第42話  色々、動く

 1



「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

「いただきます」


 家族六人の声が揃う。


 全員揃っての和やかな朝食だが、私の心中は和やかではなかった。


 私は味噌汁を飲みながらそっと場を見回す。皆いつもと変わらぬ様子で食事をしている。父も、母も、陽太も、遊起も、凛も。


 この中に、あの写真を持ち去ったものがいることは明らかだ。あれはただの昔の写真のはず。しかも、持ち去るなら持ち去るで、「出しっぱなしにしないの」とか「ちゃんと片づけなさい」と言ってもいいはずだ。


 誰が持ち去ったかは知らないが、そのことにすら触れる様子がないところを見るに、もしかするとの存在を隠したいのではなかろうか。


 昨夜、母にアパートについて尋ねたところ、不可解な反応をされたことを思い出す。私が、記憶の外側にあるアパートの存在をあの写真を見て思い出した、と考えた母が写真を隠したのだろうか。


 今のところ、一番有力な容疑者は母だ。


 ただの写真一枚でこのような対応がされるはずがない。


 あの写真にはなにかがある。だから隠したのだ。


 私に知られてはいけない、なにかが……


 どうする?


 私の方からそれとなく話題に挙げてみようか。


 今なら家族全員がいる。


 いや、まだ私はあの写真について全く情報を得ていない。そんな段階で尋ねてみても、はぐらかされるに決まっている。適当なことを言われても、私にはその真偽を確かめるすべがないのだから。


 まずは情報を集めなくては……



 2



「ってことがあってさー」


「それはなんだか意味深ね」


「でしょー」


 その日の部活終わり、私は学校で美月と合流し、近くのマ〇クで昼食を摂っていた。


「昔の写真……ねぇ」


 マ〇クシェイクを飲みながら、美月は難しい顔をする。


「私と、小っちゃい男の子が写ってて、後ろには白くて古いアパートがあったの。たぶん、昔そこに住んでたんだと思うだよね」


「でもなんでそれを隠すのかしらね」


「そこが分からないんだよ」


「ほかに情報は?」


「えっと、裏に『はるちゃんたち、アパート前で』とかなんとか書いてあったんだ。あと日付も。たしか一九九七年の七月十五日、だったかな」


「ふむふむ」


「あと、看板には……なんだっけかな、えーと、えっと、そうだ。『コーポ吉原』って書いてあった。多分そのアパートの名前だと思う」


「『コーポ吉原』……」


 言いながら美月はスマホを操作し始めた。どうやら『コーポ吉原』を検索にかけているようだ。


 私はうずうずしながら待つ。


「どう、出た?」


「いっぱい出たわ」


 美月はスマホをこちらに向ける。


 画面を見ると、ずらっと並ぶ住宅情報サイト。画像検索に切り替えると、たくさんのアパートやマンションの写真が並んだ。


「この中にそれっぽいものがあるかしら」


「えー、ちょっと待ってぇ」


 画面をスクロールしていく。私は昨日見た写真の記憶を頼りに、それと一致する建物を探していく。


「んー、これっぽい……かな」


 それらしいアパートを見つけたのでそのページに飛んだ。大阪の東淀川にある二階建てのアパートだ。


「こんな感じだったような」


「あっ、小春。これ、築十二年ってあるわよ。少なくとも、一九九七年には建っていたんだから、ここは違うわね」


「あっ、そっか」


 よく観察してみると、あの写真の建物とは違うように見える。ああ、現物があれば見比べることができたのに。


 それからしばらく探し続ける。


「ここは、壁の色が違うね」


「塗りなおしたのかもよ」


「でも、扉の形もちょっと違うんだよね」


「ここは、築年数が新しいわね」


 同じ名前の賃貸住宅がこんなにたくさんあるなんて、日本ってある意味すごいなぁ。そうして探し続けること十五分、ようやくそれらしい建物を見つけた。


「あっ、ここかも!」


 錆びた鉄階段、薄汚れた白い壁に『コーポ吉原』の文字が並ぶ看板。築三十年という年数も矛盾はない。

 なにより、私が昨日目にした写真と完全に一致している。


「ここ、神奈川県藤沢市だって」


「神奈川かぁ」


 県外だが、静岡と神奈川ならそう遠くはない距離だ。


「で、どうするの?」


「美月ちゃん、このあと暇?」


「……暇、だけど。あんたまさか……」


 美月は顔を強張らせる。


「よし、行こうか」


 私は立ち上がる。善は急げってね。


「もうお昼じゃないの」


「大丈夫大丈夫。夜の内には帰ってこれるって」


「えぇ、別にいいけど。明日でもよくない?」


 私はしぶる美月を連れて駅に急いだ。



 3



 長くて綺麗な栗色の髪、メロンでも詰め込んでいるのではないかと疑いたくなるほど大きな胸、ほっそりとした顔立ちは妖しげな気品を漂わせており、三十代とは思えない美貌をしている。


「こんにちは、おばさん」


「久しぶりね、光ちゃん」


 影山くんのお母さんはにこりと微笑み、左手に持ったティーカップを口元に運ぶ。彼女の膝の上にはステイが丸くなって落ち着いており、時おり、ごろごろと満足そうな唸り声をあげていた。


「光のインターハイのお祝いに来てくれたのよ」


「おめでとう、ベスト4なんてすごいわね」


「ありがとうございます」


 私の母と影山くんのお母さんは大学時代の先輩後輩で、昔は同じ病院で看護師として働いていたらしい。また影山くんのお母さんは富士宮の出身であり、なんと母と同じ小学校にも通っていたというのだが、この頃は交友はなかったらしい。

 そんな縁があってか、影山家が富士宮に引っ越してきてからは、住んでいる町内は違うけれどちょくちょく我が家に遊びに来たりもしていた。


「影山くんは学校ですか?」


「ええ、夏期補講に」


 母はそれを聞いて、


「はるちゃん、進学に決めたんだって?」


「そうなの。せっかく夏休みだから朝寝坊できると思ったのに」


「あらあら」


「うふふ」


 母親トークが繰り広げられる中、私は小春ちゃんと影山くんについて考える。


 自分のことではないけれど、胸の奥がずきんと痛んだ。



 *



「……!」


 猛暑の外から、急に冷えた屋内に入ったからか、尿意がやってきた。


 うちはお手洗いに立つ。それにしても金持ちの家というのはトイレまで豪華なのか。床には玉砂利が敷かれ、壁にはなぜか龍と虎が睨み合う絵が飾られている。


 それにしても光先輩遅いなぁ。


 階段を降りて階下の様子を窺うと、ちょうど和室から三人の女が出てくるところだった。一人は光先輩のお母さん、一人は光先輩、そしてもう一人はむちむちの茶髪のお姉さんだ。凹凸の激しいダイナマイトボディはまるで土偶のようだ。


 誰だろう。


 光先輩の親戚かな。


 うちは光先輩と先輩のお母さんの胸を見る。

 

 ……いや、巨乳だし血の繋がりはなさそうだ。


「じゃあ、お邪魔しました」


 むちむち姉ちゃんが頭を下げると、光先輩のお母さんが手を振りながら、


「また来てね、雪美ゆきみちゃん」


 と言った。

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