第13話  練り直し

 1



「むむむ」


「あんた、ここ最近毎日頭を抱えてるわね」


 ホームルーム前の待機時間、美月がいつものように前の席を陣取る。その席の主である男子は、遠くの方の友達のところでだべりながらちらちらと美月を見ていた。


「首尾はどうかしら?」


「色々試してみてたけど、どうもいまいちなんだよねぇ」


 優等生眼鏡っ娘、ギャル、巨乳攻め、と色々手を変えて攻めているが、難攻不落の春樹城は未だ陥落の兆しを見せない。三歩進んで三歩下がるといった具合、つまり現状維持である。


 どうもとっかかりが掴めないのだ。


「おっはー、はるっち、みっちぃ」


 眠たそうな声が聞こえてきた。


「あっ、ゆとりん。おはよう……なんか元気ないね」

「おはよう」


 脱力系ギャルは低血圧なのか、どことなく無気力っぽい。まあ、ゆとりのテンションが低めなのはいつものことだが。


「いやぁ、朝練がきつくってさぁ」


「テニス部だったかしら?」


 美月が尋ねる。


「そうそう。うち、初心者だからめっちゃ練習しないといけないんだ。それはそうと、パイセンは落とせそうかいな?」


「むむむ」


「新しい作戦を考え中みたい」と美月。


「進展なしってことか」

 

「うるさーい。っていうか、昨日は本当にいいところまでイケたの。本当に、あと一歩だったのに」


 思い返せば思い返すほど、悔しさで胸が爆発しそうになる。


「そうなの?」


 ゆとりは目を丸くする。


「あと一歩って?」と美月。


「あそこで胸を触らせられてたら……」


「どういう状況なのよ……」


 美月の表情に困惑の色が浮かぶ。


 一発目の誘惑を春樹先輩は鋼の忍耐力で乗り切ったけれど、あのタイミングでテニス部の誰かがこちらにボールを打ち込まなければ、まだあそこから立て直しがきいたかもしれないのだ。


 おのれテニス部の某……


「それにしてもテニスって難しいよねー。ラケットの角度がちゃんとなってないと変な方にいっちゃうんだもん。昨日、光先輩とやってたら緊張して変な方向にイキまくっちゃった。あはは」


「……お前かーっ!」



 2



 二時限目の休み時間。


「やっぱさー、パイセンには好きな人がいるんじゃね?」


 ゆとりが考えないようにしていたことをはっきり言う。


「はるっちがこんだけアタックしてんのに落とせないってのは、やっぱほかに女がいるとしか考えられんくねー?」


「ま、そう考えるのが妥当ね」


 美月も同調する。


「うぅ……」


 やっぱりそうなのだろうか。


 春樹先輩、好きな女の子が別にいるの……?


 顎に手を当てて、美月は言う。


「それか、隠れて付き合ってる娘がいるとか」


「別に隠れる必要なくね?」


「周りに囃し立てられるのを嫌うタイプのカップルって結構多いのよ」


「そうなの? うちだったらみんなに報告して回るけどなー」


 ちなみにゆとりがに彼氏ができたという噂が立ったことはただの一度もない。


「たーだ、もしパイセンに彼女もしくは片思い中の娘がいたとしてー、それでフシギなのは、はるっちのお誘いにはほぼ毎回応じてるってことだよねー」


「そこなのよ」


 美月は眉間にしわを寄せる。


 そう、春樹先輩は私のことを振っておきながら、私を遠ざけるようなことはしなかった。お昼ご飯を一緒に食べようと言えば一緒に食べてくれるし、一緒に帰ろうと言えば、ちゃんと駅まで送ってくれるのだ。 


「あのパイセン、股かけるようなチャラついた感じじゃないし、そこまでモテるようには見えないし……」


「彼女がいるのに、それを差し置いてほかの女の子と仲良くするなんて考えられないわよね」


「……」

「……」


 二人は押し黙る。


「……」

「……」


「……」

「……」


「……セフレとか?」

「……っ!」


 ゆとりが顔を真っ赤にして、


「ちょっと、みっちぃ、なに言ってんの」


「いや、付き合う気がないのに仲良くするなんて、これはもう小春をセフレにしようとしてるとしか思えないでしょ」


 美月は真剣な面持ちで言った。


「えぇ、激やばのサイテー男じゃん」


「と、いうのは冗談として」


「冗談かーい」


「小春、これは何かしらの理由があると考えた方がいいわね」


「理由……」


「いや、理由って漠然としたものじゃないわね。そうね、障害と言ってもいいかもしれない。これまでの話を聞いてると、影山先輩は少なからずの好意をあんたに持ってるはず。でないと、振った女と仲良くするはずがないもの。でも、なんらかの障害があって、先輩はあんたの気持ちに応えることができない」


「うおお、めっちゃ長文。さすが百人斬りのみっちぃ」


 ゆとりが感心したように言う。


「百人もヤってないって。断言できるのは、影山先輩と小春の間にある障害を取り除かないとあんたの恋は成就しないってこと」


「なんなのかな……」


「そこまでは分からないけど」


「あっ」


 その時、私はあることを思い出した。


 昨日のことだ。


 帰り道。テニスボールが飛んできて、それを追いかけて光先輩がやって来た。あの時、春樹先輩は光先輩に対してどこか浮足立ったような感じだった。


 あの時、春樹先輩の光先輩に対する気持ちは恋心ではないと高をくくっていた。が、私はエスパーじゃない。人の気持ちなんて、その人本人にしか分からないのだ。


 本当はそういう想いを抱いていたのかも……


「ねぇ、ゆとりん」


「ん?」


「ちょっとお願いがあるんだけど」


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