だけの証言だと信じてもらえないだろうからな。証人が来たら話す」
貴鮫の話からはこれ以上何も出てきそうにない。
そういえば、一階の左の通路にはなんの部屋があるのか。愛が来たら聞いてみることにしよう。
しばらくして羽田と白田が海女月を連れて、下へとやってきた。話を聞こうと思っていた愛の姿がいない。
「愛は?」
「二階にはいませんでした」
一階にいるということか。風呂場近くにいたのなら騒ぎに気づいたろう。俺は玄関から見て左側の通路に続く扉を開けた。通路には人の姿はない。通路に入って右に扉、左奥に扉。右奥、食堂と接している場所あたりにも部屋があるのか扉がある。
ふと、右手前にある扉が開いた。
「どうかなさいましたか?」
まだ黒いワンピース姿の愛が姿を現した。愛の向こうには本棚が並んでいた。どうやら、書斎らしい。木更津貴志の部屋だろう。趣味の本が上段にあり、下の段の方に何が綴じてあるのか分からないファイルなどが綺麗に並べてあった。しかし、一か所が抜き取られており、書斎の真ん中にあるローテーブルにそのファイルであろうものが広げてあった。
「砂橋が風呂場で死んでいたんだ。全員をホールに集めて話を聞いている」
「えっ、砂橋さんが、ですか……?」
ここに来て、ようやく反応らしい反応を彼女が見せたなと冷静に思ってしまった。今までは人形のように無感動な反応だったが、さすがに死人が出たということは衝撃だっただろう。
「お前はずっとここにいたのか?」
「いえ。……ここは書斎なんですが、誰かが入って調べ物をしていたようで……片付けをしていたんです。もし、明日、散らかっているところを見られたら私が怒られますから」
「そうか。広げてあるファイルには何が?」
「社長をしていた時の会社の資料だと思います。私にはよく分かりませんが……」
愛がここの片付けをしていたというのはきっと間違いではないだろう。もしかすると、蝦村がここに来ていたかもしれない。
確か、蝦村は横領事件を調べていると言っていたか。
木更津社長の会社の横領事件。そういえば、社員の一人が横領をしていたという話を貴鮫から聞いたな。
俺は砂橋のスマホを取り出して、フォルダと書いてあるアプリを開いた。砂橋はここに事件の資料などを保存していることが多い。もちろん、ロックはかかっているが。パスワードはなんといったか。
俺は試しに「苺のトルテ」と入力してみた。
駄目だ。開かない。
それならば、と「グーズベリー・フール」といれてみる。
ビンゴだ。
毎回毎回、パスワードを変えるから当てるのが大変だ。一緒にいる時は、そのまま見せてくれればいいものの、俺にパスワードを当てさせるのを一種の楽しみとしていた。おかげで、読んでいなかった著書を読み漁る結果となったのだが。
「弾正さん?」
「ああ、いや、なんでもない。とりあえず、ホールに来てくれ」
「分かりました」
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