文芸部の幽霊とぼく その④


首無し騎士デュラハン捜索、――17日目。



ついにぼくはその夜、運命デュラハンと出会った。




既にぼくは遭遇を半ば諦め、けれど捜索をやめるにやめれず。

続けていた、惰性で、それを、捜索を。


つまり今夜も注意力は散漫。

その夜も次の楽曲の主旋律を思い浮かべながら小脳だけで歩いていた。



ふと視線を上げてガラス張りの公衆洗濯場コインランドリーの中を覗き込む。


まあどうせ無人か、おじさんかおばさんかおにいさんかおねえさんがいるだ、け、


なんか甲冑がおる。


――なんか甲冑がおる?!



惰性で通り過ぎようとしていたぼくは目の前にあった電柱の陰に慌てて隠れる。



マジでおる。



マジか。




距離にして10数m先、ガラス1枚を隔てて公衆洗濯場コインランドリーの安っぽい建物プレハブの中を首無し騎士デュラハンがうろうろと歩き回っている。


片手、右手は何かを掴んで時折角度によって薄明かりを放っているのがわかった。

鬼火ウィル・オ・ウィスプめいたそのほのかな輝きに背筋が震える。



あ、スマホだあれ。

暗がりの中で細い影が、恐らく指先がうごめいてスマホの先端を走り回っている。


フリック入力してる……!



もう片手、左手は丸っとした塊をぶら下げている、生首……?

確かにサイズは成人の頭部くらいだし、形状も、いやなんか違うな。


目を凝らすが暗いし遠いし動き回るせいで良くわからない。

注意深く観察しながら(シブサワさんにはメッセージを飛ばし済みだ)、ふと違和感を感じてぼくは眉をしかめた。



なにかがおかしい。

あるべきものがあるというか、ないべきものがあるというか。


――あ、あー?!




ぼくは思わず声を上げそうになり慌てて電柱に背を預けて陰に入り直す。




そう、そうなのだ。

動き回る甲冑姿の人陰には



いやもちろん兜の中身が空で頭部を手に提げている可能性もないわけではないが。




だがそうして見ると、どうだ。

フリック入力しながら時折、頭部を向ける、視線を向ける仕草をしているのにも気づく、ちゃんとスマホ見てる、あそこに頭が入ってる!!



怪異を見ているという興奮と思い込みが去り、冷静さが戻って来る。

目前の(というには遠いけど)首あり騎士デュラハンが非・超自然存在であると見ればどうか。



質感、安っぺぇ。



いやあれ金属じゃないやん、表面妙にのっぺりしてるし。

なんか安い生地みた、い?



まさかと思い、スマホの検索窓にキーワードを叩き込む。




[スェット 甲冑]

 約 23,300,000 件 (0.44 秒)



いやあるんかーい!?


並んだ画像に脱力する、どうやらご丁寧にもヘルム型のフードがついたパーカーがこの世には存在するらしい。


いくつもの画像をスワイプして目前のそれと一致するものを探す、あった。

肩や肘にまでそれっぽいパーツの付随した本格西洋甲冑パーカーがこの世には有る。


有るのだ。


有るんかい。


知らなかった……!



つまりあれは特殊なコス……、チュームでもないな。

まさかの市販の上着パーカーを着たただの人間なのだ。



いや割とあったかそうだしこの時期には悪くなさそうではあるけど。

ちょっと、いや割と欲しい、カモ。


しかし待って欲しい、ではあの左手下げた丸っぽい塊はなんなのか。


観察を続けるぼくの目前でその正体は暴露される。




首あり騎士デュラハンが左手に提げていた塊を、公衆洗濯場コインランドリーに据え付けられた作業台の上に置く。



〝何か〟を生首(仮)の脇に置き、生首(仮)の鼻のように思えていた突起を雑に押す仕草をする首あり騎士デュラハン

直後、〝何か〟を口元に運び、飲み干すような仕草。


いや、あれは確かに飲み干している。


――何をだ?



雲が風に流れ、月光が僅かに闇を払う。



生首(仮)がのっぺりとした球形の、真っ白い機械めいたもので、その腹に刻まれているのが英文字アルファベットであることまで目視できた。


気付けばぼくは前進し、我知らず次の電柱の陰に移っていて。

瞳に映ったその英文字と、そこから連想された単語を検索窓に打ち込み、確信する。




携帯生ビールサーバー(ボンベに蛇口がついたやつ)だあれ……。



紙コップ(もうそれは〝何か〟ではなかった)を携帯生ビールサーバーの脇に置き、片手でフリック入力を繰り返しながら深夜の公衆洗濯場コインランドリー内を右往左往する首あり騎士デュラハン、――改め、推定アル中の不審者。



――ぼくは唐突に恐ろしくなった。




あれ近寄ったらあかんやつや、リアルに。




そして、視界に颯爽と肩で風を切りながら歩くシブサワさんが入った時、ぼくは公衆洗濯場コインランドリーに背を向けるのだった。


帰ろ、見なかったことにしよ。

あとはシブサワさんに任せとけばいいんじゃないかな、もう。





数日後の放課後、ぼくは教室の机に突っ伏していた。

たぶん変な唸り声とかあげていたようにも思う。


11月の後半、高校生活の貴重な17日間の夜をぼくはあんな事に……。

なんてことでしょう、いや楽しかったのは否定しないけど(前半は)。


どちらかというと首なし騎士デュラハンを見つけてやりますよ!と大見栄を切った手前、砂際部長にどう報告するか、という辺りが唸っている原因だ。



ちなみにシブサワさんとはたまにメッセージの応酬が続いている。

反応レスが速いので暇つぶしにはいいのだ、あの御仁。


あちらはあまりぼくのことを好きではなさそうな気配があるけど。

違うか、嫌われてはなさそうなんだよな。


興味が無さそう、これかな。




とはいえ気になるのであの首あり騎士デュラハンの事を軽く尋ねたりはした。


説明を嫌がり曖昧に誤魔化しながら話してくれたことをまおtめると、あれはやはりシブサワさんの友人らしく。


誤ブロックだか誤ミュート食らって連絡取れなくなったので探していた、とのこと。

それで探すのが深夜の公衆洗濯場コインランドリーというのは果たしてどうなのか。

それで見つかるのも果たしてどうなのか。



なお昨今の若者としては珍しくなく、電話番号の交換はしていなかったらしい。

こういうとき困るよね、ぼくも気をつけよっと。



今日の話題はシブサワさんが男に振られたとかそういう内容の愚痴。

こっちも時々高校生らしい愚痴(金欠だとか、そういうのだ)を吐いたりしているのでまあ、お互い様ではある。


適当に相槌と同意の文章メッセージを返しながら机に突っ伏す。

シブサワさん、お金の愚痴には冷淡なんだよなー、どうもお金持ちっぽいんだよな。

……何してる人なんだろ、犯罪者とかじゃないよね?



と、メッセージの受信が入ってぼくは脊髄反射でそれを見て、後悔する。

差出人は砂際部長で、内容は込められた感情の推定が困難な謎の絵文字が1つ。



業務メール以外では初のそれが、なぜ今このタイミングなのかは想像にやすい。

ここのところ毎日部室に顔を出していたぼくが、突然に顔を見せなくなったからだ。


そこに込められた感情が、ただの好奇心なのか、寂しさなのか気まぐれなのか。

それはぼくにはわからないが。



んぁあぁぁ~と奇声をあげて僕は机の上で右往左往と転がって悶える。




「ウケる」



ぼそりと横手から投げられた声にぼくは顔を上げて彼女を見た。

誰あろうかは言うまでもない。


その声は我が悪友とも小鳥遊たかなしではないか?

いやないか?も何もここには小鳥遊とぼくしか居ないわけだけど。




「青春してるねぇ」



「いやあキツいっす青春」



「恋」




小鳥遊が発した一文字ワン・ワードにぼくの肩がびくりと震える。




「いやぁ、そういうんじゃないんだよ、たぶん」



「ほう、小鳥遊さんは特に誰がどうとか言ってないけど」



「おのれ孔明」



「ウケケケ」



「いやだいたい気にして欲しいわけじゃなくってぼくのこと気にしないでいて欲しいって言うかいちいちぼくのこと気にするのは解釈違いって言うかですね」



「厄介オタクかよ」



「はい」




認めやがったこいつ、といつものように。

小鳥遊はわざとらしく肩をすくめて、笑う。




「まあらしくはないよね。

 どっちかって言うと動いてから考える方でしょきみ」



それはまあ、そう。




「――でも、真面目な話。

 最近のぞみんがご執心なのって砂際先輩サギワパイセンでしょ」



あの、にわざとらしいほどアクセントを置いて強調しながら小鳥遊が言う。

突っ伏していたぼくが改めて顔を上げると、見えたのは珍しく真顔の小鳥遊カノジョ



「あの、って何」



「実家がなんか変な宗教やってて留年何回かしてるって噂の。

 まあ、そういうので差別する気はないし、するのダサいとは思うけど。

 まあでも心配になるよね、色々」



「先輩とそんなに親しかったっけ、タカナシ」



「ちげーよおめーがだよ言わせんな恥ずかしい」



ぺんっと。

作曲用の大学ノートをハリセン代わりに、立ち上がった小鳥遊が僕の頭をはたく。




「ま、がんばんな」




彼女たかなしの言葉にぼくは何も返せなかった。


彼女せんぱいがどういう人かなんて、今更なことだ。



とっくにぼくは彼女が。


3留してなぜか第3棟にある元宿直室の台所シャワー付き部室で寝泊まりしていて。

しかもそれが何故か教師陣には黙認されていて。

淑女めいた態度の割にエグ目のピアスつけた、悪戯が好きな美人だと知っている。



他人を近づけないように、物腰は丁寧ながら露悪的な態度を取り。

それでいて割と寂しがりやなところがあるのも知っている。



真顔でタイピングしながら、時々かわいいネコチャンの動画を見ている事もだ。

この上で実家が変な宗教をしてたところでどうってことは、ある、あるが。




「――あるけど、さぁ……」




気になるのだから仕方ないよね。




まあ、そんなこんなで12月になった。



ぼくと先輩の距離感は変わらず。

あーだこーだと悩んだ割に部室に顔を出せばいつも通りで。



先輩は塩対応だがちゃんと相手をしてくれるし。

たまに予想もしない悪戯を仕掛けても来るし。

ぼくはぼくでそんな扱いも悪くないと思っていたし。


小鳥遊は相変わらずぼくの理解者で親友あくゆうで。


つまるところぼくの学校生活は充実していたのだった。



12月の前半は期末試験で慌ただしく過ぎ去って。

終業式を迎え、たった3週間の年末休暇がやって来た。


これが明ければもう、2年生として過ごす時間も後わずか。




それはつまり、砂際先輩と過ごす時間がもう残り少ないという事でもある。



文芸部のブログには毎月1本、書いた覚えのないぼくらの感想文が投稿されている。

そのペースは変動がなく、おそらくはその実態にも変化はない。


文芸部の幽霊ゴースト

砂際 夜羽 は平常運転らしい。



――対してぼくは、ついに〝テンペスト〟を読み終えていた。

シェイクスピアの有名な戯曲。

彼女が好きな物語。



戯曲であるがゆえに中身はスカスカで、小説などよりはるかに読みやすい。

台詞とト書きで構成された文列は、文章と呼ぶにはおこがましくすらある。


だというのに、ぼくは丸1ヶ月以上もかかってしまった。

そしてついに読み終わってしまった。


つまり部室に行く理由をはもうない。

まして休日に部室に顔を出す理由はまるでない。




……まあ、頃合いだろう。


彼女はおそらく卒業し、ぼくは受験に向けて本腰を入れる。


ささやかな彼女の秘密を知っている、それは彼女がぼくを選ぶ理由にはならない。


ささやかな彼女の秘密を知っている、それはぼくが彼女を選ぶ理由にもならない。


ぼくが抱くこの好意に嘘はないけれど。

だからと言ってこの望ましい距離を詰めようと言う気は起こらない。

例え逆に遠ざかり、この関係が距離と時間に希釈されて消え失せるとしても。


みずから踏み込んでこの関係を破壊するリスクを背負えるほどぼくは勇敢ではなく。

このぬるま湯の様な関係がわる事に怯える臆病者でしか無くて。



まあよっぽど何かない限り、これはもう終わった物語なのだ。






スマートフォンが揺れる。


ぼくはけだるい気分でスマホを手にして受信したメッセージを眺めた。


シブサワさんからなんて珍しいな。

あの人、返事レスはくれるけど自分からは入れて来ないんだよね。



……ぼくはそのメッセージを読み終えて、夕暮れのなかを駆け出していた。

家を飛び出し、健脚との評価を頂いた両脚で地面を蹴る、蹴る、蹴る。



行先は保泉ほづみ第一高校、ぼくらの学校。


そして10数分の時間じんせいを浪費して、ぼくは目的地に到達する。



休暇中に事を済ませる気なのか、清掃業社のロゴ入りトラックが数台停車していた。

同じロゴ入りの作業服ツナギを着て、帽子キャップを被った大柄な作業員と視線が合う。


走ったせいで息切れが酷かった。

ハッ、ハッと夏場の犬みたいに舌を揺らしながら白い息を吐くぼく。


不審に思ったのか作業服の男の一人が寄って来て、ぼくを見た。



「きみ、ここの生徒?

 悪いが作業中なんで入れないよ。

 走って来たようだけど、忘れ物かなにかかい?」



優し気にかけられた声に、ぼくは満面の作り笑顔を浮かべて、答える。



「いえ、友達と賭けをして、10分で学校まで往復できたらメシおごりなんすよ」



言いながらスマートフォンを取り出し、学校に向け、撮影ボタンを押す。


男が写角から逃げるように数歩下がるのを見てぼくは感謝の意を示して頭を下げる。




「証拠なんで」


と言い訳をしてぼくは一例、またダッシュで学校を離れる。


角を1つ曲がって電柱の影に隠れ、呼吸を整えながら通話ボタンを押す。



これ、よっぽどの何かじゃん。




「――あ、小鳥遊?

 ちょっとお願いがあるんだけど」



















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