第5話 潮騒館殺人事件5


「雨の影響で来るのが遅れるそうです。もしかしたら、明日になるかもしれません」


 キッチンの扉から出てきた愛がそう言ったのは、海女月が風呂から帰ってきて、俺が風呂へ行こうと食堂の扉に手をかけていた時のことだった。


「他の方にも伝えておくようお願いします」

「貴方はどうするんだ?」


 海女月の問いに愛はきょとんとしてから「そうですね……」と少し考える素振りをした。


「私は書斎や寝室を掃除しておくように頼まれたので、そうしようと思います。窓や裏口にもきちんと鍵をかけてあるか確認もしなくてはいけませんし」


 確かに、もう夜中の八時過ぎだ。これから外に出るような人間もいないだろう。木更津貴志が今日のうちに来ないというのならば、早めに鍵を閉めてしまうのもありだろう。「それでは」と愛はまたキッチンへと行ってしまった。


「それじゃあ、俺は先に娯楽室で待ってるぜ」

「分かった。風呂からあがったら行こう」


 食堂を出た俺と一緒に羽田がホールの階段をあがり、白田を連れて娯楽室へと入っていった。一度、自室へと戻るとそこには砂橋の姿があった。


「蝦村に解放されたのか」

「いーや。またこれから込み入った話をね。面白い話があがったから、ちょっと笹川ちゃんに情報収集をね」


 そう言いながら彼は手元のスマホを見せるようにちょいちょいと振った。


 笹川というのは砂橋がいる探偵事務所の事務員だ。といっても、何故か俺は嫌われているため、あまり話したことはない。しかし、情報収集の腕は確かなものであり、砂橋は自由に笹川をこき使っている。


 俺も砂橋にはよく使われており、たまに誰にも言っていない旅行先で砂橋と出会って、仕事に付き合わされることもしばしばだ。退屈しないからいいのだが。


「面白い話か。昔の事件の話ではなく?」

「昔の事件ではあるけれど、僕が関わった事件ではないかな? むしろ、ここに来ている人たちに関わりがある事件」

「このばらばらに集められた人間に関係ある事件?」


 そんなことを言われてしまった気になるのは人の性だ。しかし、砂橋は首を横に振った。


「まだ詳しいことは教えてもらってないし、蝦村さんも確信までは至ってないから、それはこれから明らかにするんだよ」


 どうやら、確信を得るまでは教えてくれないらしい。

 こうなったら意地でも教えてくれないのは、長い付き合いで分かっているため、俺は自分の荷物から着替えを取り出した。


「これからお風呂?」

「ああ。次に入るか?」

「まだいいよ。蝦村さんとの話、長くなりそうだし」

「分かった。風呂から出たら貴鮫に先に入るように言っておこう」


 それだけ話して、俺は部屋を出た。

 娯楽室には直接通じていないが、俺と砂橋の部屋は娯楽室の隣に位置している。娯楽室から見て、客室は右に三つ、左に三つ。どこの部屋に誰が宿泊しているかは知らない。


 客室の並ぶ通路を出ると、ホールの吹き抜けがあり、娯楽室前の階段を降りる。一階と二階の行き来はこの階段でしかできないらしい。客室が多く、娯楽室もあるということは木更津貴志は客を呼ぶようにこの別荘を作ったのだろう。金持ちの道楽というものは分からないものだ。


 もし、俺が別荘を作ることがあるのなら、湖の近くに小さな別荘を建てて、そこで一日中、執筆をしているだろう。普段、家でしていることと同じだから別荘を作る理由もない。


「風呂は、玄関から見て右の通路に入って、右奥だったか」


 扉をくぐって、さらに通路を歩いて扉を開いてやっと部屋に入れる。なんて面倒な作りなんだ。こんなところで暮らすのは、俺なら御免だ。

 脱衣所に入ると、客人用の棚に着替えとスマホを置いて、周りを見ながら服を脱いだ。

 ドラム式の洗濯機と綺麗にまとめられて収納してある洗剤の類。洗面台近くのドライヤーにはしっかりとコードが巻き付けられている。床に水滴なども落ちていない。ずいぶんと綺麗に使ってくれたようだ。

 スライド式の扉を開けて、浴室に入ると湯気が全身を包み込んだ。石造りのような浴槽からはお湯がぎりぎりまで入れられている。洗い場は二つもあり、桶が均等に並べてある。


「……なるほど、温泉を引いてると言ってたな」


 そういえば、今年に入ってからまだ温泉に行っていなかったな。たまに執筆の時、気分を変えようと温泉街へはよく行く。今度は城崎温泉にでも行ってみるか。かの人物の小説のように一匹の蜂の死骸でも見つけてみようか。


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