第22話「この身に余るもの」

 我は忍びの里の紅葉。


 その名の如く、赤き衣に身を包んだこの身体。


 まるで舞い散る木の葉のようにしなやかな曲線を描いたこの身体。


 まさに絵にも描けない美しさ。


 技など持たずとも、この身体さえあればこなせない依頼などない。


 たとえ失敗したとしても、そのことを聞きつけて雇い主が怒り狂ったとしても何の問題もない。


 夜が明ける頃には色に呆けた男がただ残るのみ。


 それなのに。


 我は凡夫では決してたどり着けない「境地」に至ってしまった。


 肉体が極上であれば技もまた極上。


 そのようなことがまかり通ってよいのかと言われれば、我は黙って肩をすくめるしかない。


 何故ならそれが我の「格」というものなのだから。


 しかしそれも今や、遠い遠い昔の話――


「ねえねえ、これ面白ーい!」


「何なのこれ!?

 裸の「石像」に服を着せるなんて……はれんちっ!」


「これって、持ってってもいいの?」


 今日からここが我が家か。


 どこに行っても変わらんな。


 好奇心を持って我を見る童。


 羞恥や嫉妬に身を焦がす女たち。


 肉欲にまみれた男ども。


 一体なんでこんなことになったのだったか……。





 ――


「そういえば紅葉、「不老不死の妙薬」って知ってるかい?」


 通いなれた店に赴き、一人でそばをすすっていると見知った男が声をかけてきた。


 噂大好き長五郎。


 古今東西あらゆることに精通しているという点だけを見れば、それはもう立派なものだが……それらは全て、女を口説くことに使われているらしい。


 何とももったいない男だ。


「そんなものありゃしないよ」


 私がそういうと、男はなぜか待ってましたとばかりに顔を寄せてきた。


 よせ、お主のような男に身を寄せられると怖気が走る。


「こいつは何だと思う?」


 長五郎が懐から何やら取り出した。


 これは……小さな壺?


 しかし透明な壺など初めて見た。


「驚いたかい?

 こいつは西から渡ってきた「ガラス」で出来てるんだ!

 しかも中身は……何だと思う?」


 ……呆れたものだ、何も知らぬ小娘でもあるまいに。


 そんな奇天烈なものに心奪われる私ではない。


「馳走になった。

 また来る」


 私は食べた分の勘定を店主に見えるところに置いて店を出た。


 後ろを振り返ると、「がらすびん」なるものを他の女に見せびらかす長五郎の姿が見えた。


 まったく男というのは……っと、すまんな。怪我はないか?


「あるに決まってんだろう!

 俺を誰だと……いい女じゃねえか、ちょっとこっち来い」


 ……はぁ。


 こういう輩はいったいどこで増えるのだろうか。


 依頼の為に捕らえた悪人はとうに百を超える。


 それなのに全く減った気にならん。


 あの男に比べたら幾分マシな顔をしてるんじゃから、素直に生きればもっと幸せになれるだろうに。


 どいつもこいつも「もったいない」


 ちゃんと生きる気がないなら、その命。

 

 少しばかりもらっていくぞ?


「おいっ待てっ、どこに行くんじゃ!

 ……へ?

 おへ、いったいどうなっふぇ」


「ごめんなさいね、お爺ちゃんたち。

 私いま急いでいるから!」


 するりともう一人の男の身からも「命」を抜き取り、無害な女を装いつつその場を離れる。


 ひぃ、ふぅ、みぃ……、どうやら七十年分くらいはあるか。


 私の仕事は「寿命売り」


 人を殺すことしか考えていなかった里の連中に見切りをつけて、人に害をなす悪人からもらい受けた寿命を、善良な依頼人に渡す仕事を始めた。


 こうすることで悪人が早死にし、善人が長生きする。


 次第に世の中はよくなっていくはず。


 もう戦など二度と起こしてはならんのだ。


 あんなもの人の所業ではない。


 戦をなくすためなら私は「何でも」する。


 それが私なりの弔いだ。


 悔い改め、善人になったらまた会いにくる。


 それまで達者でな。





 ――


 季節がいくつか巡ったころ、久しぶりに馴染みの店を訪れた私。


 いつものように蕎麦をすすっていると、またいつかの男が来た。


 噂大好き……いや、今は藩主さまだったか?


 一体どんな手を使ったのやら。


 おそらく元藩主の一人娘を上手く誑かしたといったとこ……


「紅葉探したぞ?

 あれ、お前が持ってるんだってな?」


 ふぅ、お目当てはどうやら私の様だ。


「いったい何の話だい?

 お前さんが欲しがるようなものなんて持ってやしないよ」


「とぼけるな。

 お前が「寿命売り」なんだろう?

 バラされたくなかったら、俺の言うことを聞け」


 ……なるほど、お主も「そっち側」であったか。


 ちょうど切らしていたところだったから助かるが……どうにも客足が多すぎる。


 今日のところは見逃してやろう。


「だから何の話かわかりゃしないよ!」


 私はそう言いながら勘定をその場に置いて立ち上がる。


「頼む、俺の女房が危篤なんだ!」


 む?


「お前は知らないかもしれないが、俺は今この藩を預かっているんだ」


 知ってる。


「あのガラス瓶覚えてるか?

 藩主の一人娘があれをいたく気に入ってな」


 お主……あんな妙なもので釣ったのか。


 少し思っていたのと話が逸れてきた。


 そういうことなら……。


 いや、今は手持ちの分を切らしていたんだった。


「俺にはあいつしかいねえんだ!

 頼む、この通りだ!」


 大の男が惚れた女の為に頭を土に付けるとは……情けない。


 しかし……善良だ。


 なら私のすべきことは一つ。


「時間はどれくらい必要なのさ?」


「も、紅葉やっぱりお前が……!?

 ひ、ひと月!

 ひと月あれば赤ん坊が生まれるんだ!

 どうかそれまで……!!!」


 まあ、そのくらいであれば間に合うだろう。


 今夜、屋敷の前で待ってな。


 女房は寝かせたままでいいからね。





 ――


 さて、といったもののアテがあるわけでもなし。


 その辺にゴロツキでもいればと思ったが、今日に限って見当たらない。


「もしかしてちょっと減らしすぎたかい?」


 状況は悪いのになんだか嬉しくなってくる。


 悪人がいない世こそ私が求めているものなんだから仕方ないといえばそうだが……


「とは言っても、まるっきり居ないとなると困っちまうね」


 まずい、どうやら本当にこの町に悪人は居ないみたいだ。


 いつの間にかここで暮らす人々の顔は、どれも善良さを感じさせるものばかり。


 仕方ない、ここは私の寿命を使うとするか。


 ひと月くらいなら問題ないだろう……



「助かった!

 一生この恩は忘れねえ!」


 結局あれからも悪人の姿を見つけられず、私自身の寿命を使うハメになった。


 しかし、それもまたよし。


 と、思ったのもつかの間……。



「頼む!

 出産予定日が遅れてるんだ!」


 そうかい、あと一か月だね?


「なんとかしてくれ!

 赤ん坊の具合がどうも悪いんだ!」


 男が慌てるんじゃないよ!

 女房と一緒に、一年くらいじっくり様子を見てやるといいさ。


「一生のお願いだ!

 母親の顔も知らないなんて可哀想だ!!」


 ……またかい?

 それなら、あと五年だ。

 これで最後にしとくれよ?


「これで最後だ!

 最後の思い出づくりに家族で旅に……」


 またかえ?

 ほかにもいらいにんがたくさんいてね。

 もうじゅみょうはのこってないよ……わかったよ。

 あと、いったげつだへだからね?



 ――私の寿命はあっという間に尽きた。


 藩主になった長五郎のやつがよほど優秀なのか、どこを歩いても悪人なんて影も形もない。


 善人から寿命をとるわけにもいかないし、日ごとに依頼の数は増えていくし、塵も積もれば山とはこのことだ。


 でもまあ、なんだかんだ悪くない人生だったと思う。


 目指していた光景、悪人のいなくなった世界が私の目の前に広がっているんだから。


 長五郎のおかげで私の理想が実現できた部分もあるのだろう。


 最後に昔話の一つでもして、どこかでひっそりと……。


「ぐふふっ!

 見ろよこの刀!

 あの馬鹿女のおかげでこんないいい刀が手に入った!」


「おいよせよ!

 長五郎の旦那に言われただろう?

 外では善人、中では悪人」


「ああ、そうだった。

 福は内、鬼は外ってな……あれ、これじゃ逆か?」


 ゲラゲラと二人組の男たちが笑いあっている。


 どういうことだ?


 あいつは確か妹さんが病気で……あっちの男は年の離れた恋人が……


「よそから女を連れてきて、

 あの馬鹿のとこに連れてくだけで十両だぜ?」


「だからやめとけって!

 その馬鹿に聞かれたらシャレになんねえぞ?」


 そうか……そういうことだったか。


 よりにもよってこの技を……。


 恋しい仲間たちへの弔いの為に天より授かったこの技を……!


 よくも……よくも…………っ!


 お前たちの醜い欲望を満たす為に使わせたな!!!


「このふらみはらひてくへる!」


「大丈夫大丈夫。

 昨日見かけたけど、もう死ぬ寸前の婆だった……え?」


 男から……いや、人でなしから命を奪った。


「ふぅ、少し戻ったか?

 だがまだ足りん」


「や、やめてくれ……ぎゃぁ!!」


 もう「一匹」からも命を奪う。


 少しばかり貰いうけるのではなく、根こそぎ奪う。


 もはや悪人どもに容赦はいらない。


 こいつらを人と思ったのが間違いだった。


 もはやこの身、悪鬼羅刹になり果てようともこの恨み晴らしてくれよう。





 ――


「しかし、本当にこれでよかったのだろうか?」


「何言ってんだい!

 大体あんたから言い出したことだろう?」


「そうは言うが、あの老いぼれた姿を見るとな」


「いい気味さ!

 自分が一番美しいって面して、忌々しいったらありゃしない!

 あの女が醜く老いて、私は若く美しいまま!

 こんなに面白い話が他にあるかい!」


「そ、そうだな……そうだな!

 どうせ旅から帰るころにはもうくたばってるんだ!

 もう忘れて……お七?」


 おや、もうやめるのかい?


 とっても面白い話だったのに……ねえ、お七さん?


 ねえってば……聞いてるの? 


 ああ……死んでるの。


「も、紅葉!?

 お、おまっ、お前なんてことしやがるんだ!

 今すぐお七を元に戻せ!」


 どうしたんだい、長五郎。


 どうせ人でさえいつか死ぬんだ。


 人でなしならいつ死んだって、誰も気にやしないだろう?


「お前……狂ったのか?

 ……っ悪かった!

 もう二度とこんなことしないから俺たちを許してくれ!」


 ああ、いいよ。


「そ、そうか……ぐぇ!!!」


 許してあげるから、早く死んで。


「お、お七……愛し……て……」


 人みたいなこと言ってる……おかしなもんだ。


 さて、身体も元に戻ったし別の土地にでもいくとしよう。


「おかーさん、ご本読んで?」


 まだいたかぁ!!! ……あっ。


 違う、この子は「人間」だ。


 ごめんよ、すぐに戻すから勘弁しておくれ……あ。


 寿命が戻ら……ない?


 私は今、いったい何をした?


 人でなしを……違う、人を……そうだ、子供を……


 ――悪鬼羅刹になり果てても


 ああ、そうか。


 この世で一番の人でなしは、「我」だったのか。





 ――


 あれからどのくらいの時間が経ったか知れないが、悪人から命を奪い続けることはやめられなかった。


 やめた瞬間、何かが壊れそうだったから。


 そうしているうちに命を宿しすぎたのか、それとも己の業が形を成したのか、よくわからないが我の身体はいつの間にか石になっていた。


 石となっても我の美しさは変わらなかったらしく、見世物としてまだ生きている。


 今では海を渡り、知らない国に運び込まれる程度に人気がでたらしい。


 これはきっと我への罰。


 一生、いや、永遠に見世物として生き続ける――


「まぁ、綺麗な女の人。

 でもどうしてそんなに悲しそうなの?」


 おお、我に話しかけてくる物好きは久しぶりだな。


 見た目より幼い心じゃが、もしや…………ふむ、まだ育ちきってないだけか。


 沢山食べてよく寝るといい。


「うふふ、とっても優しいのね?

 じゃあ、一緒にご飯を食べに行きましょう」


 は?


 いや、聞こえてるわけが……そうだ、聞こえるわけがない。


 我は一生このまま。


 しかし……外の国で黒い髪とは、なにやら奇妙な縁を感じる。


 もしいつか、天に上ることが許されたならば、お主に会いに行くのもいいかもしれんな?


 まあ、罪深い我にそんなことが許されるわけ――


「いたいのいたいのとんでけー!」





――


 私は今、世界中を旅している。


 そして、親のいない子供たちを見つけては、あの方のもとへと送る。


 あの女神のように清らかな女性の元へ。


 ああ、もう泣かないの。


 大丈夫、あなたを幸せにしてくれる人の所へ連れて行ってあげるから。


 私の名前?


 ……そんなものないわ。


 だって、人でなしに名前なんて「もったいない」もの。


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