第3話  真夜中のペペロンチーノ

 明日が、淳の四十九日。

 未知は、ほっとした。

 そこで霊は成仏し、あの世に旅立つことになる。その前に、淳は晶子に会っておきたかったのだ。

 だが、淳は、

「いや、俺は成仏なんかしない。ずっと晶子のそばにいる」

「勝手なこと、言わないで」

 抗議せずにはいられない、未知。淳は、

「すべての霊が、成仏するわけじゃない。この世に未練がある霊は、しこたま残っている。この部屋にだって」

「やめて!」

 晶子が叫んだ。


「ごめん。成仏する気はないけど、四十九日が、どんな力をもつものか、俺にもわからない。この世への未練が弱まったりとか、思いがけないことが起きるかも。だから、早めに、この体を支配してしまいたい」

 和臣の体を支配する。それは、彼の意識が、もう戻らない、という意味。

「そんなこと、させない」

 そうは言ったが、どう阻止したらいいのか


「淳。和臣さんの体で、あなたが現世に居座っても、私は、そんな淳は、愛せない」

 晶子は、悲し気に言った。

「戻ってきてくれたことは、本当に嬉しい。最後まで、私を残して死ねない、と思ってくれたんだよね。それだけで、幸せだよ」

「晶子。俺は、ずっと晶子のそばにいたいだけなんだ」

「霊、意識かな。淳の意識が、そばにいてくれるだけでいい。和臣さんを、未知さんに返してあげて」


 聞いている未知も、胸が苦しくなる。ジャックされかけている肉体が、和臣でなければ、淳を応援したいくらいだ。

 でも、戦わなければ。ついさっき、婚約指輪をはめてくれた最愛の男が、別人になってしまうなんて。自分を捨てて他の女性を選ぶなんて。

 思い悩む未知。

 淳が突然、口を開いた。

「晶子。腹減った」


 そういえば、夕食も食べずに、淳を追って部屋を出てきた。もう真夜中に近い。未知も空腹を感じていた。

「パスタで、いい?」

「うん。ペペロンチーノ、作って」

 笑顔で言葉を交わす、晶と淳。

「お手伝いします」

 晶子に続いて、未知もキッチンに立った。が、料理は苦手。

 晶子は、お湯を沸かし、パスタを取り出した。

「未知さん、サラダ作ってください」

「サラダ、ですか」

 自分で作ったことはない。


 レタスを洗って水気を切ったら、ちぎって、キッチンバサミでカットしたスライスチーズをのせ、ドレッシングをかけるだけ。

 晶子に教えられて、なんとか恰好がついた。

 ちらっと淳に目をやる。頬杖をつき、楽しそうに晶子を見ていた。

 いま、,淳は幸せなのだ。

 肉体を持ち、晶子に触れ、彼女の手料理を味わう、幸せな恋人。


 小さなテーブルを囲んでて、三人は、真夜中のパスタを食べた。

「晶子さん、これ、とってもおいしい」

「晶子の得意料理だもん」

 淳が自慢気に言う。

 おなかが満足すると、急に眠くなってきた。


「ごめんなさい。泊まることになってしまって」

「いいんです。淳がご迷惑かけたんですから」

 居室のベッドに、未知と晶子。淳は、キッチンに布団を敷いて。

 枕元の小さなフォトフレームに、未知は目をとめた。

「かわいい男性ひと

 元気そうな、二十三にしては幼い男性が、笑顔でこちらを見ている。和臣が言っていた、素直な愛されキャラ、という話に、この青年ならぴったりだ。


「淳は、うちの会社のバイトだったんです。五つも年下で、初めはなかなか、思いを伝えられなくて」

 恥ずかしそうに、晶子が言う。

 ん、五つ。

「それじゃ、あの。晶子さん、私たちより年上。私も和臣も、二十六です」

「私、二十八なんです」

「見えないわあ」


 もっと話していたかったが、遊びに来たわけではない。晶子には好意を抱いているが、和臣のことがある。

 晶子さんも、淳くんが、和臣の体に居座るのは反対だと言っていた。

 でも、現世の人間には、何の力もなさそう。


 せっかく、婚約指輪をもらったというのに。


 指輪は、目には見えない「誓い」を、形にしたもの。自分への愛を、和臣は、この指輪に込めて、誓ってくれた。

 お願い、和臣と私を守って!

 指輪をはめた左手に右手を重ね、闇の中で、未知は祈った。


 目覚めると、日は高く昇り、早朝という感じではない。時計を見ると、十時近かった。

 和臣は、もう自分の体に戻っているだろうか。

 体を起こすと、となりに寝ている晶子の向こうに、和臣の頭が見えた。ベッドの端に突っ伏しているようだ。


 少しでも、晶子さんのそばにいたかったのか。

 淳くんは、真夜中に、こちらに移ってきたのだろうか。でも、もうこんな時間。

「和臣」

 呼びかけると、和臣は、目を覚まし、

「淳だよ」

 と答えた。


 .まだ、淳くんのまま!

 未知は、背筋が寒くなった。

 四十九日なのに、やはり、現世にいたい淳の執念が、和臣の意識を弾き飛ばしてしまったのだろうか。


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