第40話  写真の歴史を調べてみよう その3

 1



 被写体になっているのは、二人の幼い子供。


 一、二歳くらいの女の子と、それより頭一つ分大きい男の子。女の子はピンク色のTシャツに黒いスカートを穿いている。男の子の方は、当時の戦隊ヒーロー――名前は知らないが――がプリントされたTシャツに白い半ズボンといった装いだった。


 服装から見るに、季節は春から夏にかけてだろうか。


 二人の背後にはくすんだ白い壁の建物があり、奥に鉄階段が見える。おそらくアパートかなにかの建物だろう。


「んん?」


 よく見てみると、この女の子の方はもしや私では?


 そうだ、間違いない。


 この愛らしい顔立ちに、肩から斜めにかけたくまちゃんの顔をかたどったポーチ。このポーチはまだ家にある。なんて懐かしいんだ。


「小っちゃい頃の私……」


 私の心はこの時、ある一つの感情に支配されていた。


 それは……































「可愛すぎるでしょ、私」


 くりくりとした大きな瞳に、お餅のように柔らかそうなほっぺた。栗色のふわふわの髪にまるで人形のように小さなおてて。


 可愛さのポテンシャルがこの頃から溢れ出して止まらないではないか。もし私が子役のスカウトを受けていたら、きっと今の世はアイドルという概念が私一人に集約されていたに違いない。


 世のアイドルたちよ、命拾いしたな。


 それにしても、この男の子は誰だろう。


 小さい時に遊んだ近所の子供?


 こんな小さい時の記憶なんて正直憶えてない。この背景の建物にもちょっぴり懐かしいものを感じるものの、ここがどこかなんて分からない。


 でも、なにかが引っかかる。頭の片隅で、なにかがこの写真に反応しているような気がしてならない。でもそれがなんなのか、と問われると、途端に答えに詰まってしまうのだけれど……


 その時、私の脳内にある一つの情景がおぼろげに浮かび上がった。







『半分こね』


『あいがとー』


 小さな手に握られたパ〇コのアイス。


 手に伝わる冷たさと、ほろ苦いコーヒーの味が鮮明に浮かび上がる。アイスを半分こにして分けてくれた相手の顔を見ようとするが、そこだけがかかったかのように不鮮明で、誰かは分からない。






「……なに、今の」


 胸の内に沸き上がるノスタルジックな気持ち。


 今のは私の子供の頃の思い出……?


 となると、アイスをくれたのは陽太か。昔から、彼はお菓子やアイスを分けてくれた。時には全部くれることだってあった。でもなんで今そのことを思い出したんだろう。


「――ちゃん」


 それはまさに一瞬の出来事で、我に返った私のそばで、遊起が不思議そうに見上げていた。


「姉ちゃんってば」


「え、な、なに? なんか言った?」


「それだよ、それ。なんの写真?」


「え? これ、お姉ちゃんの子供の時の――」


「見せて」


 遊起に写真を見せる。


「へぇ、姉ちゃんにも子供時代があったんだな」


「それ、どういう意味かなー?」


「こっちの男の子は誰? 陽太兄ちゃん?」


「……」


 違う。


 陽太ではない。


 私と陽太の年の差は四歳。子供の年齢というのは見た目では測りがたいものだが、この写真の子は、陽太よりもほんの少しだけ幼い気がする。それになにより、が違う。


 陽太は生まれつき黒髪だ。それなのに、この写真の中の男の子は綺麗な茶色の髪をしている。


  見た目も愛らしく中性的であり、見ようによっては女の子にも見えるので、もしかしたらこの子は女の子なのかも。


「さぁ……誰かな、たぶん、お姉ちゃんが昔遊んでた友達だよ。きっと」


「ふーん」


 遊起は興味なさげな返事をした。そして私に写真を返すと、また自由研究に取り組み始めた。


 改めて写真に目を落とす。


 やはり知らない子だ。


 しかし、幼い頃の写真を目にしたからか、懐かしい気持ちが先ほどから私の中で湧き上がり続けていた。


 いったい誰なのだろう。


 まあ、そんなことは今はどうでもいいか。十年以上も前の写真に写っていた、名前も憶えていない誰かがどこに住んでいてなにをしているのか、調べる手立てすらないのだから。


「それより、どの写真を使うか決めたの?」


「まだ考え中」


 それから自由研究に使う写真を何枚か抜き取り、アルバムを元の場所に戻した。





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