第38話  写真の歴史を調べてみよう

 1



 午前十時。


 今日も今日とてうだるような暑さが街をくるんでいる。


「うーん、どうすっかなー」


 遊起が頭の上に手を乗せ、リビングでうだうだしている。テーブルに向かい、真剣な表情を見せる。かと思えば、ゲーム機を開いて少しだけゲームをしてまたテーブルに向き直っての繰り返し。


「どうしたの?」


 たまらず私が聞くと、遊起はテーブルの上に置いてあった白紙の画用紙を指さし、


「自由研究だよ」


 自由研究。


 小学校の中学年ほどから始まる、夏休み限定の特殊な宿題である。その名の通り、自分で自由に題材を選び、それについて調べてみたり場合によっては実験をしてみたりと、レポートにまとめたり、と長期連休だからこそできる課題だ。

 この「自由に」というところがミソで、ある程度の範囲内であれば勉強とかかわりのないものを題材にしてもいいのだ。


 私が子供の頃は、リ〇ちゃん人形の歴史や、日本のお菓子の歴史など、自分が楽しめるものを調べたものだ。


「なんにも書いてないじゃん」


「まだ決めてないっていうか、なにを決めるか悩んでんの」


 なるほど。それでいい案が思いつかず、現実逃避のためにゲームを少しだけやったりしていたのか。


「そんなの自由に決めればいいんだよ。だって、自由研究なんだから。あんたゲーム好きでしょ? ゲームの歴史とかでいいじゃん」


「それはもう友達がやっちゃったんだって」


 こいつ、小学生のくせにネタ被りを気にしているのか。可愛い奴め。


「野球をテーマにすれば?」


「それももう友達がやった」


「はぁ。さっさとやんないからそうなるの。もう八月も半分過ぎちゃってるってのにあんたって子は」


 遊起は期限ぎりぎりになって初めて焦るタイプで、毎年夏休みの宿題を溜めては最終週に泣きながらやっていた。


「ほかに調べたいことなんてねぇんだもん」


「じゃあ、なんか実験とかでもいいんじゃない?」


「難しそうなのはパス」


 このクソガキ……


「じゃあ、行ってきまーす」


 凛と陽太が顔を覗かせた。


「凛、どこ行くの?」


「お兄ちゃんと一緒にマリンプール」


「俺も行く!」


 跳び上がった遊起の首根っこを掴む。


「ぐえ」


「あんたは自由研究やってからにしなさい」


「そんなの明日でいいから」


「明日になったらまた明日やるって言うんでしょ? 今日やりなさい」


「ちぇっ」


「お姉ちゃんも手伝ってあげるから」


「ほんと?」


「本当よ」


「よっしゃあ」


 そうして遊起はバンザイをして座りなおした。生意気だが、こういうところは可愛い。


「とりあえずは題材を探さなきゃね」


「うーん、でもなぁ。なにをやりゃあいいんだー」


「遊起が気になってることとか、不思議に思ってることを自分なりに調べてみればいいのよ」


 結局のところ、その内容より、自分で考えて自分で調べる、という行為こそが肝要なのだ。


「うーん」


「そんなとこでじっとしてたってアイデアが浮かぶわけないから、とりあえず行くわよ。支度しなさい」


「行くってどこに?」


「図書館」



 2



 ぎんぎんの日射しとアスファルトの照り返しという挟み撃ちに耐えながら、徒歩で市立図書館にやってきた。


 やはり、調べものといえばここが一番だろう。広々とした館内には私たちと目的を同じくしたと思われる子供たちで溢れていた。


「うひょー、涼しい」


「遊起、静かにしなさい」


 さて、まずは子供向けのコーナーに向かおう。点在する円形の低いテーブルを子供と保護者たちが囲っている。本棚も子供用に低いものが使われていた。


「これなんかいいんじゃない?」


 私はさっそく『世界ののりもの』なる児童書を手に取る。少し表面がペタペタしているのが図書館クオリティだ。


「自動車とか飛行機とか、電車とか、日本のものとの違いをまとめればいい感じになるよ」


「それももうヒデくんが」


 即却下された。


「あーもう、被ることなんか気にしなけりゃいいのに」


「だってマネしたって思われたら嫌じゃん」


 子供は変なところで気にするから困る。


「じゃ、探すとするか」


 そうして私たちは題材探しを始めた。


 棚から棚を巡り、よさそうな本を取って回る。昆虫図鑑、世界のスイーツ、動物の生態などなど。


「あれ? あいつどこ行ったんだろ」


 遊起の姿が見えない。トイレだろうか。館内を歩き回って探すと遊起は奥のテーブルに座って本を読んでいた。


「なに読んでるの?」


「ブ○ック・ジャック」


「ちゃんと探しなさい!」


「へーい」


「とりあえず、この辺はどう?」


 集めてきた図鑑や本をみせて見るが、反応は芳しくない。あまり興味をそそられないようだ。


 せっかく運んできたけれど、遊起が興味を持てないものでは意味がないので、私は再び館内を探し回る。


 全く手のかかる弟だ。


 そして十分ほど本を探して戻ると、遊起はまたなにかの本を読んでいた。


「ちょっと今度はなに?」


 見ると、昭和の時代の生活をテーマにした写真集だった。セピア色のくすんだ写真の中で、老婆が猫を抱いている写真がなんとも味わい深い。


「ねぇねぇ、姉ちゃん」


「ん?」


 純真な目をして、遊起は尋ねる。


「なんで昔の写真は色がないのかな?」



 

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