第9話  効果あり……?

 1


 

 さて、無事に春樹先輩が女の子が好きだと分かったし、どんなタイプの子が好きなのか、改めて調べるとしよう。


 春樹先輩はおとなしい性格だから、きゃぴきゃぴしたギャルとかは好きじゃなさそう。恋愛は同じタイプの異性が惹かれ合うものだって、どこかの雑誌で読んだ気がする。


 たしかに街を歩いていてもギャルの横にいるのオラオラ系のいかつい男の人だし、春樹先輩みたいなおとなしめの男の子の隣には同じようにおとなしい真面目女子がいるような気がするなぁ。


 いわゆる清楚系ってやつ?


 清楚となると、あれが使えるか。


 私は引き出しからあるものを取り出し、鏡の前に立つ。


「ふむふむ、ありだね」


 ほとばしる私の可愛さがほどよく引き締まり、清楚感が漂い始めた。


 よし、明日はこれで攻めてみよう。


「小春ー、早くお風呂入っちゃいなさい」


 お母さんが声を張った。


「はーい」


「お姉ちゃん、一緒に入ろー」


 妹のりんが部屋にやって来た。凛は末の妹で小学校一年生だ。肩まで伸ばした長い黒髪をポニーテールにし、大きなアーモンド形の目が可愛らしい。


「あれ? お姉ちゃん、イメチェン?」


「ふっふっふ。どう、似合う?」


「うん、可愛いね」


「やっぱり?」


「それよりお風呂入ろー」


「はいはい」


 愛する妹のお墨付きを頂戴した私は、お風呂に向かった。



 2



 校門をくぐり、学校の敷地を東西に貫く並木道を歩く。両脇に並ぶ桜の木は、朝日を受けて青々と茂っている。


 僕たちの通う北高は、敷地面積が全国二位という広大な学校で、野球グラウンドやテニスコート、弓道場に相撲の土俵まである。


 夏の大会期間中なので、どの部活も朝から猛練習をしている。先ほどからジャージ姿の生徒が敷地の外周を走り込んでおり、グラウンドではサッカー部が朝練に励んでいる。


 特にソフトテニス部は強豪で知られており、僕の同級生の女の子にも全国大会常連がいる。


 ま、一回戦負けの僕たち男子バスケ部には関係のない話だ。


「春樹先輩、おはようございます」


 小春の声が背後から聞こえた。普段よりもきりっとした感じに聞こえたのは僕の気のせいか? 


「ああ、おはよ……あれ?」


「ふふん、どうしたんですか?」


 今日の小春は眼鏡をかけていた。赤い縁が彼女の白い肌に映え、いいコントラストを生み出している。


「眼鏡かけたんだ。え? 普段はコンタクトなの?」


「違います、これは伊達眼鏡です」


 そう言って、小春はくいっと人差し指で眼鏡を上げる仕草をした。


「そうなんだ」


「はい。おしゃれの一環ですよ」


 眼鏡のせいか、どことなく話し方や態度がいつもよりきっちりしている気がする。服装もいつもなら活動的なポロシャツなのに、今日はブラウスだ。ボタンをきっちり上まで閉め、リボンもたるみがない。なんだか優等生な委員長といったイメージだ。


 眼鏡一つでここまでイメージが変わるのか。


 女の子って不思議だ。


「さ、行きましょう」


「う、うん」



 3



「んー」


「眼鏡とにらめっこする女って初めて見たわ」


 一時限目の休み時間に美月と作戦会議をする。美月は私の前の席――男子の席だ――に勝手に座った。私は眼鏡をかけなおし、


「どう? 私、清楚に見える?」


「清楚な子は自分が清楚かなんて確認しないと思うけど」


「見た目の話だよー。とりあえずね、春樹先輩の嗜好を探るために色々試そうと思って」


「それで眼鏡をかけ始めたのね。うん、眼鏡ってのは刺さる相手にはこれでもかってくらい刺さるけど、刺さらない相手にはとことん刺さらない扱いの難しいアイテムよ」


「そうなの? せっかく眼鏡に合わせて服装もきっちりしてきたのに」


「普段の明るい感じから、きちっとすましてるギャップを狙う作戦なら効果はあるかも……?」


「今日はちょっと接触を控えめにした方がいいってこと?」


「そうね、いつもは犬っころみたいにくっついて回ってるから、仕草や態度を物静かな感じにしてみたらどうかしら」


「なるほど」


 今まで男の子の方から勝手に寄ってくる受け身だった分、自分からあれこれ考えて恋愛をするのは楽しい。


「とりあえず今日一日はこれで過ごしてみるよ」


「頑張んなさい」


 その時、美月が座っている席の主がやってきた。おどおどした調子で、美月に声をかける。


「あ、あの、桐島さん、そこ、俺の席……」


「あ、ごめんね。今どくから」


 美月はすっと立ち上がり、背伸びをして男子の肩をポンと叩いた。


「ありがとね」


「は、はい」


 男子は顔を赤くし、ぎこちない動きで自分の席に座った。


 やつがライバルじゃなくてよかったと心の底から安堵した私だった。



 *



「さ、お弁当を頂きましょうか」


 お昼休み。今日もいつものように中庭に春樹先輩を連れ出し、至福のランチタイムだ。私は芝生の上に正座をし、膝の上にお弁当を広げる。


「この唐揚げ、よく解凍されていて実に美味しいですわね」


「……」


「喉が渇きましたわ。おコーラを頂きましょうか。喉のしゅわしゅわがたまりま――ケホケホっ」


「……なにそのキャラ」


 春樹先輩が困惑した目で見てくる。


「普通にしなよ。普通に」


 ちょっと呆れているようにも見える。もしかして、優等生キャラはあんまりお好きじゃない感じか?


 私は口調を戻し、


「春樹先輩って優等生ちゃんは好きじゃないんですか?」


「誰それ」


「いや、今の私ですよ。いい感じに優等生でしたよね? あら、いい風ですわ」


「どこが!? どっちかっていうと子供が考えるお嬢様キャラって感じだったかな」


 春樹先輩は鼻で笑った。


「真面目な優等生じゃなかったですか?」


「全然だったよ」


「うあー」


 私は眼鏡を外し、袖をまくる。ブラウスのリボンを緩めてボタンも外す。


「え、なにやってんの?」


「朝から堅っ苦してきつかったんです。あー、すっきりした」


「ははっ、真面目ちゃんは似合わないね」


「うるさいです」


「そういやその眼鏡って度は入ってないんだっけ」


「はい。そうだ、せっかくだから春樹先輩もかけてみます?」


「へ?」


 私が眼鏡を押し付けると、春樹先輩はおずおずとかけた。


「ど、どう?」


 少し照れながらこちらを向く先輩。


「……っ!」


「なんか変な感じだな」


 春樹先輩の中性的な感じがほどよく引き締まり、知的な印象を受ける。


「は、春樹先輩」


「なに?」


「一生かけててもらっていいですか?」


「なんで!?」



 *



 刺さる相手にはとことん刺さる、それが眼鏡の魔力である。



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