第11話 大は小を兼ねる?
1
「むむむ」
今日はこってり絞られちゃった。
ちょっとお遊びでギャルの格好しただけなのに。
なんだかいつもより部活の練習も厳しかった気がするよ。こんな時は春樹先輩の甘い顔を見て癒されるに限る。
「春樹先輩~、かーえりーましょ」
第一体育館に寄り、春樹先輩を待つ。
「あ、華山さん」
やがてノースリーブの練習着姿の春樹先輩がやってきた。細くて白い二の腕ごちそうさまです。
「終わりました?」
「うん、着替えるから待ってて」
「はーい」
数分後、部室から春樹先輩が出てきた。
「華山さん、なんか疲れてる?」
「へとへとですよー」
「お疲れ様だね」
二人で並木道を歩き、西側の正門を目指す。
「いよいよ明後日から夏休みですねー」
「そうだね」
「春樹先輩はいつ引退なんですか?」
「もう少しだよ」
「じゃあ、夏もいっぱい遊びましょうね。海行きましょう、海」
「華山さんは部活忙しいんじゃないの?」
テニスコートの前まで歩くと、ボールが飛んできて、私たちの足元に転がった。軟式のテニスボールだ。春樹先輩はそれをひょいと拾い上げる。
「ごめーん、当たらなかったー? あっ、影山くん」
「はい、
ボールを取りに現れたのはよく日に焼けた美少女、下村
春樹先輩はボールを渡しながら、
「ホームランだね」
「ちょっと力みすぎちゃって」
「あはは」
あれ? なんか、春樹先輩、嬉しそう。
「影山くんは今帰り?」
「うん」
「おっ、小春ちゃんも一緒だね」
「……どうも」
「じゃあ、二人の邪魔しちゃいけないし、私は退散するね」
「いや、そういうんじゃないから」
春樹先輩は必死な調子で言った。
光先輩がいなくなると、春樹先輩は大きく息をついた。
「全く」
「……春樹先輩って光先輩に気があったりするんですか?」
「な、なにをいきなり」
「だってなんかにまにましてたから」
「いや、そんなんじゃないって。同じクラスのただの友達だよ」
「ふーん」
「にまにまって、そんな顔してたかな……」
まあ、たしかにさっき光先輩と話していた春樹先輩の表情は笑顔だったけれど、恋慕している相手に向けるような感じではなかったな。
その時、ある疑念が私の脳内に沸き上がった。
いや待てよ。
恋心でなくとも、光先輩の持つ属性に惹かれていたのかもしれない。そのことと今まで私と付き合おうとしない理由を結び付けて考えると、ある一つの答えが浮かび上がる。
それはまさしく春樹先輩の嗜好に由来するもので、私になびかないもっとも説得力のある答えになりうる。
つまり……
春樹先輩、まさか、まさか。
貧乳派だったりするのか……!?
*
大は小を兼ねる。
大きなものは小さいものの役割も果たすことができる。しかし小さなものは大きなものの代わりにはならないというこの世の真理をついたことわざである。
大きいものと小さいものならば、大きいものの方が幅広く使い道があるのは至極当然のことだ。
例えば、なにか物を入れる際、大きい入れ物の方がよりたくさん物が入る。普通免許ならMT・ATにこだわらずに車を運転できる。
がしかし、それはあくまで遂行すべき役割が同一であるならば、という前提の下に成り立っている。
巨は貧を兼ねず。
嗜好は人の数だけ存在する。
大きなおっぱいが好きな男もいれば、小さなおっぱいが好きな男もいる。
そして、大きなおっぱいは小さなおっぱいの代わりにはならない。
全てのおっぱいは対等なのだから。
巨乳好きの男子に貧乳をあてがってもいまいちな反応をされるだけ。逆もまた然り。貧乳好きの男子に巨乳をぶつけてみても、心の○○〇は全く反応しないのだ!
2
「うーむ」
仮に春樹先輩が貧乳好きの物好きだったら、私の告白を断った理由にも説明がつくのではなかろうか。
私の胸は自分で言うのもあれだがかなり大きい。具体的に数字を出すなら88センチのFカップだ。
私の可愛さに見合うこのパーフェクトなプロポーション。
男を落とす上で大きな武器となるはずのこの胸が、逆に障害になってしまっている可能性もあるということか。
いやでも、この前ちらっと谷間を見せたら過剰な反応を見せてたし、巨乳が嫌いなわけではなさそうだけど……
一応確認しておくか。
「春樹先輩ってー」
「ん?」
「胸は大きい方が好きなんですか?」
「ぶふぉっ」
春樹先輩はコーラを吹き出し、むせ出した。
「げほげほ、なにを突然――」
「いやぁ、ちょっと気になっちゃって」
トマトかってくらいに顔を赤くし、春樹先輩は引きつった顔を見せる。
「そ、そんなこと言うわけないだろ」
「じゃあ質問を変えますよ。大きい方と小さいほうだったらどっちが好きです?」
「結局同じ質問じゃないか!」
「正直に答えてくれたら、触ってもいいですよ」
「は?」
春樹先輩の顔が固まる。
「ちょっと来てください」
「ちょ、ちょっと」
私たちはテニスコート横の茂みに入る。ここなら誰も来ないだろうし、並木道からも木で死角になる。
そして私はジャージのジッパーを胸のアンダーの辺りまでゆっくりと、見せつけるように下げる。その下降運動を春樹先輩が目で追っていたことを私は見逃さなかった。
あの食い入るような目、荒い呼吸、やっぱり巨乳好きなのか?
「さあ、どっちが好きなんですか?」
「そ、それは……」
「心に正直になって答えてくださいね」
沈黙が流れる。
周囲では部活中、もしくは部活帰りの生徒たちの声で満ちているのに、私たち二人の間に流れる空気はひどく静かだった。
春樹先輩は私の胸を凝視し、少しも視線を外そうとしない。
「さあ」
長い沈黙の末、春樹先輩は押し殺すような声で、
「そ、そりゃ、大きい方が好きだけど……」
私は心の中でガッツポーズをする。
っしゃああああああ。
これはもう勝ち確ではないだろうか。
喉元に食らいついたぞ。
「で? どうします」
もう離さない。
「どうするって?」
「正直に答えてくれたら触ってもいいって私、言いましたよね」
多少強引ではあるが、ここで一気に決めてやる。こんなチャンスが巡ってくるとは。
「そ、それは……」
この状況で欲望に耐えられる男なんていないはず。
現に春樹先輩の視線は私の胸から離れない。そして春樹先輩の両手が動く。
勝った。
胸を揉んだという既成事実さえ作ってしまえば、あとはどうとでもなるだろう。ゆっくりと中空を上がる手。
そして――
「さあ」
私は雰囲気を出すため、目を閉じる。ややあって、パンっと何かをはたくような音が鳴った。
「へ?」
見ると、春樹先輩の頬に両方の手のひらがくっついている。まさか、自分で自分の顔を叩いたの?
「いったぁ」
剥がれた手のひらと頬は真っ赤に染まり、両目も少し涙が滲んでいて、相当強い力で叩きつけたと分かる。
痛みで強引に欲を抑えるなんて、理性がどうとかいう問題じゃない。
頑なすぎない?
「ちょ、痛くないんですか?」
「すごく痛い。強くやりすぎたと後悔してる」
「ええ……」
そして追い打ちをかけるように、春樹先輩の頭に何かが直撃する。
「痛っ」
角度と方向から考えて、隣のテニスコートから飛来してきたものだ。山吹色の柔らかい球体。それはソフトテニスボールだった。
「もう、ゆっちゃんー」
「光先輩、ごめーんちゃーす」
光先輩がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「やばっ、行きますよ。春樹先輩」
「え、うん」
巨乳好きだと判明したのは収穫だけれど、それを上回る春樹先輩の防御力を再確認した。
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