第15話  引退と誤解

 1



「先輩方に、礼」


 後輩たちがいっせいに頭を下げた。


「ありがとうございましたっ!」


 今日は僕たちの所属するバスケットボール部の引退式だ。地区予選で一回戦負けを喫し、二年生への引継ぎや部室の清掃などの諸々の雑事も終わったため、僕たち三年生は今日を持って引退となった。


 一、二年生合同のチームと三年チームによる試合をし、顧問の先生からのお祝いの品を貰った。


「じゃ、打ち上げは七時から、みんなの希望通り〈億昌園おくしょうえん〉で。いったん解散」


 〈億昌園〉とはこの地方で展開されている焼肉チェーンである。


 さて、夜まで適当に時間を潰すとするか。


 一度家に帰ろうと思ったら、小春に呼び止められた。


「先輩、引退おめでとうございます」


「ああ、ありがとう」


「これどうぞ」


「……なにこれ」


 小春から謎の包みを手渡された。


「引退祝いのプレゼントです」


「ありがとう。見ていい?」


「もちろんです」


 中を開けるとそこにはお守りが入っていた。『合格御守』と書かれた赤いお守りだ。


「浅間大社で買ってきたんです。先輩、進学希望なんですよね」


「嬉しいよ、ありがとう」


「春樹先輩、今日の夜は空いてますか?」


「ごめん、今日はバスケ部の打ち上げがあるんだ」


「あっ、そうですよね」


「華山さんはこれから部活?」


「はい。午後いっぱいです」


「頑張ってね」


「は、はい!」


 館内を震わせるほどの大声で返事をし、小春は小走りで第二体育館へ向かっていった。


「――ったく、じゃあ影山、遊ぼうぜ」


 入れ替わるように、今度は遠藤がこちらに駆け寄ってきた。


「あの野郎、野暮用があるとか抜かしやがって、影山はどうだ? 打ち上げまで遊んでようぜ」


「ごめん、僕も午後は補習があるんだ」


「あんだよ~」


「悪いね」


「そっか、お前進学希望にしたんだってな」


「そうなんだ」


 結局、進路を進学に切り替えることにした。経済的に母を支えられるように就職を希望していたのだが、母にとってまだまだ僕は子供のようだ。


「ほーん、じゃあ頑張れよ。またあとでな」


「うん」


 着替えを終え、僕は夏期補講が行われる教室へ急いだ。



 2



 じゅうじゅうと食欲をそそる音、立ち昇る煙と香り、やはり焼き肉は最高だ。

 

「よーしそれじゃあ、乾杯!」


 顧問の先生が号令をかけ、みんなはソフトドリンクで乾杯をする。


 ウーロン茶を飲みながら焼肉を堪能する。


「吐け! 誰だ?」


 なんだ? 奥の方の席が騒がしい。


「もしかして同じクラスの下村さんか?」


「違うから、マジでそういうんじゃないから――」


 どうやら部員仲間の一人が女の子とプールに行ったらしい。遠藤を中心とした彼女いない軍団が取り囲んでいる。


「誤解なんだって、あいつらはそんなんじゃなくて――」


「あいつら? ハ、ハーレム……だと」


「ちげぇわ!」


 やれやれ、みんな本当に他人の色恋沙汰が好きなんだな。


 女の子とプールか。羨ましい。


 僕もいつか行ってみたいな。


 いやいや、今年の夏は受験に向けて勉強を頑張らなくちゃ。応援してくれている母のためにも……


「おまっ……そういう趣味があったのか」

「うわ、きも」

「ロリコンだったのか……」


「ちげぇって言ってんだろ!」


 それにしても彼らはいったい何の話をしてるのだろう……?


 まあいい。


 肉を取ろうとすると、さっと横から箸が伸び、僕が育てた上カルビを強奪した。


「あっ」


 見ると、男子バスケ部のマネージャーで同じ三年生の中島なかじま六狐ろこだった。長い黒髪に、ひとくせもふたくせもありそうな狐顔の美少女である。


「いただき」


「ちょっと、中島さん、それ僕の!」


「焼肉ってのは食うか食われるかの戦争だから。それに、まだあのもしてもらってないしね」


「あっ、忘れてた」


「ま、このカルビで手を打つよ」


「いや、あの時は本当にありがとう」


「状況はどうなの? ま、知ってるけどね」


「うん、そう、知っての通り……」


「でもなんで頼んだわけ?」


 六狐は鋭い眼光を僕に向ける。


「えと、それは」


 僕が六狐に頼んだことは、変なことといえばたしかに変なことだ。というか、百人に聞けば百人が絶対変なことだと答えるだろう。


「ま、言いたくないことは聞かないけど」


 六狐はそう言ってコーラを飲む。


「ありがと……それより、あっちはなんで騒いでるわけ?」


「ああ、なんか女子小学生とプールデートしたとかなんとか」


「ええ……」


 彼はロリコンだったのか。


 人は見かけによらないな。


 僕は再びカルビを育て始めるも、気づけば六狐に食われていた。


 


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