第39話  写真の歴史を調べてみよう その2

 1



「お、重い」


 再び炎天下を歩き詰め、帰路につく。帰り道は図書館で借りた本を抱えていかなくてはならないため、往路より疲れる。


 手提げ袋はぱんぱんに膨れ上がり、その重さといったら、腕が引き千切れそうなほどだ。


「もう、姉ちゃん、遅いよ」


「ちょっとー、あんたが借りたんだからあんたが持ちなさいよ」


「だって姉ちゃん力持ちだし」


「全く、もう」


 ひょいひょい手ぶらで歩く遊起。その小さな背中を追いかけながら、私は必死に歩く。家に帰り着く頃にはすっかり汗だくになってしまった。 


「ただいま」


「姉ちゃん早く早く」


「はいはい、ほら」


 家に帰りつくなり、遊起は私から図書館で借りた本をひったくる。そしてリビングのテーブルに広げる。


「ほうほう」


「家から帰ったらまず手を洗いなさい」


「へいへーい」


 私はテーブルに目を落とす。


 戦前の生活をまとめた写真集にカメラの構造を子供用にまとめた児童書、そして様々な年代の写真集などなど。


 遊起が自由研究のテーマに選んだのは写真の歴史。先ほど図書館で昔の白黒写真を目にした彼は、なぜ昔の写真は現代のようにカラーでないのか、という疑問を抱いた。


 自分が直感的に感じた疑問こそ、自由研究の題材にふさわしい。


 どういう技術の進歩で写真は白黒からカラーになっていったのか、というシンプルな疑問を、カメラの歴史と合わせてまとめていけば、それなりのクオリティの自由研究となるだろう。

 幸い、これをテーマにした友人はいないらしく――本人的にはここがもっとも重要だったらしい――まるで世紀の大発見をしたかの如く、これを題材にすると大騒ぎだった。


「よーし、やるぞー」


 いつもは勉強嫌いの遊起が珍しくやる気を出して勉強に取り組んでいる。邪魔をしないように、私はお昼ご飯でも作ろうかな。



 2



「遊起、お昼だよ。いったん中断しなー」


「今日の昼飯なにー?」


「素麺」


「またー?」


「しょうがないじゃん。お中元でいっぱい貰っちゃったんだから。ほら、今日は梅果肉入りのつゆだから美味しいよ」


「これで一週間連続なんだけど」


「だったら、いっぱい食べて在庫を減らさなきゃねぇ」


「くそー」


 しぶしぶ遊起は素麺をすすり始めた。


「どんな感じ?」


 私は自由研究の進捗を尋ねる。まあ、まだ初めて小一時間ほどなので情報を集める段階だろう。


「えっと、カラー写真は19世紀からあったんだけど、あんまり実用的じゃなかったみたい。で、1935年にアメリカの会社がカラーフィルムを発売したんだって」


「ふーん」


「で、モノクロ写真もカラー写真も仕組みは基本的に一緒で、現像をする時に銀が黒くなるから白黒になって、モノクロ写真になるんだけど、カラー写真はそれとは別にいろんな色に反応するような薬品がついてるから色が出るんだって」


「へぇ」


「でも昔はこの現像って手順があるから、写真を撮ってもすぐに見れなくて――」


「へぇ」


 な、なんだこいつ。


 ほんの小一時間でそこまで調べたのか。その真偽はともかくとして、よくそんなに調べ上げることができたものだ。


 私には全く内容が理解できないけれど。


 それからさっさと素麺を平らげると、遊起は再びテーブルに向かって自由研究の続きを始めた。


 普段からこれぐらい集中してくれたら助かるんだけどなぁ。



 3



 遊起の自由研究はかなり形になってきていた。しかし画用紙には説明のためか文章が多く、いまいち伝わり辛そうな気がする。


「どうせならさ、年代順に写真を貼って、その進化が一目で分かるようにすればいいんじゃない?」


 私がそう提案すると、遊起は指を鳴らした。


「姉ちゃん、ナイスアイデア!」


 そして立ち上がると、


「アルバムの写真を貼ってもいいかな」


「いいんじゃない?」


 私の記憶が正しければ、祖父の時代の白黒の写真も我が家にあったはず。さっそく私たちは父と母の部屋に赴き、アルバムを漁り始めた。


 クローゼットの奥の引き出しに収められたアルバムたち。


「あっ、懐かしい。これ遊起が生まれた時のだよ」


「なにこのシワシワの猿みたいなやつ」


「あんたでしょうが」


 母の中学の卒アルを見つけたので覗いてみる。今から二十四年前のものだ。


「なんかみんなもっさりしてるね」


「なんで男は坊主なんだろ」


 昭和の時代はなんだか色合いが濃いというか、陰影が強くてくっきりしている写真が多いように思う。それはそれで味があるのだが。


「あっ、これ婆ちゃんかな」


 父方の祖父母の若かりし頃の写真が出てきた。かすれた白黒写真で、少し不愛想な顔をした女性が被写体となっている。


「お婆ちゃん美人ね」


 白黒写真だからか、それとも写真自体が古くて経年劣化しているのかは分からないが、しわやシミなどがなく、つるんとした白い肌。二年前に天寿を全うした祖母との思い出が蘇る。よく祖母の働いていたパン屋さんに遊びに行ったっけ。


「よし、写真の技術の進化の歴史を表現するために色んな時代のお婆ちゃんの写真を使おう」


「馬鹿、それはよしなさい」


 それから目ぼしい写真探しをしている中で、私はあるものを発見した。


 一番下の引き出しの奥に、まるで隠すかのようにしまわれていた茶封筒。アルバム類と一緒にしまってあったということは、これにも写真が入っているのだろうか。


 手に持ってみた感じでは、中に硬い何かが入っているようだ。


「なんだろ」


 中を検めてみると、一冊の薄いアルバムが。


 開いてみる。


 中に収まっていたのは、一枚の写真。


「ん?」


 そこに写されていたのは、二人の小さな子供。


 男の子と、女の子。


 


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