第34話 踊ろうよ
1
浅間大社前のメインロードは大勢の人で賑わっていた。
髪を盛り、祭り化粧を施した女の人、頭に白い鉢巻きを巻き、はっぴを着た男衆。通行止めで車の往来がなくなった車道に並ぶ、祭り衣装の人々。
沿道には見物客たちがひしめき、さながら行軍のようである。
宮おどり。
毎年、八月の第一日曜日に催される市を挙げた祭りで、この街の市制施行五十周年を記念して平成四年に始まったそうだ。著名な振付師によって振り付けされた二つの曲を中心に、半日近く人々が踊りまくる夏の一大イベントである。
僕も小学生の頃、町内会の一団で母と一緒に参加した。家の近くの公園で毎晩練習をしたものだ。しかし中学を最後に参加はしていない。今日は母と共に見物に来たのだ。
開始は午後四時からで、まずは小中学生の部から。学校ごとに集まった子供たちが商店街の大通りに行列を作り、本番開始を今か今かと待ちわびている。
「もうすぐ始まるわねぇ」
隣に立つ母は、首筋に流れる汗をハンカチで拭う。
白いTシャツに七分丈のデニムといった地味な格好だが、母のような美人はどんな服でも着こなしてしまうようで、こういうイベントごとに参加するとしょっちゅうナンパに逢っている。今日もすでに二度、若い男に声をかけられていた。
母は僕が守らなくては。
「かき氷でも食べる?」
「そうね」
僕は浅間大社の駐車場に出ていた屋台で二人分のかき氷を買った。そうこうしているうちにも、また男の人が母に声をかけている。
「お姉さん、綺麗だね」
「あはは、ありがとうございます」
僕は二人の間に割って入り、
「お母さん! お待たせ」
「あっ、春樹」
「え、子持ち!?」
男は鳩が豆鉄砲を食ったようなぎょっとした顔を見せ、気まずそうに後ずさると、人混みに消えていった。
「はい、買ってきたよ」
その内の一つを母に手渡す。
「ありがとう」
浅間大社前のベストポジションに陣取り、開始を待つ。
四時の鐘が街に響き渡り、祭りが始まった。
耳に懐かしいイントロが聞こえ始め、通りを埋め尽くす人波がいっせいに踊り出す。
「懐かしいわね」
「うん」
「春樹も子供の頃、よく踊ったっけ」
過去を懐かしむように母は目を細める。
「よく振りつけを間違えて、うふふ」
「子供の頃の話だろ」
うちわを扇ぎながら見物を続けた。
2
今日は部活が休みの日。
久々の一日オフは、二度寝によって半日が潰れてしまった。溜まりに溜まった疲労と、春樹先輩にフラれたショックで、私は精神的にも肉体的にもかなり疲れを溜めていたようだ。
その後もだらだらと見るでもないテレビを眺めたり、ぼうっと壁の染みを見つめていたりと、怠惰な時間を贅沢に過ごす。
今日は父も母も夜までいない。
遊起は友達の家に遊びに行ったし、凛は部屋でお昼寝中だ。
「はぁ」
勉強なんかはやる気が出ないし、かといって今日やるべきことというのも見つからない。春樹先輩を追いかけていたこの一か月間は、毎日が新鮮で彩り溢れるものだった。人は目標がなくなると、こうも無気力になってしまうのか。
「はぁ」
ため息をつき、私は携帯を手に取った。友達と電話でもして気を紛らわそう。たしかゆとりはインターハイの応援で新潟に行ってると先日言っていた。なんでも、光先輩が個人の部で出場するのだという。
今頃は新潟で忙しくしているだろうから、美月を誘うことにしよう。
ピポパ、と美月に電話をかける。少し長めの呼び出し時間ののち、美月の声が聞こえた。
「もしもし、小春?」
「あっ、美月ちゃん?」
「なに?」
「いやぁ、ちょっと話し相手にでもなってくれないかなって」
「今日は――ちょ――と――理ね」
「へ? なに? よく聞こえない」
彼女は騒がしい場所にいるようで、声がよく聞き取れない。
「今日は宮おどりがあってそれに出ないといけないの」
「宮おどり? なにそれ」
「踊りの祭りよ。浅間さんのとこでやってるの。あんた、暇なら来る? 飛び入り参加もできるらしいわ」
「んー、いいや」
体を動かしたい気分ではないし、凛が家にいるため、彼女を一人で家に残して外出することはできない。
「そう、じゃあ、そろそろ出番だから」
「うん、忙しいとこごめんね。じゃ」
通話が切れ、孤独の静寂が再度私を襲う。
「はぁ」
ザッピングをしながらジュースを飲む。
「……」
暇。
3
子供たちの部は一時間ほどで終了し、休憩を挟んでいよいよ本番、大人たちも交えての夜の部が始まった。地元の中小企業、高校生、各町内会に自治体など、様々なグループが踊りながら進んでいく。
祭りが佳境になるにつれて、熱気も一段と勢いを増していく。
日が傾き、踊りを鑑賞しながら酒を飲み始める大人たちもちらほら。
「お母さんも飲んじゃおうかな」
「ほどほどにね」
母は屋台でビールと焼き鳥を買う。母はアルコールにあまり強くないので、本当にほどほどにしておいて欲しい。
休憩時間になり、踊りに参加していた人たちは食事を摂り始めた。各グループは台車や引き車を事前に用意し、そこに食べ物や飲み物を載せているのだ。
「あれは」
僕たちの前で休憩を取っているのは、とある町内会のグループ。その中に知っている顔を見つけた。
同じ元男子バスケットボール部だった有月だ。
驚くべきことに、彼は三人の女児と共にいた。同じ年頃の友人ではなく、まだ小学校に上がるか上がらないかという年齢の女児と共に……
茶髪のおてんばそうな子、黒髪ショートカットの日焼けした子、そして眼鏡をかけた髪の長い子。
女児たちは有月を囲むようにして地べたに座っている。
仲良くおにぎりを食べ、話をしている四人。するとショートカットの子が有月の膝の上に座り込む。有月は一瞬迷惑そうな顔を作るも、女児を下ろすことなく、そのままの体勢で食事を続ける。
「うわっ……」
たしか彼には妹はいない。ということは、あの子たちは家族でも何でもない、よその家の子……
やっぱりロリコンじゃないか。
あの噂は本当だったんだな。
女児たちと共に過ごす有月の顔は、学校で見る時よりも穏やかで、心の底から嬉しそうだった。
4
「もう、ちゃんと歩いてよ」
「うふふ、ごめんなさぁい」
案の定、お酒に飲まれた母。その肩を担いで僕は歩いていた。
もう午後の七時半だが、まだ祭りは続いている。活気と喧騒を背に、帰路につく。
母の体は酒で赤く火照り、右半身に母の胸の柔らかな感触が伝わり、意識してしまう。
「はぁ、やっと着いた」
なんとか我が家に帰りつくことができた。
家に着くなり、ぐでぇーっと今に寝転がる母。
「ほら、お母さん、しゃんとして。まだお風呂入ってないでしょ。歯も磨かないと」
母はとろんとした顔で、
「うふふ、春樹、一緒に入ろっか」
「はぁ!? やだよ」
「いいじゃない」
母は寝転んだまま僕の手を掴む。
「だ、ダメだって」
「酔っぱらったままお風呂にひろりではいっはら、おぼえちゃあかも」
ろれつが回ってないくらい酔ってるのか。それほど本数は飲んでないはずだが、祭りの雰囲気が手伝ったのかもしれない。
「ダメ!」
強い調子でそう言うと、母はしゅんとした顔でぼやく。
「けちっ……すぅ」
そしてそのまま眠ってしまった。全く、困った親だ。
もう少し寝かせて、十二時ぐらいに一度起こしてあげよう。その頃には酒もある程度抜けているだろうし、一人で入浴くらいできるはずだ。
僕は冷房をつけ、先に風呂に入った。それから寝入る母の横に座り、居間で勉強を始めた。
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