第9話 潮騒館殺人事件9


 砂橋をそのままにしておくのは申し訳なく、俺は砂橋の荷物と砂橋を俺たちの自室へと運んで、ベッドに横たえた。彼の荷物の中からスマホを取り出して、パスワードを入れる。


「……いつまで罰ゲームで作ったパスワードにしてるんだ」


 三年前にとあるゲームをして、負けた方がスマホのパスワードを相手の電話番号にするという罰ゲームを設けた。ゲームは引き分けだったために、罰ゲームはお互いに課せられた。

 案の定、ロックの外れたスマホのメールを開こうとして、やめた。そのままスマホをポケットにいれて、部屋を出た。


 騒ぎを聞きつけて、ホールに集まっていたのは、蝦村と貴鮫だった。愛と海女月はおらず、羽田は俺を待っていたのか白田と共に通路を出たところにいた。


「……弾正……その……」

「……なんだ」

「事故、か?」

「そんなわけがないだろう!」


 思わず、荒げてしまった声に羽田は少しだけ目を逸らした。傍にいた白田が肩をびくりと跳ねさせた。


「……すまない」


 砂橋を運んでいて詳しく見てなかったが、風呂の様子も見た方がいいだろう。こんなところに一秒でも長くいたくないが。


 よくある探偵小説では、探偵は何故か死なない。事件を調べていても、どんな秘密を知っていても、暴こうとしていても死なない。ピンチの目にあっても、結局は生きてる。

 小説の中であれば、一緒に滝つぼに落ちたところで悪党は死に、探偵は生きているというのに。

 殺人が起きてしまう現場で一番危険なのは秘密を暴こうとする者であることは一番知っていたはずなのに。


「……絶対に、晒し上げてやる」


 ホールへと階段を降りていくとあまり現状を理解していない蝦村と貴鮫が何か言う前に俺は口を開いた。


「ここ一時間、何をしていた?」

「は?」


 貴鮫が眉を顰める。蝦村も不安そうにこちらを見る。俺は殺人事件が起こったからといって、砂橋のように要領よく質問をすることができない。やはり、俺に探偵は向いていないのだろう。


「私は、部屋にずっといたけど……」

「……嘘だろ」


 蝦村の言葉を遮って貴鮫が彼女を睨みつけた。蝦村がぎょっとして貴鮫を見ると今度は貴鮫が話し始めた。


「自分の部屋に行くとか言いながらどうして一階の左の通路に行ったんだ?」

「……トイレを探してたのよ」


 トイレなら脱衣所の隣にあったはずだ。となると、トイレに行きたければ、玄関から見て右の通路に行けばいい。


「正直に言え、蝦村」

「ていうか、なんでそんなこと聞くの?何があったの?」

「砂橋が死んだ」


 貴鮫と蝦村が息を呑むのが分かった。いや、例え、どちらが犯人だとしても驚くような反応をするだろう。


「風呂場で死んでいたのを俺と羽田が発見した。今は自室に置いてある」


 蝦村と貴鮫はお互い目を合わせた。そして、俺を見る。その目は何度も見てきたから知っている。疑惑の目だ。

 確かにいきなり「砂橋が死んだ」と言っても信じてもらえないだろう。それに、疑われるのは第一発見者というのもよく分かっている。


 俺が砂橋を殺すなど、万が一にも起こることはない。それは俺と砂橋がよく知っている。


「今から調べるが、風呂場には漂白剤の容器が転がっていて、お湯が泡立っていた。ガスが充満していたんだろう」

「でも、あそこの扉ってスライド式よね?ガスが発生したら出ればいい話じゃない?もしかして、自殺とか……」

「あいつは絶対に自殺しない」


 蝦村の言葉を俺は遮る。

 かといって、蝦村の言っていることも理解できる。スライド式の扉で鍵もない。あの扉が開きにくかったのは砂橋がもたれかかっていたからであって、砂橋があの扉を内側から開けようと思ったら開いただろう。


 何故、砂橋はガスの充満する風呂場から出なかったのか。出れなかった理由があったのか。それは現場に行けば分かることか。


 果たして、俺にその証拠を見つけることはできるのだろうか。

 俺は首を横に振った。




「とにかく、この場にいない海女月と愛にもそのことを話しておくべきだろう。白田と宏隆は二人を呼んできてくれ」


「いいだろう。呼んでくる。行くぞ、白田」


「はい!」

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