第2話 それはシェアではない

 和臣は、大慌てで、未知に電話した。

 スマホを持たずに友人と会っていた、と言い訳すると、

「なんていう人。私が確認します」

 と、厳しい反撃。

 和臣は、観念した。下手にごかますより、正直に話そう。

 淳の夢を見たこと、昨夜、急に眠くなり、気づいたら朝になっていて、淳の彼女の部屋で目覚めたことなど、包み隠さず話した。が、未知は、

「誰が信じるのよ、そんなバカな話」

 と、ますます火に油を注ぐ結果に。

「淳くんの、きれいな彼女にふらっときて、なぐさめついでに、そういう関係になったんじゃないの」


 まさか。確かに晶子さんは、ロングヘアの美女だけど。いやその、あの。


 最後の手段、と、和臣は、指輪の箱を出してきた。

 ケースを開けると、ダイヤのきらめきが眼にまぶしい。

「和臣」

 未知の声が、感激にうるむ。

「うまい言葉がみつからなくて、なかなか渡せなかったけど。これが俺の誠意です。俺、未知を愛してる。こうやって指輪まで用意してた男が、悲しみも癒えない、後輩の彼女に、手を出したりすると思うか」

「ごめんなさい!」

 なんという思い違いを。未知は反省した。


「未知、俺と、結婚してください」

 真剣な、和臣の目、

「はい」

 未知は即答した。

 微笑みながら、和臣が、左手の薬指に、リングをはめる。

「ありがとう」

 見上げた和臣の目は、しかし、ぞっとするほど冷たかった。

 どうしたのだ、たった今まで、あんなに優しかったのに。


「和臣」

 返事はない。

 財布だけ持って、立ち上がる和臣。

 部屋を出ていこうとするのを、

「ど、どこに行くの」

「晶子の部屋」

 ぶっきらぼうに答えて、和臣が部屋を出ていく。

 未知は、あわててバッグをつかんで、追いかけた。いつもの和臣なら、ゆっくり未知に合わせて歩いてくれるのに、今は速足で、未知を気遣う様子もない。

 やっぱり、淳くんが、和臣の体に。

 息を切らせながら、ついていく未知。


「淳くん、なのね」

「ああ」

 ホームで、やっと和臣に追いついた。

 滑り込んできた電車に、ふたりで乗り込む。

 まだ荒い息をつきながら、未知は、

「和臣は、どこ?」

「その辺を、うろうろしてるよ」

 淳の返事に、かっとなった。

「何、それ。和臣は、一晩だけ、あなたに体を貸した、と言ってたのよ。おかしいじゃない、なんで今夜も」

 和臣の顔をした淳は、ふっと笑った、

「そう言っておけば、油断するだろ。ひと晩くらいなら、って」

「ワルだね。和臣から聞いてたのと違う。淳くんは明るくて、素直で、愛されキャラたって」

 この男は、冷淡で、ずるがしこい印象だ。


「愛されキャラ、か」

 淳が苦笑する。

「あんたも、死ねばわかるよ。厳しい世界なんだぜ。甘ちゃんじゃ、やっていけない」

 妙なことを言う。

「この世に未練のある、俺みたいな霊っていうか、意識が、そこらへんにうじゃうじゃいるんだ。ものすごい数だし、形も重さもないから、幾重にも重なってさ」


 未知はぞっとして、周囲に目をやった。ただの、平和な、金曜夜の電車内。もしかして、和臣も、この中に。

「ほとんどの人間には、見えないから大丈夫」

 淳は、にやりとした。

「見えないほうがいいんだよ。なまじっか見えると、ろくなことにならない。霊感が欲しい、なんて人がいるけど、やめといたほうがいい。鈍感な方が、幸せだよ」


 淳は、とある駅で降りた。未知も、あとに続いた。駅から数分歩いて、目的地についた。晶子の住むアパートだ。

「晶子。俺だよ」

「淳?」

 驚き顔で、晶子がドアを開けた。

 となりに見知らぬ女が立っているのに気づき、怪訝な顔になる。

「未知です。和臣の婚約者です」

 これ見よがしに、晶子の前に、ダイヤのリングをはめた左手をもっていく。

「どうぞ、お入りください」



「二日続けて和臣の体に居座るってことは。今後もそうするつもりだ、と受け取っていいのよね」

 未知は、ずばり言った。

 問いただしたいことが、山ほどある。

「そういうこと。ボディシェアリングだよ」

「シェア。カーシェアみたいないもの」

「まあね。夜は俺、昼はセンパイ」

「冗談じゃないわよ。夜は、和臣は、私のものよ」

 毎晩、こんなことになるのは困る、と抗議すると、淳は、

「しょうがないよ。センパイ、ガードが甘いんだもん」

「どういうこと」

「夢の中に、死人を引き入れてしまったのが、運の尽き」


「淳、いけないわ」

 お茶を運んできた晶子が、口をはさんだ。

「お世話になった先輩に、迷惑をかけるなんて。婚約者がいる方の体を、つまり淳は」

「そう。乗っ取るつもりだよ」

「なんですって!」

 未知は、驚愕した。

 和臣の体をシェア、ではなくジャック、乗っ取るつもりなのだ、淳は。


「なんで和臣なのよ。男は、いくらでもいるでしょ」

「それが意外に、いなくてね。俺だって、センパイは避けたかった、彼女がいるのも知ってたし。でも、候補者が、なかなか見つからない。もう時間がなくて、仕方なく」

「時間って」

 未知の問いに、淳は暗い顔で答えた。

「明日、俺の四十九日なんだ」




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