第25話 追跡ミッション、発令
1
それからしばらくの間、女子バレー部は午前活動、夏期補講も午前のみと、私と春樹先輩のスケジュールはぴったりあったため、午後は二人でお昼ご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりして楽しく過ごした。
しかし、毎度のことながら二人の関係はいまいち前進しない。今のままでも十分幸せなのだけど、やはりもう一歩、踏み込んだ関係、つまり恋人同士になりたいのだが……
七月もそろそろ終わろうかという、ある暑い日の部活帰り。正午の鐘が響き渡り、女子バレー部は活動を終了する。
いつもならこのあとシャワーを浴びて、昇降口で補講帰りの春樹先輩を待つのだが、私は一人で帰ることにした。
「うふふふふ」
これはいわゆる、押してダメなら引いてみろ、という恋愛の定石である。
恋愛において、はるか昔から使い古された手だが、私はいつも春樹先輩に迫ってばかりだったので、意外に効果があるのではないかと思う。自分にひっついてきた可愛い後輩が突然距離を置いたら、きっと寂しくなって向こうから私を求めてくるかもしれない。
まあ、正確には一人で先に帰る、というより、春樹先輩の後をつけて寂しがっている様子を観察するというのが正しいかな。
なんだかストーカーっぽいのが気になるけど、相手の反応を確かめないと作戦が成功したかどうか分からないからね。
私はシャワーを浴び、素早く着替えを済ませ、昇降口が覗けるところに隠れた。
「来た!」
春樹先輩が昇降口から出てきた。汗で張り付いた前髪がセクシーだなぁ……
辺りを見回し、不思議そうに首をかしげる。いつもならここで私が登場するのだが、今日はそれがないからだろう。
それから春樹先輩は帰ることなく、壁に寄りかかり、スマホをいじり始めた。
「じゃあな、影山」
「うん、ばいばい」
他の三年生たちが次々と帰っていくが、春樹先輩はそこを動かない。
あれ? もしかしてこれって……!
私の中で勝ち誇る気持ちが湧いてきた。
この数日、別に私たちは約束をして待ち合わせていたわけではない。私が一方的に昇降口で待っていただけなのだ。だから、今日私が来なくてもそれは別におかしなことではないのだ。
それなのに、じっとそこで待ち続けているということは……
しびれを切らしたのか、春樹先輩は第二体育館の方へ向かい、中を覗いた。無論、そこには誰もいない。女子バレー部のみんなはもうとっくに帰路についている。
「おやおや……?」
春樹先輩はしょんぼりした顔を見せ、私は確信した。これって、間違いなく私が来ないことにショックを受けてる感じだよね。
春樹先輩め、そんなおもちゃを取り上げられた幼児みたいな可愛い顔もできるなんて。本当は今すぐ春樹先輩のところに行って安心させてあげたいけど、それだといつもと同じだもんね。
すると今度は携帯を取り出し、春樹先輩はどこかに電話をかけ始めた。それとほぼ同時に私の携帯電話がぶるぶる震えだす。
ああ、出たい。
この求められてる感がたまらない。
春樹先輩が私を求めている……!
でも駄目。今日は心を鬼にして距離をおくんだ。
やがて、春樹先輩は諦めたように耳から携帯を離した。
「……ああ、ごめんなさい」
それにしても春樹先輩、がっかりしすぎでしょ。
寂しそうに一人で家に帰る春樹先輩の少し後ろを歩きながら、私はその様子を観察する。足取りが重いというか、ふらふらしてるというか、とにかくいつもとは明らかに違う。
「やっぱり意識してるんじゃん」
春樹先輩が落ち込めば落ち込むほど、私の自尊心が回復していく。
ちなみにこの作戦のおかげで春樹先輩の住んでいる家の場所も知ることができたので一石二鳥だ。
2
翌日。
「春樹、早く行かないと遅刻しちゃうわよ」
「うん」
今日は少し寝過ごしてしまった。あんまり眠れなかったからかな。家での勉強も集中できなかったし。
「はぁ」
僕は重い息をついた。
考えるのは小春のことだ。昨日はどうしたんだろう。
最近、僕も小春も午前中の活動だったため、午後は毎日遊ぶことができた。いつもなら昇降口の脇で僕のことを待っていてくれる――正確には待ち構えている――のに、どうしたことか昨日は先に帰ってしまったらしい。
電話にも出ないし、メールを送っても返事がなかった。
きっと用事があったのだろうけど、なんだか調子が狂うなぁ。
それにしても、小春に一日会えないだけでここまでへこむなんて、僕もまだまだだな。覚悟は決めたはずなのに……
「行ってきまーす」
いつもより少し遅い時間に家を出た矢先、僕は衝撃の光景を目にした。
「こ、あっ……華山さん?」
そこには、こちらに小走りでやってくる小春の姿が。
な、なぜ小春がこんなところに?
というか、まずいぞ。こんなところを母に見られたら……
変な汗が脇の下を伝う。夏の日射しは皮膚を焼くように暑いのに、ぞわぞわと寒気がしてたまらない。
「春樹先輩―」
「華山さん、なんでこんなところに?」
「私、昨日の帰りは春樹先輩に会えなくって、だから会いたくなって……それで家の場所を知ってるので、来ちゃいました」
小春は息を荒げながらまくしたてると、そのまま僕に抱き着いてきた。
甘い香りと柔らかな感触が僕を襲う。先ほどまで感じていた寒気はあっという間に消し飛び、気恥ずかしさが熱となって僕の体を駆け巡る。
「ど、どういうこと? 言ってる意味が分からないんだけど」
「実はですね――」
要領を得ない説明だが、要は昨日は一緒に帰れなくて寂しかったから朝一で僕の家まで来たということか。可愛い奴だ……じゃない!
「っていうか、な、なんで僕の家知ってるの?」
重要なのはそこだ。小春は富士市に住まいがあり、いつも彼女とは駅で別れているため、僕の家は知らないはず。そもそも教えるつもりもなかったし。
「昨日、こっそり後をつけちゃいました」
「はぁ? え? なに? 昨日は先に帰ったんじゃないの?」
「押してダメなら引いてみろってやつです」
「いや、意味分かんない。っていうか、早く行くよ」
「なんでですか?」
「いいから。もう時間がないんだよ。今何時だと思う?」
「分かりませんけど」
「もう七時四十分だから」
「ええ!?」
「華山さんも部活あるんでしょ。ほら、早く行こう。遅刻しちゃうよ」
僕は小春の手を引き、その場からすぐに離れる。
全く、朝から心臓に悪いぞ。
それにしても、小春ってけっこうヤバいところがあったんだな。行動力というか、思い立ったことをそのまま決行する決断力が、普通の人よりも振り切れてる気がする。
やってることはほぼストーカー、いや、紛れなくストーカーじゃないか。
そうして学校に向かいながら昨日の小春の作戦と目的を聞き出し、さらに頭が痛くなった僕だった。
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