閑話:セバスチャンとメアリー編(3話構成)

第17話「迷子はどっち?」

※新章突入前の閑話です。


 3話構成で、主人公が暮らしている「オルガノット家」の令嬢を支えるメイドの「メアリー」に焦点を当てたお話です。


 ごゆるりとお楽しみください。

―――――――――――――――――――――――――――――



 たたっ、大変ですの!


 うちの使用人たちが迷子になってしまいました!!


 わたしがきれいなグミや、美味しそうなクッキーを見ている間にいなくなるなんて「せいてんのへきれき」ですわ!!!


 ですが、あわてたりしません。


 わたしはもう大人です。


 あとたったの2、3……7年で、紳士的で頭もいい素敵な殿方と結婚するのですもの。


 迷子くらい大目に見てあげます。


 さっ、怒らないからでてきなさい。


 ……


 …………


 どうしたの、なんで誰も来ないの?


 あ、ちょっと足が痛いかも、誰かイスを……。


 誰か……だれもいないの?


 なんでだれもいないのっ、わたしの足が、あしがいたいのですのに!!!


「お足が痛いの?」


 な、なんですかあなたは!?


 言っておきますが私は栄えある……おっと、その手は通用しませんわ!!!


 名前を聞き出そうとしても無駄ですのっ!


 だって私は、歴史にも名を連ねる由緒正しきスカーレット侯爵家の「リリス・スカーレット」なのですから!!!


「まぁ、りりすちゃんって言うのね?」


 なっ、なぜこの方はわたしの名前をしってるのかしら!?


 だ、大丈夫です、「れでぃ」はこういう時も、たっぷりと余裕をもつものですの。


 あなた平民ですわね。


 本来ならふけ……ふけ、い?


 ふけ、罪……と、とにかくっ、本来であれば「ダメ」なことなのです!


「りりすちゃんに回復スキルを使うから、じっとしててね?」


 だから、平民が私の名前をちゃん付けで呼ぶなど「ダメ」だと……はっ!


 さっきまでの足の痛みが消えてますわ!


 回復スキルって言いましたわね。


 確か、回復系のスキルや魔法は弱いから、教会本部か低級の冒険者くらいしか使わないと教わりました。


 あなた、教会の人ですの?


 ……違うんですの、では、冒険者ですのね?


 それも違うの……って、どうして泣きそうな顔をするのですか!?


 こ、これでは私が弱い者いじめをしているみたいではないですの!


 と、とにかく、私の家に来なさいっ……あ、皆いないのでしたわ。


 ……ぐすん。


「わたし、一緒におうち探してあげるわ」


 なっ、突然何を言ってるのかと思えば!


 泣き虫さんの力など借りなくても、一人で家に帰れます!!


 ……ですが、手伝いたいなら手伝わせてあげてもよろしいのですのよ?




 ふぅ、ふぅ、まだ着かないのですの?


 こ、こんなに歩いたのは生まれて初めてですわ。


 着きましたのね……って、ここは!?


 王国で一番の名門貴族として名高い「オルガンノット家」のお屋敷ではないですか!


 近く、ご令嬢が「他者を助ける為なら命さえも神に捧げる」とおっしゃられた「寄り添う聖騎士」ルーフェウス様とご結婚されるとか……。


 憧れてしまいますの……あっ、待ってくださいな!


「ん、どこ行ってたのよあんた?

 まあいいわ、それよりあんたにあげた首飾りのこと……あら、その女の子は確か……」


 あ、あなたは王家指南役でありながら、ただ一人「剣聖」の弟子に選ばれた「白薔薇の剣姫」リリアーナ様!?


「王家指南役の方には元が付くけどね」


 やっぱり!!!


 王都に住む全女性の憧れで、リリアーナ様がお買いになった美容系のアイテムは全て即日完売!


 わたしも欲しいのですが、お母さまが独り占めしてしまうから手に入りませんのよ?


 白く長い髪は美しく、そのままでも十分綺麗なのに、髪を結ったときの優雅さと言ったらもう……す、素敵すぎますのっ!!!


「は、恥ずかしいからその辺にしてね?

 それよりあなたは確か、スカーレット家のご令嬢だったわね。

 公開指南の時に来てくれたのを覚えているわ」


 し、白薔薇の剣姫が私のことを覚えていらっしゃるなんて!!!


 あ、握手してください!




 くんくん、なんだか私の手が私の手じゃないみたい。


 今なら私も剣術を使えるような気が……あら?


 く、黒髪の女性がいなくなってしまいました!


 今度はあの方が迷子ですのね。


 でも、大丈夫です。


 私の手は今や剣姫のものと全く同じ。


 どんな敵でも切り裂いて……ひゃん!


「勝手にいなくなったらダメよ?」


 あ、黒髪のあなたでしたのね。


 それは私のセリフというものですが……まあいいでしょう。


 私は「かんだい」ですから。


 それはそうと、あちらにいらっしゃるメイドの方、どこかでお見掛けしたような。


 あ、別れを告げる……。


「お帰りなさいませユーリ様。

 ところで貴女はどちらの家のご令嬢でしょうか?」


 び、びっくりした。


 セバスチャン以外にもこんなに早く動ける人がいたなんて。


 私はリリス・スカーレットですわ。


「……なるほど。

 以前バスティと一緒にいた方ですね」


 え、ええ、そうですわ。


「本日はどのようなご用向きでしょうか?

 事前に連絡を頂けなかったようなので旦那様は手が離せませんが……」


 い、いえ、そういうわけでは……。


「私のお友達なの。

 お家の人が迎えに来るまで、ここで待っててもいい?」


「……そういうことなら問題ありません。

 さっき、リリアーナ様が通信機を使いに来たのはそのためでしたか」


 お、お友達なんて、ずうずうしくありませんこと?


 ちょっとくらい見た目がきれいでも所詮は平民、触ればすぐにボロボロと化けの皮がはがれて……あら、つるつるですのね。


「髪が気になるの?」


 女性の命と言ったら何といっても髪ですもの。


 興味のないものなんていませんわ。


 きちんと手入れをすれば歳を重ねてもずっと元の姿を保ってくれる。


 どれだけの時を隔てても、愛しい人と自分を結び付けてくれる……まさしく「女性の命」ですわ!


「メアリー、今朝もらったあれ、この女の子にあげてもいい?」


「あれ」?


 あれっていったい……まぁ!


 リリアーナ様が愛用されているという幻のヘアオイル!


 こっちはヘアパック用のクリームに……洗浄液まで!!!


 どれも王都では半年以上在庫が入っていないものばかりですの!!!!!


「重たいから持っててあげる」


 あ、ありがとうござい……ます?


 よく見るとあなた、ずいぶんとお綺麗ですのね。


 髪だけじゃなくてお肌もすべすべ、私なんて最近、足元の肌が荒れてきたので困っていたのです。


 ほら、ガザガザでしょう?


「ううん、つるつるしてるわ」


 あら、平民なのに口が上手なのね、こんなにガサガサなのに……あら?


 変ね、たしかにつるつるしてますの。


 朝起きたときは確かにガサガサだったから、お母さまの化粧液を借りて……あれが効いたのかしら?


 いえ、あれは前に私が使った分をバレない様に安物を混ぜたから、そこまで強力な効果はないはず……ということは。


 うーん……まさか。


 あ、あなたのお名前を聞いてあげてもいいですの!


「私の名前はユーリよ」


 そう、ではユーリ、私の首元に回復スキルを使ってくださる?


「いいわよ、じゃあこっちに座りましょうか」


 なかなか気が利くのね……って、ちょっと!?


 私は一人で座れるから……ぽふんっ。


 ま、まあいいわ。


 では、お願いしますの。


 ……


 やっぱり、さっきより綺麗になってますの!


 これは大革命ですわ!


 貴方の回復スキルは女性のために授かったものに間違いありませんの!


 早速、お父様に報告してあなたをうちで働かせてあげる……いやなの?


 どうして? だって私の家で平民が働くなんてとっても光栄なことなのよ。


 そ、それに……お、お友達ともっといっしょに……。


「ユーリ様、こちらにいらしたのですね。

 当家へようこそリリス様、お話はメアリーから聞いてますわ」


 く、クリスティーナ様!?


 ここ、この度はお招きいただいて誠に光栄の至りを尽くす限りの所存で……えっと……。


「くすくす……はい、招いてしまいました。

 あ、お迎えが到着されたようですわ」


 !?


 そそ、そうですの……あ、あの者たちがここにきてるのね。


 まったく勝手にいなくなるなんて困ったものだわ。


 少し反省してもらうために、もう少しここにいようかしら!


「今日はもう遅いから帰らないとダメよ」


 ふーん、そ、そうですの?


 まあユーリ様は私のお友達ですから、少しくらいわがままを聞いてあげても……あ。


「お嬢様っ!

 勝手に離れられてはいけませんとあれほど……!」


 ……


 …………


 …………ぐすっ。


 な、なによっ、わたしはただキャンディーが美味しそうだなと思っただけですのよ!


 クッキーをお屋敷で仕事しているお父様やあなたたちに買ってあげようと思って……。


 なのにあなた達が勝手に、かって、に……。



 う、ううっ、ごめんなさーい!!!!



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