第12話 夏の終わりに

 私は動こうとしている。

『一緒に本屋に行きませんか?』

 このメッセージを朝起きてから打ち、送信は出来ずにお昼が過ぎていた。

 断られたらどうしよう、先着の予定あるだろうな、忙しいよね。

 マイナスなことが頭からぽんぽこ浮かぶ。

「よっ!姉ちゃん!」

「わっ!あずき、驚かさないで!」

 突然あずきが来た。

「部活は?」

「終わったから帰ってきた」

 はぁ・・・そかそか。

「姉ちゃん、ため息かいな」

「だって」

「何々?」

 スマホのメッセージ画面を見せた。

「ははぁん、今までは本の感想を語り合ったが、ついにデートに誘うと」

「うん」

「んじゃ、えい」

 押せなかった送信を押された。

「あずきイイイイー!!!!」

「うじうじしないしない~じゃねん」

 あずきは自室に戻って行った。

 酷い、酷すぎる。

 心の準備がないままだったのに!

 ピロリン♪とスマホが鳴った。

 即開く。安藤あんどう君!

『分かった。いつにする?』

 まさかの承諾ー!!??

 やったやったー!!!!

 喜ぶ犬のようにはしゃいだ。



 あははー、幸せー!

 2人で、本屋。でっ・・・デート!

 向こうはデートとは思ってなくても、一緒にいれるなら、この際解釈が違っていようが知ったこっちゃない。

 重要なのは“2人きり”なのだから!

「・・・聞いてるか?」

「あっごめん!」

 今はまさに本屋にいて、文庫本コーナーの所にいた。

 書籍から文庫本になった作品。

 最初から文庫の本で人気の作品。

 映画化されると銘打つ帯のついた作品。

 映画が文庫本になった作品も。

 この小さな本が、夢の幅を広げる。

 物語の向こう側が見え隠れしていて、深く読みたくなる衝動が起こることも。

 だから、本は凄い。

「可能性だなー」

「?」

「本には無限の可能性が秘められていて、底が見えないよね」

「確かに。なんか分かる」

「共感出来る?分かる?」

「もちろん」

 はぁはぁ!共感出来た!嬉しい!

「どれか買う?」

「まあな」

 安藤君の手に1冊あった。

「気になっていた本でさ」

「どんなお話?」

「恋愛小説」

「ジャンルの幅、意外と広い」

「なんでも読むよ」

「私はホラーだけダメ」

「怖いの苦手か?」

「苦手ではなく、嫌い」

「なるほどな」

「眠れなくなる」

「作り話なのに?」

「それでも!泣いちゃうよ!」

「あはは」

 笑った・・・安藤君が笑った!

 あと、リアルで彼との会話史上最長記録を更新!

 最高です!楽しいです!


 本屋から出ると、お店のガラス窓にポスターが1枚目に入る。

 来た時は気付かなかった。

「花火かぁ・・・」

 花火大会のお知らせのポスター。

 今年も終わるのね、沁々。

「安藤君と一緒に行きたいな・・・」

 無意識に思ったことを言葉にしていた。

 それに気づいたのは10秒後。

「・・・ハッ!?」

 隣にいた安藤君を見た。

「あの、その、えっと」

 慌てていると。

「一緒に行くか」

「えっ」

「そうすっか」

「・・・はい」

 驚きがすぎて同意の言葉しか出来なかった。



 夏の終わりに、また1つの幸せ。

 気合いを入れて浴衣を着て行った私。

 赤い色がベースとなって、水の波紋と黒い金魚が上品さを演出してくれる、とびっきりの浴衣。

 髪は纏めてべっこう櫛をちょこん。

 安藤君もまた甚平を着ていた。腰にはうちわ。

 うん、安藤君長身だから、甚平の良さが分かる。

 そして安藤君のイケメン度が爆上がり。

 女子たちが振り向いていたり、見ていたり。

 自慢のような嫌なような、なんとも言えない。

佐藤さとう、だんだん人多くなってきたな」

「だね」

 そりゃそうだ、屋台はみんなの夢の国のような場所。

「はぐれるなよ」

「うん!」

 返事の後のことだった。

 安藤君は私の手を握った。

 手が手が、ててて手がああああー!!??

 手を繋いでるうううううー!!!!

「安藤、君」

「はぐれないように、だ」

 ウギャァァァァー!!!!

 心の中で大騒ぎする私であった。


 見晴らしの良い場所に私と安藤君はいた。

 木の椅子に座って、花火を今か今かと待ちわびる。

「暑くないか?」

「大丈夫だよ」

「はい、うちわ」

「ありがとう」

 借りたうちわでパタパタ。

 なんとなく安藤君にもパタパタ。

「俺はいいよ」

「私の風にはご利益があるのです」

「んじゃありがたく」

 ほのぼのしていると、ひゅぅ~と音が聞こえた。

「今だな」

「うん」


 どーん!


 花火が上がった。


「綺麗だねぇ」

「だな」

 花火が上がる度に音に若干ビクッと反応する私。

「音、苦手か?」

「まあね」

「びっくりするよな」

「うんうん」

 大きくなってから、2人で過ごす時間が流れるなんて、夢にも思わなかった。

 あの時から時間は止まったようになっていたから。

 動き出す針を見守るように、ゆっくりとそれを味わい噛みしめた日々。


「佐藤」


 突然、だった。


「いや」


 知ってしまう。


「あんずちゃん」


 衝撃が花火の音と共に響き渡った。


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