第24話  誤解なんだって

 1



 ロリコン。


 それは数ある性癖の中でも、特に忌避されるべきものである。


 なぜなら、彼らの性的欲求が向く対象――すなわち子供は、身体的にも精神的にも未熟であり、彼らがその欲求を向けることは、幼い彼女たちにとって性的暴力にほかならないからだ。


 生物学的にどうとか、歴史がどうとか、自然界ではどうとか、そういった戯言はどうでもいい。


 


 その一点こそが全てだ。


 ゆえに紳士たちは己を律し、愛する少女たちのためにノータッチの誓いを立てた。子供たちを愛するがゆえのノータッチなのだ。本当に少女を愛しているのなら、少女が傷つくようなことはしてはならない、いや、はずだ。


 ノータッチを遵守し、少女の健やかな成長を見守ることこそが、大人が少女にできる最大の愛の行為なのだから。


 まあ、なにが言いたいかというと、子供に手を出す大人は殺されても文句は言えないのだ!



 2



 なんということだろうか。


 春樹先輩が、妹の凛を抱き寄せている場面を目撃してしまったのだ。それも人気のない林の中で……


 ああ、春樹先輩、ロリコンだったんだ。その事実は、私の心を納得させるのに十分な破壊力を持っていた。


 当然のことだ。


 聞いた話では、ロリコンにとって女子高生は初老のようなもので、恋愛対象として見ることは不可能に近いのだそうだ。幼い少女に欲情を抱くなんて、それもよりによって私の妹に……


 ぐつぐつと腹の底から湧き上がる感情はなんなのだろうか。


 怒り?


 悲しみ?


 いや違う。


 この気持ちはたしかに負の感情だが、私は怒っているわけでも悲しんでいるわけでもない。もちろん、そういった気持ちはあるけれど、それ以上に強く感じるこの気持ちは――


 いいなぁ、凛は。


「……!」


 嫉妬……?


 まさか、私は凛に嫉妬しているとでもいうのか?

 ロリコンの寵愛を一身に受けることのできる若さに、嫉妬しているというのか?


 ああ、私、春樹先輩がロリコンだって分かっても、春樹先輩のことが好きなんだ。


 でもね、春樹先輩、それはダメだよ?


 子供に手を出したら、それは、犯罪なんだから……



 *



「危なかったです」


 地面に転がったテニスボールを拾い上げ、凛は言った。


「ありがとうございます」


「当たらなくてよかった」


 ソフトテニスボールは柔らかいとはいえ、当たらないに越したことはない。それにしても、この前、小春と一緒にいた時もボールが飛んできたな。とんでもない下手くそがいるようだ。


「あっ、お姉ちゃん」


「え? 華山さんいた?」


 僕は小春の指さす方を向く。するとそこには小春がいた。


「よかったね」


「うん」


 僕と凛は顔を見合わせる。


 いやぁ、よかったよかった。


 女子バレーボール部の試合時間には間に合った。


「凛、早くこっちに来なさい」


 小春の声が響く。


「へ? あ、はい」


 凛はぱたぱたと小春に駆け寄っていく。


 なんだか雰囲気がおかしい気がする。よく見ると、小春の目には涙が浮かんでいた。


「え?」


 ただならぬ空気を感じ取り、僕はそこで立ち止まる。何が起こっているんだ?


 もしかして、妹が迷子になって焦っていたのかな?


「春樹先輩」


「うん?」


「ロリコンだったんですね」


「はい?」



 3



「は? いや、ちょっとなにをいきなり――」


「しらばっくれないでください。私、見たんですからね。今、凛に抱き着いてたじゃないですか」


「はぁ?」


「子供が好きだったのはたしかに、誰にも言えないはずですよね。でも大丈夫です。私はみんなには黙っておきます。だから、自首しましょう?」


「ごめん、なにを言ってるか全然分かんないんだけど」


「この期に及んでそんな言い訳が通用するはずないじゃないですか」


「だからなんの話?」


「だから、もうはっきり言いますけど、ロリコンだから私の告白を断ったんでしょう?」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……は!?」


 小春はなにを言ってるんだ?


 僕がロリコン?


 まるで意味が分からな……あっ、まさか今さっきボールから守るために凛を抱き寄せた一連の流れを、僕が性欲のままに凛を襲ったと勘違いしたのか!?


 そして、僕が告白を断ったも、ロリコンだからと納得してしまったんだ。そして、仮に僕がロリコンだとしたら、告白を断った理由を公に言えないことにも説明がついてしまう。


 なんてことだ。


 全くの誤解なのに、今までの行動がその説得力を補強してしまっている。


「違うんだって、僕はただ――」


「お姉ちゃん、ロリコンってなに?」


 凛が純真な疑問をぶつける。


「子供のことが好きで好きでたまらない人のことだよ」


 変な汗が出てきた。


 その時、


「全く、ゆっちゃんは」


「すませーんっす……あれ、なんか、修羅場ってる?」


 二人の女子テニス部員が小走りでやってきた。一人は金髪の怖そうなギャル、そして下村光だ。


「あれ? 影山くんと小春ちゃん? こんなとこで何を……あっ、それより、こっちにボール飛んでこなかった?」


 光がそう言うと、凛は持っていたボールを掲げる。


「これですか?」


「あっ、そうそう。ありがとう」


「凛、それ、拾ったの?」と小春が尋ねる。


「うん、あのね、ボールが飛んできて、当たりそうになって、あのお兄ちゃんが凛を引っ張ってくれて、それで避けれたの」


「え? どういうこと?」


 僕はここぞとばかりに口を開いた。ようやく僕の主張を言えるタイミングがやってきたのだ。


「僕は凛ちゃんに抱き着こうとしたわけじゃないんだ。ボールが凛ちゃんに当たりそうだったから、こう引っ張って、それがきっと、華山さんの方からだと抱き寄せたふうに見えちゃったんだよ」


「凛、そうなの?」


「え? うん」


「このお兄ちゃんに変なことされなかった?」


「迷子になっちゃったって言ったら、たいくかんまで連れてってくれるって」


「そ、そう」


 小春の顔がだんだん赤くなってくる。状況を理解してくれたようだ。


「ご、ごめんなさい、春樹先輩。私、なんかすごい勘違いをしてしまったみたいで」


「いいんだよ、分かってくれたなら」


 僕はほっと息をつく。


 なんとか誤解は解けたようだ。


「じゃあ、無事に合流できたみたいだし、僕はこれで」


 二人を見送り、僕は校舎の方へ向かった。


 それにしてもロリコン扱いなんて、ひどい話だ。


 有月じゃあるまいし。



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