第35話 光明
1
「光先輩、
二年生の先輩が代表で二人に花束を渡す。
「へへ、ありがとう」
光先輩は照れ臭そうに頬をかく。隣に立つ輝子先輩も、落ち着きなさげに手をいじる。
今日は高校総体、いわゆるインターハイの二日目。うちら北高は女子ソフトテニス部が全国レベルの強豪として知られており、今年は個人の部で光先輩と輝子先輩のダブルスが出場してベスト4という輝かしい成績を収めた。
開催地の新潟県新潟市のホテルに部員と応援に来ていた保護者達が集まり、簡単な祝勝会が行われる。この会は二人の先輩の引退式も兼ねており、次の部長、副部長のコンビが花束贈呈の役目を果たした。
用意された料理を食べながら、思い出話に花を咲かせたり、今日の二人の活躍を振り返ったりと、場はなかなかの盛り上がりだ。
「輝子先輩、二試合目のあの際どいボール、よく返せましたね」
「えへへ、体が勝手に動いたって感じかな」
輝子先輩こと、
「そういえば、あの二人はどうなったのかな」
光先輩はフライドポテトをつまみながらうちの方へやってきた。
「あの二人って?」
「やだなぁ、影山くんと小春ちゃんだよ。夏休みなんだし、なにか進展はあったかなって」
「あっ……」
そうだ、光先輩はまだ知らないんだ。ここ数日は新潟に遠征してたし、そもそもはるっちがプールでフラれたことはまだうちとみっちぃしか知らないはず。
これはうちが言っちゃっていいのかなぁ。まあ、はるっちも秘密にしてとは言ってなかったし、光先輩は影山先輩の過去を教えてくれたり二人の関係を気にかけてたりしてたから、伝えておくのが筋だろう。
「えっとー、実は影山先輩が、改めてはるっちをフっちゃって、はるっちは手を引いたんすよ」
うちがそう言うと、光先輩は目を見開いて驚く。
「ええっ!? 本当?」
「ほんとっす」
「なんで……」
自分のことのように悲しい顔になる光先輩。そういや、この人は影山先輩には幸せになってほしいって言ってたもんなぁ。
「あんなに仲良くしてたのに、なんでなんだろ」
顎に人差し指を当て、斜め上に視線を向ける光先輩。
「これは秘密にしておいて欲しいんすけど」
うちは顔を寄せて声を潜める。
「なになに」
そしてうちは例の理由を伝える。
「――ってわけで、名前が母親と一緒ってのが、生理的に受け付けないらしいっすよ」
「え……?」
このあんまりな理由に、さすがの光先輩も虚を突かれたようだ。目を丸くし、ぽかんと口を開ける。そのまま数秒硬直し、光先輩は聞く。
「ゆっちゃん、それ、どういう――」
「おーい、下村、ちょっと来い」
その時、顧問の先生が見知らぬ中年オヤジ数人と一緒に光先輩を呼びつけた。どうやらあのオヤジたちは地元の新聞社の記者らしく、カメラを持っていた。
「あっ、はーい」
やがて取材が始まり、オヤジたちは光先輩と輝子先輩のツーショットを撮り始めた。
2
「ほら、春樹見てごらん」
朝食を食べ終えると、母が新聞を手渡してきた。
「なにこれ」
新聞はテレビ欄しか目を通さないことに定評のある僕に、朝刊なんか渡してどうするというのか。
「光ちゃんが載ってるわよ。全国ベスト4ですって」
「ああ、インターハイか」
そういえば、光はインターハイに出るために遠征をしており、宮おどりにも参加していなかったっけ。
記事には「富士山が生んだ二つの宝石、漆黒のダイヤモンド渡辺輝子とブラックパール下村光」とある。ツッコミどころ満載のこの見出しはスルーするとして、一回戦敗退の身としては、同級生の活躍は非常に喜ばしい。
「すごいわねぇ」
「そうだね、下村さん、テニス一筋だったから」
小学校時代から彼女はテニスに打ち込んでいたっけ。昔からの知り合いの努力が実って結果になったと考えると、心がほっと温かくなる。
支度をし、学校に向かう。今日は補講は休みだが、自習室が解放されているので、そこで一日勉強をする予定である。
登下校の時間はかかるが、テレビやゲーム、お菓子に母など、誘惑が多い家で勉強をするよりも集中できるのだ。
「はい、お弁当」
「ありがとう、いってきます」
「いってらっしゃい」
普段よりも少し遅めに家を出る。今日は雲が多く、空気が湿っている。天気予報によると、夕方から雨らしい。学校に到着し、職員室で自習室の使用許可を貰いに向かおうと思ったら、その道中で光とばったり会った。
「あっ、影山くん」
昨日の今日でもう静岡に帰って来たのか。聞くところによると、学校や市役所に結果報告をするので大忙しだという。
「ベスト4おめでとう」
「えへへ、ありがとう」
光は笑顔を見せる。
「影山くんはこれから補講?」
「いや、今日は自習なんだ」
「そう」
「じゃあね」
「あのさ、影山くん。ちょっといい?」
言って光は僕を引き留める。そしてぐいっと踏み出して距離を詰める。声が硬く、表情も少し重い。
「な、なに?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そして彼女は訝しげにそう言った。
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