第26話  よくない展開

 1



「いい? 僕の家は駅からだと学校と正反対の方向だから、いちいち寄ってたら遅刻しちゃうからね?」


「はーい」


 小春は右手を挙げて返事をする。


「それと、人の後をつけるようなことは、しちゃだめ」


「はーい」


「分かってる?」


「はーい」


「全くもう」


 その日の午後、部活を終えた小春と共に、僕はいつもの中庭で一緒に昼食を摂っていた。


 それにしても今朝は本当にびっくりした。


 まさか小春に僕の住んでいる場所を知られてしまうとは。


 学校の中でならまだいいが、家にまで押しかけられたらと思うと、背筋に冷たいものが走る。やはりあいまいな態度を取っていたのがいけなかったのだろうか。


 小春には僕と付き合うことは諦めてほしいのだけれど、その小春との関係をきっぱり断てない僕にも原因がある。


 これはよくない展開だ。


 この状況がずるずる続いていくのはもちろん、なによりまずいのは小春に僕の住所を知られてしまったということだ。


 今日のように突然僕の家に押しかけてくることも、小春の行動力なら十分あり得る話……


 もしそんなことになって、母と鉢合わせでもしたら、これまでの全ての努力が無駄になる。


 やはり、あのことを伝えるべきか。


 最悪の事態になるよりかは、その方がよっぽど……


「――春樹先輩」


 小春に肩を揺すられ、僕はハっと我に返る。


「わっ、ご、ごめん。なに?」


「もう、今週の日曜日空いてますかって話です」


「ごめんごめん、えーと午後からなら空いてるかな」


「じゃあ、そ、その……」


 小春はもじもじと手を遊ばせ、いつもの快活な声から一転、おどおどとした籠り声になる。何か言いにくいことなのだろうか。


「なに? どこかに行きたいの?」


「えと、その、よければなんですけど、一緒に、プ、プールに行きませんか?」


 なにを言い出すかと思えばプールか。


「プールかぁ、いいね」


 プールといえばスイカ、夏祭り、花火大会に並ぶ夏の風物詩の一つだ。そういえば今年は受験勉強の忙しさもあって、まだ学校の授業以外でプールに入っていないな。

 

「いいよ、行こう」


「本当ですか? やったぁ」


 小春は歓喜の表情で万歳をする。


「どこのプールに行く? 市民プールか、マリンプールか」


 この近辺のプールといえば、富士宮市内の市民プールか富士市のマリンプールだ。小春の家からではマリンプールの方が近いだろうが、あいにく僕はそこに行ったことがない。


「私、この辺りのことはよく知らないんで、春樹先輩にお任せします」


「そう、じゃ、市民プールでもいい? マリンプールって行ったことないんだよね」


「私はどっちも行ったことないので大丈夫です」


 なにも大丈夫じゃないと思うが。


 喜ぶ小春を尻目に、僕はこの展開について考えていた。


 伝えるなら早い方がいい。


 取り返しのつかない事態になる前に、このよくない展開の流れを断ち切らなくては。



 2



 その日の帰り道、私は電車に揺られながら、ピンク色の妄想に脳内を埋め尽くされていた。

 

 春樹先輩とプール……


 春樹先輩の半裸姿を拝むことができるなんて、想像するだけでテンションが爆上げになるよ。


「ふひひ」


 思わずよだれが出そうになっちゃった。口元を拭い、私はすました姿勢で席にもたれる。


 最寄り駅に到着しホームに降りると、私は携帯を取り出して美月に電話をかけた。


「もしもし、美月ちゃん? メール見てくれた?」


「あっ、見たわよ」


「で、どう?」


「行けると思うわ」


 電車を待っている間に、美月とゆとりの両方に明日買い物に付き合ってほしいという旨のメールを送っておいたのだ。もちろん、お目当ての品は水着だ。ちなみにゆとりはすぐにオーケーの電話をくれた。


「それにしても、プールなんて思い切ったわね」


「えへへ」


「よくオーケーしてくれたわね、先輩。男女のペアでプールなんて、カップル以外の組み合わせが考えられないもの」


「だよねだよね、これはもうほぼカップルと言ってもいいよね」


 勇気を出して誘ってよかったよ。春樹先輩的には私と二人きりでプールに行くのはセーフなんだね。


「じゃ、明日のことは分かったから、また後で連絡するわ」


「うん。ばいばい」


 私は通話を切り、スキップをしながら階段を駆け上がった。



 *



 翌日、美月とゆとりの二人と富士宮駅で合流した。


 美月は白いノースリーブのブラウスに薄水色のスカートといった清楚感のある涼しげな服装。ゆとりの方は右肩がさらけだされた黒いシャツに七分丈のジーンズを合わせたカジュアルな装いだ。


「いやぁ、今日も暑いねぇ」


「とりあえずイ〇ンに行きましょうか」


 美月が言う。


「水着買うんだっけ」


 歩きながらゆとりが尋ねてきた。


「そうそう。春樹先輩とプールに行くから、二人には私にぴったりかつ、春樹先輩を悩殺できる水着選びを頼むよ」


「うちも今年の水着まだ買ってないから一緒に選ぼうかな。みっちぃは?」


「私はもう買ったわ」


 イ〇ンに到着し、私たちは水着売り場へ向かった。


 華やかに陳列された女性水着売り場。カラフルな色遣いのものや、しっとりした大人なものから布面積の少ないちょっとえっちなやつまで、様々なタイプの水着が並んでいる。


「これなんかいいんじゃね?」

 

 ゆとりがさっそく水着を手に取る。シンプルな黒いビキニだ。


「うーん、ちょっと地味じゃない?」


「まあまあ、着てみなって」


 ゆとりは私の背中を押し、試着室へ向かわせる。


「あっ、試着する時はパンツは穿いたままよ」


「分かってるよそんなこと」


 全く、美月はすぐ私を子ども扱いするんだから。


「よいしょ、どうかな」


 試着を終え、カーテンを開ける。


「相変わらずでっかいねぇ」


「うん、ちょっと胸がきついかな」


 内側の姿見で全体像を確認する。白い肌に黒い水着。とりあえずは悪くないと思う。


「どうですかな、みっちぃ。シンプルでいいと思うけど」


「有りだとは思うけど、影山先輩は女に免疫がない童貞だから、黒ビキニはちょっとセクシーすぎかしらね。ちょっとお尻も食い込みすぎだし」


「えっ? あっ、ほんとだ」


 私は上半身だけ振り向いて姿見で確認する。食い込むっていうか、お尻のお肉が半分ぐらい出ちゃってるじゃん。


「サイズは合ってると思うけど」


「こ、こんなのでプールに行けないよ」


 激しく動いたらますます食い込んでお尻がこぼれそうだ。


「てか、はるっちってケツデカいよね」


「う、うるさいな。バレー部だからしょうがないでしょ」


「関係あんのかーい」


「それじゃあ、次はこれ」


 次に渡されたのは白いオフショルダーのビキニだ。谷間が隠れる代わりに両肩が出ている。


「うーん」


「お気に召さないのかね?」とゆとり。


「いやぁ、これだと谷間が隠れちゃうから、春樹先輩を悩殺できないじゃん」


「そこかい」


「じゃあ次はこれね」


 今度はぴっちりしたワンピース水着だ。淡い桃色の薄い生地がぴったり肌に張り付き、女性の凹凸のあるボディラインが強調される。それなのに胸元には細いスリットが縦に入っていて、谷間がちょうど覗けるようになっていた。


「ちょ、これはダメでしょ」


「なんでよ」


 美月は冷静な声で聞き返す。


「だ、だって、これなんか一番エロいって言うか」


「先輩を悩殺したいって言ったじゃない。ちゃんとお尻も隠れてるし、谷間も強調出来てる」


「そうだけどさぁ」


 肌を覆う生地が一番多いのに、なぜかしら一番えっちな感じになってる気がする。


 これってもっと成熟した色っぽいお姉さんが着るやつじゃないの?


「ド直球にエロさを求めてるわけじゃないんだって。私のフレッシュな魅力を出しつつ、爽やかなエロスをダイレクトに春樹先輩に伝えられるようなのにしてよ!」


「注文が多すぎる」


「たしかに小春は基本が可愛いんだから小細工しない方がいいわね」


 そうして小一時間ほど水着選びを手伝ってもらい、ようやく「これだ」という一着を手に入れた。



 

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