第31話  気になってたんだけど

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「気になることって?」


 私は美月に目を向ける。いつもの穏やかな顔から一転、深く何かを考えこむような、険しい表情だった。


「あっ、これは今の名前がどうこうっていう話には全く関係ないことなんだけど、前々からずっと気になってたことなの」


「なにさ」とゆとりはテーブルの上に前のめりになる。


 私とゆとりの真剣な視線を一度に受け、美月は少し表情を和らげる。


「いや、そんなに真面目な話でもないわよ? ただ単純に気になってたのを、さっきのゆとりの言葉を聞いてふと思い出したってだけで」


「うち?」


 ゆとりは自分の顔を人差し指で指し、目を丸くする。


「あんたさっき、富士市の方は全然来ないから道に迷ったとかなんとか言ってたじゃない」


「ああ、うん。だってうちは生まれついての宮っ子だから、富士市は親と一緒に車に乗ってたまに遊びに行くだけだし、地理はちんぷんかんぷんなんだよね」


 富士市。


 静岡県東部に位置する街で、娯楽施設も充実しており、富士宮と比べると都会っぽい気がする。また、製紙業が盛んな街だからか、工場周辺は独特の匂いが漂い、ぶっちゃけ空気が〇い。


「そう、ここは富士市。で、私たちが通ってる学校があるのは富士宮市」


「……で?」


 それがなんだ、と言いたげにゆとりは首をかしげる。


「小春、あんた、四月ごろに影山先輩にナンパされてるところを助けられたって言ってたでしょ?」


「うん」


 あれは高校に進学して間もない頃の話。私たち一家は三月下旬にこちらに引っ越してきたばかり。私は新しい環境――富士市の街に慣れるために家の近くを散歩していた。その道中、ナンパに会い、春樹先輩に助けてもらったのだ。


 私が影山春樹という存在を認識したきっかけだ。もしあれがなければ、同じ学校に通う先輩A、もしくはその存在を意識すらしなかったかもしれない。


「それってで助けてもらったの?」


「どこって、家の近くの細い路地。ここから歩いて二、三分くらいかな。引っ越してきたばっかで、この辺のことよく分からないからぶらぶらと。それがなに?」


「いや、影山先輩って富士宮に家があるのよね?」


「うん」


「通ってる学校も私たちと同じ富士宮の北高」


「うん」


「影山先輩と遊ぶ時、富士市の方まで来たことある?」


「いや……富士宮の方で遊んで、いつもそれで終わり。駅までは送ってくれるけど……」


「だったら、影山先輩の行動範囲に富士市はない、と考えていいわよね?」


「えっと、断言はできないけど……たぶん」


 少なくとも、私と一緒に遊んだりして過ごす時、富士市の方まで足を運ぶことは一度もなかった。


 だんだんと、美月の言わんとするところが分かりかけてきた。


「影山先輩は、あんたをナンパから助けた日、富士市の方にいたのかしら」


「……」


「……友達の家に遊びに行ったとかじゃね?」


 ここまで黙って聞いていたゆとりが口を挟む。


「そうね。そう考えるのが自然かしらね。でも、彼がいたのはこの家から徒歩で数分の場所。偶然、小春の家の近くにいて、小春がナンパされているところを偶然目撃、そしてそれを助けた」


 一句一句、強調するように区切って話す美月。


「これはまだ小春に告白される前の話だから、影山先輩にとってこの時点でのよ? なのに、隣町で見ず知らずの女の子小春をナンパから助け出すなんて、違和感がない?」


「……言われてみれば」


「たしかに変かも。でもみっちぃ、それがどういうことになるわけ?」


 ゆとりが核心に迫るように尋ねる。


「それは……」



「それは?」

「それは?」


 私たちは口をぎゅっとつぐみ、美月の次の言葉に注目する。


「分からないわ」


「ずこー」

「分からないんかーい」


 私はテーブルに突っ伏し、ゆとりが後ろにひっくり返った。その様子を見ながら美月はくすくす笑う。


「だって、これはただ私がちょっと気になったっていうだけの話で、別に今の小春がフラれた話には関係がないじゃない」


「まあ、たしかにそうだけどさ。思わせぶりに言うからなんだと思っちゃって」


「さっきゆとりが言ったように、ただこの近くに知り合いの家があったっていうだけのことかもね」


 美月はそう締めくくった。




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