幻術士第二部第十四章

 マドレヴァルファスからの〈夢の言伝て〉だ。すっかりお馴染みになってしまった。

「セトー砂漠を貰ったようだね」

(悪魔の目から見ても魅力の無い土地なのかな、あそこ)

「そうでもないと思うぞ。ネッサは人口過剰な都市だ。アマルナに魅力が出れば人口が逆流し、衛星都市として発展できるだろう」

衛星都市……。なんか授業で聞いたことがある単語だな。なんだっけ?

「他の砂漠と違ってあそこにはギルデモア地下水道がある。昔、私が少し壊してしまったが、今でも十分役立つだろう」

(マドレヴァルファス、この辺りで召喚されたことがあるのか?)

「最初の召喚の時にな」

戦役の話か。そうだ、魔物の事、聞いてみよう。

(魔物は悪魔が生み出したって聞いたけど、実際のところどうなんだ?)

「うん? 実際もなにも、あれを造ったのは私だぞ」

(全部マドレヴァルファスが造ったのか)

「ああ、設計は私だ。ある程度の数がいれば、この世界の生物を使って増やせる。なかなか良い兵器だろう」

悪びれもせずに自慢するなんて、やっぱりこいつは悪魔だ。

(残された魔物のせいで被害が出てるんだけど……)

「いや、恩恵の方が大きいだろう。この世界の人間たちはあれを金属資源として活用している。そもそも我々が指揮しなければさしたる脅威でもない」

確かに強くはないし、装甲が活用されてる。

「セトー砂漠にはガヨマアクがいる。あれは魔力への耐性を犠牲に装甲の強度を上げてあるから活用してみてはどうだ?」

金属資源か……。一応覚えておこう。

(ところで、さっき地下水道を壊したって言ってたけど、元々どんな感じだったんだ?)

「あれはセトーの緑化とジゼ川の氾濫防止を兼ねた機構だったんだ。私が来た頃にはセトーは穀倉地帯だったのだぞ。ジゼ川の治水に関してはその後の人間たちが運河を造ったから解決したみたいだがな、私はギルデモア地下水道を破壊するのがもったいなくて命令に背き手を抜――」

急に〈夢の言伝て〉が中断した。


 目が覚めて記憶に違和感を覚える。確か、マドレヴァルファスが魔物を造った張本人だっていうような話をして……ガヨマアクは金属資源として良いようなことを言ってた気がするけど記憶があやふやだ。

「マドレヴァルファス」

呼んでみた……けど応答が無い。

「レイ君どうしたの? また悪魔の夢?」

セラ姉が心配そうな顔で覗き込んでくる。

「大丈夫。ちょっと寝ぼけてただけだよ」

「大丈夫ならいいんだけど。それより、今日は近衛武官の詰所に一緒に行くんだよね?」

そうだ、パラジャンディさんとキャナスさんに話を通してあったんだ。

「うん、朝御飯食べたら行こう。リラも見に来る?」

「では、せっかくなので」



 近衛武官の詰所に来た理由は新たに編み出した高等幻術がきちんと機能するか確かめるためだ。〈意識の途絶〉、破術士対策のオリジナル幻術だ。最近気付いたんだけど、魔術の名前は神聖語で、そういうものだと思って口に出してるせいか、この〈意識の途絶〉っていう名前も、リラやセラ姉には神聖語で聞こえてるみたいだった。

「レイジ様、対破術士の高等幻術って具体的にどういう作用をするんですか?」

キャナスさんが少し緊張した様子でそう聞いてくる。実験台になる身としては気が気じゃないよね。

「安心してください。意識が途切れるだけです」

確かめたいのは破術より速く使えるかどうかだ。パラジャンディさんたち非番の近衛武官も興味深そうに聞いてる。

「意識が途切れる……ですか。〈精神保護〉で防げるんじゃありませんか?」

たぶん、キャナスさんの言うとおり、〈精神保護〉で防げると思う。

「まぁ、試してみましょう。〈精神保護〉の掛かった状態から始めてみたいと思います。六歩分ぐらい離れて開始するので、私を組伏せてみてください」

「はあ、そういうことなら、やってみます」

〈精神保護〉はすぐ掛け終えたみたいだ。やっぱり速いな破術は。

「では行きますよ」

俺は〈不可視の衣〉の要領で一気に魔力を散布した。かなり速い展開だと思う。そのまま散布した魔力を通じて意識が途切れるよう術式を展開する。俺に近付こうとしていたキャナスさんが眉をしかめる。〈精神保護〉が破れたのがわかったんだろう。そしてすぐにもう一度〈精神保護〉を使おうとしたんだと思う。でも、〈意識の途絶〉は散布済みの魔力を通じて何度でもすかさず術式を展開できる。俺に掴み掛かる寸前、キャナスさんが倒れ込んできた。受け止めて床に寝かせる。うん、気を失ってる。

周囲の近衛武官たちは驚きの表情を隠せない。〈魔覚の強化〉を使っていたセラ姉が尋ねてくる。

「レイ君これ、もしかしてこの魔力の範囲内の全員に掛けられる?」

術式自体は最初に意識を失わせる効果しかない。気絶状態を持続させるためには魔力を使っていないから、手当たり次第掛けることはできる。

「できるよ。あんまり広い範囲には展開できないけど」

パラジャンディさんがゾッとした顔をする。

「レイジ殿……。対破術士とおっしゃっていましたが、こんなものを防ぐのはどの系統の魔術士でも不可能ではないでしょうか」

「理屈の上では頭を魔力で覆って防護に当てれば防げるはずです」

考え込むパラジャンディさん。

「しかし、この散布された魔力の内側に入ってから魔力を展開したのでは間に合いませんよね? 素の魔力を熟練の〈精神保護〉より素早く操作できるわけがありません」

そう言って倒れているキャナスさんを揺り起こす。キャナスさんは目を覚ますなり、素っ頓興とんきょうな声を上げた。

「はぁぁぁぁ!?」

さすがに驚いてしまった。

「なんだよ今の! 無理だろ!? 無理! なんでそんな速度で展開できんだよ!」

立ち上がりながら大声でそんなことを言うと、場所を思い出したのかバツが悪そうに詫びた。

「失礼いたしました。あまりのことに気が動転してしまいお見苦しい姿をお見せしました」

パラジャンディさんはとがめる様子もなく、質問をした。

「キャナス、レイジ殿の幻術を防ぐ方法は思い付くか?」

「無理です」

即答だ。

「射程に入らない以外に対策のしようがありません。元素術士以外にレイジ様を討ち取れる者はいないでしょう」

つまり、カダーシャさんも接近戦に持ち込めば倒せるってことだ。よし、そういうことならもうひとつは後回しにして〈幻の闘舞〉の改良に集中しよう。

「長官殿、念のため申し上げておきますが、こんな芸当ができるのはレイジ様ぐらいのものですよ。そういう意味でも対策を考えるのは無意味かと」

「ありがとうキャナス。さて、レイジ殿。検証はこれで終わりでよろしいかな?」

十分だと思う。

「はい。キャナスさんに勝てるならどんな破術士にも有効でしょう」

カルゲノ城でやられらた時の絶望感、ようやく忘れられそうだ。

「キャナスさん。あなたに負けた経験が俺に努力する力をくれました。ありがとうございます」

「レイジ様は最強の幻術士ですよ。俺が保証します」

そう言って握手を求めるキャナスさん。俺はその手を握り返す。最強か……でも、魔術にはまだ高みがある。マドレヴァルファスに言われたことで気付いたんだ。もう一段上の魔術っていうのがどういうものか、俺はすでに見ていた。カダーシャさんが使っていた強化術と元素術の複合魔術。あれこそが、次に目指すべきものだ。



 自分の部屋で『呪いの式』という中等呪術の教練書を読んでいた俺は、今頭を抱えている。書いてあることは理解できるし、魔力の操作も問題なくできている。ただ、発動のイメージが湧かない。どうやって発動したらいいかわからない。これは感覚的なものだ。初等呪術の〈疲労の呪い〉を自分に掛けて呪術特有の感覚をつかもうと頑張ってみたけど、疲れていくばかりで中等呪術が扱えるようになる気配が無い。これが適性の壁か……。幻術に呪術を織り混ぜることで〈幻の闘舞〉を新しいものに進化させようと頑張っているんだけど、いきなり挫折してしまった。

まぁいい、少し休もう。疲労を抜いておかないと、今日もお見合いがある。ちょっとだけ昼寝だ。

「リラごめん、少しだけ寝るよ」

「はい。今日はウルカスタ侯爵のお屋敷でしたね。おやすみなさい」


 疲労の溜まった状態での少しだけの昼寝。〈夢の言伝て〉を掛けられる状態じゃなかったんだろう。マドレヴァルファスからの連絡は無かった。リラに起こされて寝汗を拭き、二等魔術官の礼服に身を包んで宮殿を出る。ウルカスタ侯爵の紋章の入った馬車に揺られ、屋敷へと到着した。敷地内に入ると前から誰かが歩いてくる。見覚えがある人……。グリュグラ城で遠目に見た侯爵の次男アディズさんだ。

「もしや摂政付武官のレイジ殿では?」

声をかけられてしまった。

「はい、アディズ様。本日は妹君とのお見合いで伺わせていただきました」

「おや、我らは面識があったかな?」

内乱の時は俺は無名の臨時記録官だったから向こうが知らないのも当然だろう。

「先の内乱において臨時記録官を拝命しておりました」

「なるほど、それで顔を覚えていたのか。私は父の領地から出ることが珍しい。次にいつ会えるかわからぬが、バヌンまで来ることがあったら訪ねてくれ。もてなしをしよう」

そう言ってすぐに、ああ、と何かを思い出した様子で笑顔を見せた。

「次に会う時は義理の兄弟として会うかもしれぬのだったな。妹をよろしく頼む。あれとは母が同じでな、向こう見ずなところは私以上に母に似ている」

何て返していいか迷ってるうちにアディズさんは愉快そうに去っていった。

屋敷に入ると侯爵が待っていた。

「ようこそ魔術官殿、その様子だと馬鹿息子に会ったようだな」

馬鹿息子って……。カラッとした気のいい人って印象だったけど。

「ああ、魔術官殿は知らぬのか。先の内乱で功を焦り、協定を無視して勝手に兵を出したのだ、あやつは。危うく私は他の貴族たちに吊し上げられるところだったよ」

なるほど、あれはアディズさんの独断だったのか。向こう見ずな性格、ね。

「摂政殿下にこの国へ誘っていただいた私としては助かりました」

「なに、あれの横槍が無くとも殿下が勝っていただろう。日和見組のサンデラ伯爵はキンギスを嫌っていた。機を見計らって背後を突く腹積もりだったのだろう」

あの内乱、思ってたよりも貴族たちの思惑が複雑に入り組んでたみたいだ。

「お陰でサンデラ伯爵から恨みを買ってしまった。逆恨みもいいところだが、こちらは強く出られる立場に無い。まったく、あの馬鹿息子は問題ばかり起こしてくれる」

こういう貴族同士の人間関係に俺も飛び込まないといけないと思うと憂鬱だ。

「魔術官殿に愚痴を言っても仕方がないな。さあ、裏庭で娘が待っている。行ってやってくれ」

はい、と言って一礼すると、侯爵は屋敷の奥に去っていった。


 裏庭に回ると絨毯に座ったユリアさんが微笑んでくれた。

「お待たせして申し訳ありません」

「どうせ父の無駄話が長かったのでしょう。それとも兄にお会いになられましたか?」

両方だな……。

「アディズ様と行き合いました。気のいい方という印象を受けましたよ」

「馬鹿なのですよ。後先考えず突っ走り、人からどう思われようが気にもしない。弟がいてくれて助かりました」

弟? ああ、そうか。バラダソールは末子相続という習慣が一般的だ。一番若い男子が家を継ぐ。なんか不思議な感じがするけど、一夫多妻の社会では相続争いが起きにくい制度らしい。

「レイジ様はご兄弟は何人ぐらいおられるのですか?」

「兄がひとりだけです」

おっと、素で答えてしまった。セラ姉は実の姉ということになってるんだ。でも、ユリアさんは男兄弟のことを尋ねたみたいで、特に不審には思われなかった。

「お父様は男子に恵まれなかったのですね。西の地では妻を多くは娶らないと聞きました。部族の血の濃さも気にするとか。レイジ様が故郷を離れられたのは、やはり相続争いを避けてのことでしょうか?」

適当に合わせておこう。

「私は争いを好みませんので」

「お優しいことですね。当代随一と称えられる幻術士のレイジ様なら戦って負けるということも無かったでしょうに」

あれ、なんか不満そうだ。

「領地もセトーになると伺いました。父や他の貴族方が難癖を付けたのでしょう」

「摂政殿下は徐々に領地を加増してくださるお考えのようです」

ユリアさんは頷いた。

「もし私を妻としてくださるのならば、ぜひ武功を上げる機会をくださいませ。既得権の上にあぐらをかく年寄り共に目にものを見せてやりましょう」

好戦的だ……。俺としてはあんまり波風立てたくないんだけど。

「お姉様のセラエナ様は今後どうされるのでしょう? 女の身で武人という先達に、ぜひ教えを請いたいと思っているのですが」

「姉は結婚する気が無いようなことを言っておりました。故郷にも帰らないと。なので私の元で暮らすつもりのようです」

そういえば、セラ姉と奥さんたちの仲っていうのも気にしないといけないよな。小姑と嫁の問題っていうやつだ……。

「それはありがたいです。共に訓練できる日が楽しみです」

なんかユリアさん、俺と結婚することはもう決まったことみたいに話すなあ……。まぁ、確かにルソルさんの口ぶりじゃ、最初の四人に選ばなかった相手とも徐々に結婚していくみたいだったけど。


 結局、ユリアさんとはその後も、貴族同士の小競り合いや歴史上の戦いみたいな、キナ臭い話をしてこの日のお見合いを終えた。女性らしいこと、何も言ってなかったな。馬車の中でそんな感想を漏らすと、リラが考え込んだ。

「私はあの方、乙女な部分があると思いますよ。服の選び方が……侍女が選んだのかもしれませんが、可愛らしいものをお召しでした。自然に着こなしておられたので、お嫌いではないはず」

えっ、どんな服着てたのか微妙に思い出せない。

「リラはよく見てるなぁ……」

「レイジさんはもう少し乙女心がわかるようになった方がいいと思いますよ。昨日のエデリシャさんの時は本当にハラハラしました」

そういって不満そうにため息をつく。なんか、ごめんなさい。

「俺、こっちに来るまで女性とあんまり話したこと無かったからさ……」

「そういうところが、母性をくすぐるのかもしれませんね」

呆れたようにもう一度息を吐くリラ。前は妹っぽく思ってたリラだけど、最近はお世話されてるせいか年上らしさを感じる。もしかしたら前よりも心を開いてくれてるのかもしれない。……そう考えるとちょっと嬉しいかも。

そんなことを考えているうちに宮殿に着いた。



 〈意識の途絶〉を完成させてから九日が過ぎた。あの日以来マドレヴァルファスからの〈夢の言伝て〉が無いのが気になる。かといってこちらから悪魔に呼びかけるというのも抵抗がある。たぶんあの日、制約に触れる話をしたんだろう。前に〈夢の言伝て〉が途切れた後も数日間連絡が無かった。……『失われた空術』のせいでどこかで召喚されてないといいけど。

それはそうと、今日は最初の四人の妻を誰にするかルソルさんに伝える約束の日だ。シアさんとカーラさんとエデリシャさんはもう決まってるんだけど、あと一人が決められずにいる。今までにお見合いをしたのは十人。シアさん、カリナさん、カーラさん、メメアさん、ユリアさん、エデリシャさん、エシュタさん、チャリタさん、ネハさん、アールシャさん……。結婚なんて重大なことじゃなければ、この短期間に顔と名前なんて覚えられなかったと思う。今日はエトナさんと昼御飯食べる日だから、相談に乗ってもらおう。


 リラを連れてワンディリマ寺院に行くと、エトナさんが紙の束を持ってやってきた。

「これ、とりあえずネッサで調べられた分。中間報告ってやつね」

……ああ、調査を頼んでたウムルタ商会のことか。すっかり忘れてた。エトナさんの方はしっかり覚えててくれて、クレイアさんに渡す用に二部用意してくれてる。

「とりあえずバラダソール国内では多少税金をちょろまかしたり、密輸すれすれのことを何件かやったぐらいで悪魔崇拝者に繋がるような情報は無いわね」

「そうですか……」

「本拠地はセヤロカだからね、向こうの調べが付くのはだいぶ先でしょ」

確かに。セヤロカには行って帰ってくるだけでも四ヶ月ぐらいかかる。必要経費もかなりのもので、この前届いた書類を見て驚いたんだった。

「さっ、海鳴館に行きましょ。今日もご馳走になりますよ、伯爵閣下」

「まだ伯爵じゃないですって」

「もう話は広まってるけどね。絢爛姫が嫁ぐセトー伯爵との商売を見込んでアマルナに店を出そうって動いてる商人も少なくないんだから」

なるほど、そういう動きがあるなら今よりも税収は増えるかもな。

「はいはい、お金の話は食べながらしましょ」


 海鳴館では他の席の客たちが時々こちらをチラチラと見てくるのが気になった。

「完全に顔も知られたわね。レイジも覚えておいて損は無いわよ。ここにいるのはきっと今後取引することになる商人たちだから」

取引か……。領地経営する上で、何か物が必要になれば商人から買うことになる。みんな、今、代官のミデルさんが取引してる商人から鞍替えする可能性を狙ってるんだろうな。

「やっぱり絢爛姫の影響が大きいわね。彼女が嫁ぐってだけで、セトー伯爵の資金的信用はとんでもなく上がったわ」

「でも、エデリシャさんの個人資産はあくまでエデリシャさんのもので、俺が使えるわけじゃないんだけどね」

そう言うとエトナさんは小さくため息をついた。

「お金の信用っていうのはね、いざという時にどれだけ引っ張って来れるかっていうところから生まれるのよ。絢爛姫がレイジにお金を融通するかしないかはわかんないわ。でも、少なくとも可能性はあるわけじゃない。セトー伯爵夫人は莫大な資産を持ってる。レイジはこの信用情報だけで商売できちゃうの。実際のお金なんて手元に無くても信用さえあれば品物は動くのよ」

なにそれ怖い。

「借金ってこと?」

「広い意味ではそうね。というか、そもそも狭い意味の借金だって、返せるっていう信用が無いとできないのよ?」

信用か……。

「でもやっぱり借金なんてしない方が――」

「まだわかってないみたいね。そりゃ一般庶民にとってはそうよ。だけど商会とか、貴族様なんかは必要無くても借りられるだけ借りておかないと話にならないのよ」

ひ、必要無いのに借金!?

「むしろ、必要になってからお金貸してくださいなんて足元見られるだけよ。どうか借りてくださいって低金利で貸してくる商人がいるうちが花ってわけ。わかる?」

む、難しい……。

「でも、利息がかかるんでしょ?」

「使って利息以上に稼げばいいのよ。いい? 現金っていうのはね、元手があればあるだけ簡単に増やせるの。わかりやすく言うと、五十リギで仕入れた木の実を百リギで売るとして、百個売ると五千リギの儲けでしょ? 実際には手間と時間がかかるわけだけど、千個売るのに必要な手間と時間は百個売る時の十倍より少ないの。扱う数が多ければ多いほど、同じ時間でより多く稼げるのよ」

なんか俺、騙されてない?

「全部売り切れるわけじゃないよね?」

「だからこそよ。さっきの木の実一種類に全額突っ込むわけじゃないんだから。他の商品何種類も扱ってれば、儲けが出ない場合の危険も分散できるの。日保ちのする商品なら更に別のところに持っていけば売れるかもしれないでしょ? でも資金力が無いとそれもできないわけ」

「ちょっと待ってよエトナさん。俺、商売するわけじゃ……」

「例えばの話よ。領地経営だって一緒。お金の無い貴族にお金を貸す商人なんていないわ」

お金が無い時にお金を借りるものだと思ってたけど……。なんかそうじゃないみたいだな。やばい、あと一ヶ月しかないけどその辺の事も勉強しないと。

「そうそう、きっとレイジのことだから興味無くて知らないだろうから教えておくわ」

な、なんだろう。

「絢爛姫の財産、あれね、親の金、一リギも使わずに築き上げたのよ。しかも手元に現金置かずに」

意味がわからないです。なにそれ錬金術?

「ギムル侯爵の孫娘っていう信用を使って、現金も自分の足も使わずに商品を右から左に流して儲けたお金で宝石類を買うわけよ。その財宝が増えてくると今度はそれが担保になって商品動かせるようになるの」

「エデリシャさん、商売してるの?」

「最初はそうやって地道に増やしたみたいよ。十歳かそこらでよくやるわ。で、今はお金を貸す側、でも、現金は動かさない。しかも証文すら無いやり取りだから税金も取られない」

ダメだ、全然わかんない。

「姫は人からお金を貸してくださいって言われたら、その人の取引相手に、あの人に貸しましたって言うのね。すると商品が後払いで送られるの。それを売り捌けばお金が入る。そこから代金を支払って、利益の一部が利子として姫に納められる。つまり、貸します、貸しましたって言うだけでお金が入ってくるのよ」

「えっ? えっ??」

知恵熱が出そう。

「はぁ、やっぱり全然わかってなかったのね。まぁ、絢爛姫もレイジがお金目当てだと思ったら結婚相手に選ばなかったかもね」

あ、それはたぶん、そうだと思う。

「まっ、商人じゃないんだし、旦那はかみさんに財布の紐握られてるぐらいがちょうどいいわよ」

「はい……」

結局、エトナさんの言う事の半分もわからないまま海鳴館を後にした。ウムルタ商会の調査報告書を持ってナクアテン寺院に行こう……。あ、四人目の奥さんの相談し忘れた。

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