第5話  可愛いは可愛いんだよなぁ

 1



「まずい……」


 困ったことになったぞ。


 あれからというもの、小春は毎日のように僕に引っ付いて回ってくるようになった。休み時間になるたびに三年の僕の教室まで足を運び、昼休みは一緒にお弁当を食べようと誘ってくる。


 放課後はお互いに部活があるため、二人きりになることはないが、僕はバスケットボール部、彼女はバレーボール部と共に体育館を使うため顔を合わせる機会は多い。使用エリアを分けるネット越しに「春樹先輩頑張れ~」などと声をかけられた日には、同じ部活仲間たちから嫉妬と憎悪の目で睨まれることになる。


 僕は小春と付き合う気なんてさらさらないんだ。僕に固執するよりも、さっさと諦めて新しい恋を探す方が小春の今後の学生生活のためになる。


 なんとかして小春と距離をおかなくては。


 部活も終わり、片づけと着替えを終えた僕は、そそくさと裏の出入り口から体育館を出た。するとその陰から、小春が飛び出してきた。


「ばあ」


「うわっ、びっくりした」


 ジャージ姿の小春は、運動でほんのり頬が赤くなっていて、普段よりも色っぽく見えた。


「えへへ、こっちから来るだろうと思って、待ち伏せちゃいました」


 そう言って小春はにっこり笑う。そのはつらつとした笑顔は、見れば見るほど可愛い。


「春樹先輩、一緒に帰りましょう」


「うっ」


 断れ。


 断るんだ、僕。


 

















「うん!」


 ダメだ、可愛い。この小春の笑顔からは逃げられない。



 2



「いつも見るたびに思いますが、富士山すっごい迫力ですよね」


「そうだね」


「夕焼け色に染まってて燃えてるみたい」


 大きな富士山のふもとに広がる僕たちの街。


 街のどの場所からでも見えるため、地元市民はいまいちそのありがたみが分かっていない。が、たしかに僕もここに越してきてすぐ――小学校に上がる直前――、その大きさに圧倒された記憶があるので小春の気持ちも分かる。


「今日はカラオケに行こうと思ってたんだけど」


「じゃあ私も一緒に行きます」


 僕はカラオケが趣味だ。といっても、週に一度ヒトカラをする程度のもので誰かと一緒に行くことはほとんどない。


 人に自分が歌っている姿を見られるのはなんだか恥ずかしいし、人に気を使わずに好きな曲を好きなだけ歌いたい。


 そんな僕だから当然女の子と二人きりでカラオケなんて、人生初の一大事である。


「へぇ、こんなところにカラオケ屋があったんですね」


 小春と共にカラオケ店に入る。


「春樹先輩ってカラオケとかよく来るんですか?」


「うん、まあ週一回くらいかな」


「けっこう来るんですねぇ……」


「華山さんは?」


「友達と遊んだ帰りとか、部活終わりに部員のみんなで行ったりしますよ」


「そうなんだ。二時間で、あっ、禁煙の部屋でお願いします」


「春樹先輩、私たちってカップルに見えてますかね」


「そんなことはどうでもいいの!」


「はーい」


 受付を済ませ、部屋に入る。


「よーし、歌いますよー」


 小春は最近はやりのアイドルソングを中心に歌い始めた。リズムよく手や腰を振り、時たまこちらにウィンクをする。その姿を微笑ましく思いながら、僕はデンモクを操作する。


「~♪」


 どんな曲を入れるべきだろうか。


 いつもは懐かしのアニソンや好きなバンドの曲を入れるのだが、そういうものを歌う姿を見られるのは恥ずかしい。というより、人前で歌うことそのものが恥ずかしい。


 歌い終えると、小春はドリンクを一口飲んで、


「春樹先輩もそろそろ歌ってくださいよー」


「え、ぼ、僕はまだいいよ」


「今のところずっと私だけ歌ってるんで、ちょっと喉が痛くなってきました。はい」


 そう言って小春はマイクを手渡す。


 小春が今の今まで使っていたマイク……


 ぬくもりを感じる。


 ば、馬鹿!


 なにを考えているんだ僕は。変態みたいじゃないか。


『DA〇チャンネル~!』


 予約曲がなくなり、最近売り出し中の女優がmcを務めるカラオケ番組が流れ始める。


「えーっと、じゃあ」


 悩みに悩み抜いた末、僕はある曲を選択した。


「なんでしょう、わくわく」


 小春が期待に満ちたまなざしを向ける。


 ややあって、画面いっぱいにタイトルが出た。


『春が来た』


「へ?」


 小春が豆鉄砲を食らったような顔になる。丸い目がぱちくりしながら僕とモニターを交互に見る。


「春樹先輩……」


「別にいいだろ、僕は一曲目はまずこれを歌うって決めてるんだ」


 普通ならカラオケで童謡を入れる男なんてドン引きだろう。これで僕に幻滅し、興味を失ってくれれば幸いだが、小春の反応は違った。


「いいじゃないですか、私もこの曲、好きですから」


 満面の笑みで彼女は言った。


「そ、そう?」


 僕の心がほんわかと温かくなる。


「子供の頃よく歌いましたよ。っていうか、一緒に歌っていいですか?」


「へ?」


 小春は予備のマイクを手に取る。そうして、二人仲良く歌い切った。


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