文芸部の幽霊とぼく その③
――夜の
そんな意味不明な噂をくれたのは
例の音楽データの書き換えに対するささやかなお礼、とかなんとか。
本当にささやか過ぎるというか、意味不明が過ぎた。
だが何のことはない、ぼくはそういう意味不明なものは大好物だ。
付き合いこそ短いけれど、同好の士である
こういうのが好きなんだろー?とばかりに良いネタを寄越してくれる。
なので、探してみる事にした。
休み時間に交友を兼ねて
してみるとそれは、最近
曰く、深夜の
左手に生首、右手にスマホを持って高速フリックする
意味不明過ぎる、ウケた。
なんでも首がない(外れてる)ので喋れないらしい。
だからスマホに高速で文字を打ち込んで会話をするのだとか。
そんなわけあるか、ウケる。
いや筋は通ってるけどね。
なんかそういうラノベがあるとか言ってる子もいたな。
そんなわけで、ぼくは噂の
だって見たいじゃん?
――で、何の進展もなく3日が過ぎた。
ぼくの捜索はかんばしくなく、作戦を練る為に部室に顔を出していた。
市内地図にネット検索で判明したコインランドリー、クラスメートによるネットに掲載されていないコインランドリーを含めて該当箇所は15、目撃情報をメモとして貼り付け、
時系列、目撃時間、目撃者をリストアップ、ふむ。
「ふむ?」
「うわあ?!」
気付けば先輩が真横に来て覗き込んでいた。
「近い!」
「この証言とこれ、除外して」
画面に表示されていたメモのうち2つを指さして先輩が言う。
なんで?と思いながらもそのメモを外し、尋ねる。
「なんでです?」
「たぶん流行にのりたくて見たと言ってるだけ、見てないわこの2人」
「その心は?」
「人となり」
「世知辛い…
お知り合いで?」
「部員」
「あー……」
なるほど、それは砂際部長に把握されているわけだ。
「目撃情報が5つから3つになりましたね。
というか半分近くデマか……」
とはいえ助かる。
これで目撃時間が少し絞れてきた。
およそ出現する時間は深夜、1時過ぎから3時くらいのようだ。
そりゃ普通に探しても遭遇しないわ……。
深夜徘徊かあ……。
一応まじめな生徒のつもりでいるのであまり気は進まないのだけれど。
「悩んでいるわね、大希部員。
――せっかくだからお茶にしましょう、砂糖はいくつ?」
ぼくが唸っていると部長がそんな声をかけてくださった。
視線を向けてチラ見すると彼女の背中越しにティーセットが見える。
割とお高そう、そしてここコンロもあるし流し台もあるし、どうもシャワーもあるっぽいんだよなあ。
小鳥遊情報によると元々旧校舎の宿直室(泊まり込み教師の仮眠室?)だったとか。
そりゃ色々揃ってるよね。
というか部室の端に畳張りの一角があるのはともかく。
寝袋があるのはツッコミどころではないだろうか。
住んでるの? この人住んでるのもしかして?
まあそれはさておく。
さておいた。
ぼくは紅茶はストレートでは飲めない。
ミルク入り砂糖入りで飲む方だ。
とはいえ今回は砂糖だけにしておくか……。
見栄は張れるときに張っておこう。
「じゃあ、角砂糖1つでお願いします」
「ええ」
部長は頷いて手づからその細い指先で角砂糖を摘まみ、ティーカップに落す。
なんていうか、こういう仕草1つ1つが絵になるんだよなこの人……。
――エッ ナンデ
「
「生まれも育ちも純
やられた。
そういう
いややりそうだなとは思ってたけど正直。
そっかー今きたかー。
くっそぅ。
というか
とはいえ油断したぼくが悪いのでおとなしく飲む事にする。
……うん、まあ。
ぼくやっぱり日本人なんだなって。
これ実は茶葉いいやつじゃない? ねぇ?
部長の淹れてくれた緑茶を飲み干して、ぼくは立ち上がる。
「じゃあ、帰って寝ます」
「深夜徘徊するのね、悪い子」
「もう1回言って貰っていいですか?」
「変態」
「ありがとうございます、では」
――探索5日目。
帰宅後はやめに寝て、深夜の散歩に勤しむぼくは未だ
代わりに謎の人物に出会ったりしたのだが、これがすごく怪しい。
コインランドリーなのに籠も袋も持っていないし、洗濯を待っている風でもない。
高身長、痩身、紫と青の斑に染めた髪を結い上げて
足元はヒール履き、派手な黒と紫のベイズリー柄の
齢の頃でいうなら20台の半ばというところに見えるが、化粧が濃くてわからない。
顔の作りはそんなに悪くないと思うのだけど、ファンデで陰影を強調されたその表情は、いっそおもしろさを醸し出している。
なんだろうこの人。
あんまり喧嘩強そうじゃないから怖くはないけど。
ひょろいし。
たぶんぼくのが強いな、空手やってたんですよこれでも中学のとき。
どや。
コインランドリーの入口で思わず立ち尽くしていたぼくに、その男性が振り向く。
視線が一瞬、笑ったような気がしたけれどそれはすぐに失望の色にとって代わる。
なんか失礼だな、人の顔見てその反応は酷くない?
上から下まで視線が往復して、表情は失望から困惑に変わった。
そりゃそうだろうなあ。
こんな時間に制服姿の高校生が徘徊してたらぼくだって困惑すると思う。
でも校則で決まってるんですよね。
「日没後ノ外出時ニハ当校ノ定メル制服ヲ着用スル事トスル」ってね。
私服通学OKなのがまた意味が分からない。
この謎の校則のせいで制服買ってる生徒多いんじゃないの、そうでもない?
ちなみに
「酒ヲ提供スル店、及ビ未成年ニ相応シカラザル場所ニ出入リスル事ヲ禁ズ」
という一文章もあるのだけど。
まあコインランドリーはセーフでしょ、何も問題ないはず。
深夜徘徊を禁じる校則はないんだよなあ、これがまた。
そんなわけでぼくは堂々と胸を張ってそこに立っていた。
男性は口を開きかけて、何を言うか悩んだのかまた口を
まあ、ここは自分から情報を開示していこうかな、お見合いしてても仕方ないし。
「こんばんは、良い夜ですね。
ぼくは
「……そんなに噂になってるの、あれ」
驚いたように男性が反応した。
あれ、というかぼくの方も驚きだな。
この人、
しかも口振りからして噂より詳しく。
なんだろう、伝奇系の人?
そう考えると伝奇系ラノベの登場人物っぽいデザインしてる。
いやないわ。
……え、ないよね?
「なにかご存じなんですか?」
「関わるのは止めた方が良い。
あれはきみが思っているようなものではないから」
内心恐る恐るになりながら訪ねると、渋面でそう言われた。
と言われてもなあ、見てみたいんだよなあ。
あと実はめちゃくちゃ伝奇ラノベみたいな台詞吐かれてちょっと興奮してる。
するじゃん?
「やめたがいいですか」
「ああ。
……特にきみは近寄らない方が良いと思う」
「はぁ。
うーん、あなたも
一瞬、間があった。
しばらく悩むような顔つきで黙っていた男性はややあって首を縦に振る。
「ああ」
「じゃあこうしませんか?
ぼくは近寄らない、けど遠目にで良いんで見てみたい。
だから見つけたら教えてくれません?
最悪写真だけでもいいし。
ぼくも見つけたら近寄らずに観察しながらあなたを呼びます」
どうだろう、割と譲歩したつもりだったんだけど。
男性はまた悩むようなそぶりを見せる。
今度は長かった、3分くらいは経過しただろうか。
「わかった、それでいい」
「じゃあ連絡先交換しましょう。
えっと、ぼくの事はダイキと呼んでください。
あなたの事はなんて呼べば?」
「――シブサワ・コウだ」
ほほう。
かっこいいお名前で。
ただ今、一瞬の間があったね。
偽名くさいなあ。
まあいいんだけど。
そんなわけで。
シブサワさんと連絡先を交換したぼくは、明日は担当する場所を分担しようと約束して別れたのだった。
まあ、前日の出現地点の目撃情報がある前提では、ですけどね。
あとはシブサワさんが呼んでくれることを信用するしかない。
もしくはぼくが先に見つけるか、かなあ……。
どうなることやらである。
そんなわけで
どうしよう、飽きてきた。
いやだって全然会えないんですもの。
あと地味にこの変則生活スタイルきついですわ。
20時に寝て24時に起き、2度寝に入るのが4時頃。
うん、普通にキツいんだわー、この生活。
というか1/15の確率でも10回繰り返したら期待値50%くらいあるよね?
ないっけ? そろそろ遭遇したいんだけどなあ……。
今更やめるのもあれだしなあ。
そんな風に思いながら夜道を歩く。
犯罪者や変質者に遭遇する危険もあるにはあるけど。
幸いにも今のところそういうのには出会っていない。
まあ実はこれでいてぼく、足は速いんですよ。
大丈夫大丈夫。
中学の時は空手やってたし。
空手やってたし、マジで。
キツい、疲れた、シブサワさんは辛くないですか?
などと雑にメッセージを飛ばしてみる。
別に。昼間寝てる。
という味も素っ気もない
昼間寝てるて。
なんだ、無職か?
それとも夜の商売の人?
え、マジに伝奇生命体とか言わないよね?
スマホをフリックしながら夜道を歩く。
シブサワさん、レスは早いな、暇人か。
ふと、ひやりと、背筋に冷たいものが走る。
肩をすくめ、チョーカーを指先でいじると小さく鈴の音が鳴った。
だいぶん夜風は冷たい季節ではある。
逆にいうとお化けは夏の季語じゃなかったでしょうか。
旬じゃないやろ。
今背筋を撫でた感触はなんだったのか、恐る恐る周囲を見渡す。
文字通り、ぞくりと来た。
いつの間にか視界の中に女が一人、立っている。
薄く妖艶に微笑んだその
が、言うほど似てはいない、黒髪ロングくらいしか共通点はない。
白面に赤く、紅を引いた唇が震えるのが見えた。
笑ったのだ。
黒い、黒一色の着物、足元は下駄。
下駄か? よく名前はわからない、木製のサンダルみたいな。
最近では見ない出で立ち。
いや、足がある。
つまり幽霊ではない?
ぼくは息を飲み、半ば反射的に両手にそれぞれ〝狐〟を作る。
人差し指を小指を立て、親指と中指、薬指を束ねて顔に見立てたあれだ。
そしてさらに、左右の小指と人差し指を絡める、狐同士が頭を合わせるように。
最後に親指と中指、薬指を開く。
左右の中指と薬指の間にできた
――姿に変化はない、普通に和服の女性がそこには立っている。
女性がころころと、それこそ鈴の音が鳴るように笑う。
いや鈴の音のように笑うってなんやねん、と思うかもしれないが。
上品に小さく笑う様をしてそういう表現をするのは趣があると思います。
「〝
今時の子にしては珍しいお
上品に笑いながら女性が近寄って来る。
ぼくは組んでいた窓、両手の指を解いて、鼻先をかるく掻いた。
わかりやすい照れています、の仕草。
こういうのを自覚的にやるのがぼくの特徴だ。
まあそれを抜きにしてもおそらくはバツの悪い顔をしていたに違いないけど。
ちなみに〝
特定の手順で組んだ指の隙間から見ると、人に化けた妖怪や魑魅魍魎の正体を見破れるというもの。
まあいつものネット知識ですけどね。
「それ、相手が見られている事に気づくと逆に逆上させるって言いますよ」
ま~じで。
だとしたら堂々と正面から向けるものではないのか。
気付けばうーむ、と唸るぼくの目の前に彼女は近寄ってきている。
相対距離2m、初対面にしては距離近くないですか。
こうしてみると真面目に部長と共通点はない。
気配というか、醸し出す空気に近いものはあるが、こっちはより妖艶。
高校生にしては大人びて見える部長先輩より、はっきりと年上だろう。
言っては何だが醸し出す色気のレベルが違う、お話になんない。
おそらく30歳前後、例のシブサワ氏よりやや上か同年代くらいか?
そういえば最近こういう伝奇めいた人と出会う機会増えたな……。
先輩もどっちかっていうとそれ系だし。
と、そんなことを思いながら〝彼女〟を見ていて気付いた。
黒一色の和服、に見えたそれは厳密には紫色で。
黒い、恐らくは
黒い、恐らくは
やっべ、この人すげー伝奇レベルが高いよ。
震えて来た。
「それで学生さん?
こんな時間に夜歩きは感心しませんよ」
やんわりたしなめられた。
いやいいなこれ、もっと叱られたい。
めっ、てされたいやつだこれ。
めっ、って。
「あー、はい。
ぼく悪い子なんで。
ところでお姉さんは見ませんでしたか、
ぼくの照れ隠し気味の質問に、お姉さんは小首を傾げる。
全体的に色気が凄いのに仕草がこどもっぽいのはズルいな。
好きです。
ぼくがあほみたいに好意を脳内で叫んでいる間に、気づけば距離が詰まっていた。
目の前まで近寄ってきていた
視線が絡み合う。
瞳の奥、心の奥底まで覗き込むように彼女の視線がぼくを覗き込む。
またぞっとした。
綺麗なその黒色の瞳がまるで、深い深い底無しの穴のように思えたからだ。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらぞ覗いているのだ。だっけ。
ゲーテだっけ? たぶん違うな。
(ぐぐった、ニーチェだった、惜しい)
意識が半ば飛ぶようにして一瞬が過ぎる、一瞬のはず。
さすがに何分も覗き込んでは来ないでしょ。
いや一瞬でも初対面でこんなことして来るのも大概だけど。
細い指先がぼくから離れ、彼女もまた数歩下がって距離を置いた。
「――
あなたは近々トラブルに巻き込まれるでしょう」
「……はい?」
「あなたがその時、半歩を踏み出せば危険を負うのはあなた」
突然そんなこと言われても、と思いながらぼくは反射的に尋ね返している。
「……踏み出さなかったら?」
「別の誰かが危険を負うでしょう」
「占い師さんか何かだったりします?」
「当たらずと
うっへ、何にも答えてませんよそれ。
まるで中身のない助言じゃないですか実際。
ずるいな、美人は何しても許す気になる。
許せん。
かわいくウィンクとかしても騙されないぞ。
許した。
夜遊びはほどほどにしなさいね、と声をかけて彼女は去っていく。
足もあるし影もある、おそらく連絡先もある生身の人間だろう。
連絡先、聞けばよかったかな。
うーん、最近ぼく
ある意味で
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