第10話 次なる一手
1
「むむむ」
眼鏡をかけておしとやかな清楚系美少女に変身作戦はあまり効果がなかったな。というより、春樹先輩の眼鏡姿がきゅんきゅんきすぎて、私の方がどうにかなるところだった。
メガネ男子が好きなんて、意外な自分の嗜好を自覚したよ。
それにしても春樹先輩、ああ見えて真面目ちゃんは好みじゃないのかも。
「悩むときに本当に頭を抱える人って初めて見たわ」
美月がやってくる。
「眼鏡やめたの?」
「うん。あんまり効果を実感できなかったんだよね」
「そう、似合ってたのに」
「今は新たな策略を立案中」
「字面」
「うーん」
「ヒントになるか分からないけど、男ってのは高望みするものなのよ」
「というと?」
「例えば、根暗で女っ気のない、非モテ男子に限って、クラスのリア充グループに属する高嶺の花を追い求めたりね」
「言い方がきついよ」
「その影山先輩って、前に一度見たことあるけど、あんまり目立たないし無口だし、冴えない男子でしょ?」
「ちょっと、春樹先輩のこと悪く言わないでよ。たしかに春樹先輩は地味だし、影薄いし、根暗だし、声もぼそぼそ小さいし、病気かってくらい色白でもやしみたいだし、女の子みたいにナヨナヨしてるけど、本当は優しくてカッコいいんだから」
「あんたの方がきついこと言ってるわよ」
「それにやるときはやるんだもん。私がしつこくナンパされて困ってた時にさっそうとやってきて助けてくれたんだから」
「……あんたその話よくするけど、なんかそれって……いや、なんでもないわ。それより話を本題に戻しましょうか」
美月は前の椅子の背もたれに腰かける。すでに男子が座っているにもかかわらず。
「ちょ、き、桐島さん!?」
「あっ、背中借してね」
「え、あ、はい」
いいのか、それで。
「ざっくりとだけど、タイプ分けをしてみたら影山先輩って地味な男子じゃない?」
「まあ、どっちかっていうと」
そこの認識は共通している。
「だから、さっき言ったように、高嶺の花に恋焦がれ――」
「ちょっと待ったぁ」
私は美月の言葉を遮る。あることに気づいたのだ。
「なによ」
「学校で一番の美少女であるこの私はまさに美月ちゃんの言う高嶺の花でしょ? そういう雲の上の存在が好みだとしたら、この私の告白を断るってのはおかしいじゃん。どういうことなのさ」
「あんたはどっちかというと正統派美少女なのよ。そういうんじゃなくて、イケてるギャル系に憧れている可能性が高いのよね」
「ギャルぅ?」
「そ。モテない男子ってのは日常の中に異性の刺激がないから、そういう危険な香りをまとったギャルに惹かれるものなのよ。ね?」
そう言って美月は自分の大きな臀部を預けている男子を振り返る。
「へ? あ、はい」
突然話を振られた男子は、顔を真っ赤にしながら返事をした。
「ほらね」
「ギャルか……」
私みたいな清純美少女はギャルとはほど遠い存在だ。もし春樹先輩がギャル好きだとしたら、琴線に触れなかったのも頷ける。やってみる価値はあるかも。
しかし、私は今までギャルメイクなんてしたことない。素材の味をそのまま活かすだけであらゆる男を虜にできたのだから、無意味に個性に振る必要がなかったのだ。
次の休み時間、私はクラスメイトの
「ねー、ゆとりん」
淡い金色に輝くウェーブがかったロングヘア、長いまつげに白い肌。ブラウスの胸元は大きく開き、薄桃色のブラジャーが透けている。スカート丈は短く、太ももどころかお尻まで見えてしまうのではないかとハラハラするほどだ。
大宮ゆとり、職業ギャル。化粧は濃いものの、以前一度だけすっぴんを見たことがある。私ほどではないがまあまあの美少女だった。
「なに? はるっち」
「ちょっとさぁ、お願いがあるんだけど」
「んー?」
気だるそうな目でゆとりは私を見上げる。
「実はさぁ――」
そうして私は事情を説明する。
「ふんふん、パイセンを落とすためにギャルになってみたいと」
「そう、ちょっと手伝ってもらえないかな」
「いいよー」
ゆとりはあっさり言った。
「なんかおもしろそーだし」
「……ありがと」
よし、やってやるぞ。
こうして華山小春ギャル改造計画が始まった。
2
その日の昼休み。
「はるっちは元がカワイイから大きくいじる必要はないかな。とりまこれつけて」
ゆとりはピンク色のシュシュを差し出す。
「シュシュ? えっと横でいいかな」
私がそれを髪につけようとするとゆとりは若干引き気味に、
「え? なにやってんのはるっち」
「え? 髪型変えるんじゃないの?」
「シュシュって腕に巻くものだよ?」
「そうなの!?」
困惑しつつ、私はシュシュを右手首に巻いた。
「で、これも付けちゃって」
ゆとりは銀色のピアスを手渡す
「ゆとりん、私、ピアスの穴は空けてないんだけど」
「だいじょーぶ、それフェイクピアスだから」
「そうなんだ」
私はほっと息をつく。
「とりま髪型は特に変える必要なし。ただ、メイクはちょっと濃いめに……」
ゆとりは化粧ポーチを取り出した。
「てか、はるっちまつ毛長っ。つけまいらんくね」
「えへへ、ありがと」
「てかさー、はるっちってパイセンに告って玉砕したのに、まだアタック続けてんのね」
「うん、まあね」
「根性座ってんね。うちだったら無理だわ」
「でも楽しいよ。追いかける恋ってのも」
今までは追いかけられる側だった私が初めて追いかける側に回った。好きな男の子を落とすために自分でひたすら考え、努力する。これはこれで楽しいというか、充実しているというか。
「ふーん、はるっちってさ、男と付き合ったことあんの?」
「え? ないけど」
「そっか」
なぜか安心したように息をつくゆとり。
「ゆとりんは?」
「……うちのことはどうでもよくない?」
「あ、うん」
雑談をしながらゆとりが私にギャルメイクを施していく。
「最後に服装だけど、とりま今日はお試しだし、制服を着崩すだけにしとくか。まずはスカートは短ければ短いほどカワイイ。はい、復唱」
「す、スカートは短ければ短いほどカワイイ……?」
「とりま20センチくらいイっとくか」
「ゆ、ゆとりん、これめっちゃすーすーするっていうか、恥ずかしいんだけど」
「いいじゃん、めっちゃカワイイよ」
「そ、そう?」
「ブラウスはリボンを外してボタンを第二まで開ける。で、袖は肘の手前までまくろっか。あと、うちのサマーニット貸したげるから、腰に巻いて。ソックスは脱いじゃって」
「こう?」
「立ち方は左右どっちかに重心をずらして、上半身は常に脱力する」
「こういう感じ?」
「それとコロンも」
「どう? ギャルになれた?」
美月がやって来た。
「こんな感じ~」とゆとりが気の抜けた声で返事をする。
「あら、いいじゃない」
「そう? っていうか私まだ自分がどうなってるか分からないんだけど」
「あー、ダメダメ。自分のことは名前かうちって呼ぶこと。それと、喋り方はもっと眠たそうに、抑揚のない感じで。でも語尾だけ上げる」
「うち、今自分がどんな
「そんな感じそんな感じ」
「んぐふっ」
「美月ちゃん、今笑った?」
「わ、笑ってないわよ?」
美月は顔を背け、肩を震わせる。
まあいい。
昼休みはまだあることだし、とりあえず、これで春樹先輩に攻め入ることにしよう。
「じゃあ、行ってくるねぇ」
*
今日は珍しく小春が来ないな。久々にクラスの友人たちと昼食を摂ることができた。
「ちょっとトイレ行ってこよ」
トイレから出ると、誰かに手を引っ張られた。そのまま人気のない階段に連れて行かれる。
「え? ちょ、誰ですか?」
「うちだし。うち」
振り返ったその顔を見て、僕は頭にはてなが一瞬浮かぶ。
誰だ、このやんちゃそうな女の子は。いや、よく見ると彼女は、
「へ? こ……華山さん?」
「そうだし」
誰かと思った。
ラメ、というのだろうか。目の周りがやけにキラキラしていて、いつもはぷっくり柔らかそうな桃色の唇が、濃い赤に変わっている。本能を揺さぶるような甘ったるい香りをまとい、制服は着崩しているなんてレベルじゃない。
なんだそのスカートの短さは!
階段をちょっと昇れば中身が見えるくらい短いじゃないか!
胸元も開けすぎだし、喋り方もなんだかアホっぽい。しかも耳にはピアスが!
「なに、その格好」
「どう? ギャルになってみました~」
小春はその場でくるりと一回転する。スカートがふわりと翻り、彼女の生足が限界まで露わになる。
「あわわ……」
その時、釘を打ち込まれたような痛みが僕の胸に広がった。もしや、僕があいまいな態度を取り続けていたせいで、小春はグレてしまったのだろうか。
なんということだ。
もしこのまま小春がやさぐれて、寂しさを紛らわせるために好きでもない男にホイホイついて行ってしまうようなギャルになってしまったら……
駅の前で、ぽつんとしゃがみ込み、遊んでくれる男を待つようなギャルになってしまったら……
「春樹先輩、テンション低すぎませんか」
「うわああああああああああ」
「情緒不安定になってますよ」
「ダメだ、小春」
僕は小春の肩を掴む。
「そ、そんなに似合ってませんか?」
「へ?」
「いや、春樹先輩はギャルがお好きなんじゃないかと思ってギャルの格好をしてみたんですけど」
「あ、ああ。そういうことね」
よかった、早とちりだったみたいだ。
「というか、僕は別にギャルが好きなわけじゃないけど。どこからそんな発想に至るわけ?」
「いやぁ、友達が地味な男ほどギャルが好きっていうから」
「……心にグサッと来たよ」
「ああでも、春樹先輩は地味は地味だけど、私にとってはカッコいい地味だから心配しないでください」
フォローになってない。
その時、上の方から足音が聞こえてきた。 階上から女教師が降りてきたのだ。この人はたしか、女バレの顧問の先生だったっけ。
「ん? おい華山、なんだその格好は」
「あっ、やば」
小春の顔が蒼白になる。
「スカートが短すぎるぞお前」
「違うんです、これはそのぉ――」
「ピアスも校則で禁止だ」
「いやこれはフェイクピアスで――」
「ちょっと来い」
「うわああ、春樹先輩助けてぇ」
「ドンマイ」
*
そして小春は女顧問に連行され、生徒指導部の『教育』を受けたとさ。
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