第14話  夏休み、突入

 1


 

 館内に響き渡る渋いバリトン。


 密集した生徒たちを前に、初老の男が壇上に佇んでいる。


「えー、そういうわけで、この北高の校訓、『覇気、信念、明朗』を胸にしっかりと刻み、北高生として恥ずかしくない夏休みを送って――」


 開け放された各所の扉から、夏の活気あふれる風が館内に吹き込んでくる。それに乗って蝉の声も聞こえてきた。うんざりするほど耳にした蝉の鳴き声も、年に一度の大イベントを目前に控えた学生たちにとっては祝福の歓声のように聞こえているのかもしれない。


 体育館で行われている終業式。長い校長のスピーチを聞き流しながら、生徒たちは各々どのような夏を過ごすか、空想する。


 部活に青春を捧げる者、勉学に励む者、ひたすら夏を遊び尽くす者、そして、恋の道を歩む者。


「ふぁ、こーちょーの話は相変わらず長いなぁ」


 ゆとりが欠伸をする。さっきから立ちっぱなしで先生たちの話を聞いていたため、飽きてしまったのだろう。淡い金髪に手櫛を入れながら、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。


「ゆとりん、今日ってこのあと部活?」


 私は小声で尋ねる。


「うん、そだよ」


「じゃあ、頼んだよ」


「分かってるって。その代わり、うちのお願いも聞いてね」


「分かった!」


「――以上で、私の話を終わります」


 ようやく校長先生の話が終わった。


 一同の顔に抑えきれぬ高揚が浮かぶ。


「えー、それでは最後に校歌斉唱。吹奏楽部のメンバーは――」


 終業式が終わり、いよいよ夏休みがやってきたのだ。



 2



「あふぅ」


 あー、肩が凝った。長ったらしい話はともかく、同じ場所でじっとしてるってのはうちの性に会わない。一学期最後のホームルームも終わり、みんな帰り支度を始めている。


「ゆとり、このあとカラオケ行く?」


 友達集団がやってきた。みんな派手派手なギャルだ。


「わり、うち、今日は午後から部活」


「そっか。じゃあ夜は?」


「いいよ」


「おっけ、じゃあまたあとでねー」


「おーう」


 うちも身支度を整え、女子ソフトテニス部の部室に向かう。


 さんさんと照り付ける太陽がまぶしい。


「おつかれっすー」


「あっ、ゆっちゃんお疲れ様」


 中に入ると、光先輩が着替えていた。小麦色に焼けた、スレンダーで綺麗な体。程よくついた筋肉と引き締まった足腰のラインが美しく、思わず見惚れてしまいそうだ。


「いよいよ夏休みだね」


「そっすねー。光先輩はインターハイっすねぇ」


「うん」


 うちの女子ソフトテニス部はなんでも全国常連の強豪らしく、今年のインターハイの個人戦に光先輩は出場するのだ。


 下村光。


 学校のマドンナ的存在で、男女問わず人気がある。誰とでも仲良く打ち解け、自分に厳しく他人に優しい。だから、その人気というのは当然、恋の気持ちを抱く人間も混じっているわけで……

 

「そういや、光先輩ってぇ」


 うちは制服を脱ぎながら、何気ないふうを装い尋ねる。


「なに?」


「彼氏いるんすか?」


「えー、なに突然」


「いや、ちょっと気になっちゃって」


 はるっちに頼まれたことというのはつまり、光先輩の恋愛事情、そして影山先輩との関係を探ってほしいということだった。


「光先輩ってめっちゃモテるじゃないすか」


 もし光先輩が影山先輩に気があるというのなら、はるっちの恋路の大きな障壁になることは間違いない。そしてそれを確認するには、同じ部活のうちが適任なのだ。


 だけど、この学校のマドンナがあんな影の薄い先輩に気があるとは思えないかな。


「いないよー。部活が忙しくてそんなの作る暇なかったし」


「でもモテモテっしょ」


「まあ……」


 うちは日焼け止めクリームを取り出し肌に塗る。テニスはずっとお日様の下にいるスポーツだから、こういうケアはしっかりしておかないとね。うちは黒ギャル派じゃないし。


「でも好きな男くらいはいるんじゃないっすか?」


「いないよー」


「本当に?」


「ホントだって。今はテニスが恋人みたいなものだから」


「ほぉ」


 言いおる。


「あっ、ゆっちゃんはいないの?」


 話を逸らしたいのか、うちの方にふってきた。


「うちはそもそもそういうのに興味ないんで」


「えっ! 意外」


「ギャルが恋愛脳ばっかだと思ったら大間違いっすよ」


「はぇ~」


 話を本題に戻すためにはるっちの話題を挙げる。


「そういや、最近、うちのクラスの華山小春って子が先輩に告白したんすけど、見事に玉砕したんすよねぇ。で、フラれたのにまだアタックしかけてて」


「ああ、知ってるよ。相手の影山くんって私と同じクラスなんだ」


 よしよし、乗ってきた。


「へぇ。影山先輩ってどういう人なんすか?」


「んー、そうだなぁ」


 うちはじっと光先輩を見据える。おそらくこの返答で影山先輩をどう思っているか、そのだいたいの方向性が見えてくるはず。


 ただの友達なのか、それとも恋の気持ちなのか……


 ま、光先輩が影山先輩に恋をしてるかもなんて、はるっちの考えすぎだと思うけどね。たしかに顔は悪くないけど、光先輩とは釣り合わないっしょ。


「影山くんは――」


「先輩は?」


 光先輩はうちの瞳を見つめながら、


「偉い人、かな」


 そう言った。


「……」


 どゆこと?






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