第18話「バカな男」

 はぁ、相変わらずだなこの町は。


 守護神と呼ばれた初代「オルガノット」家の当主のお膝元。


 相手がたとえ自国の王であろうと、筋の通らない真似は絶対に許さないその姿は、民衆に人気の劇場で目玉の演目となって今日も生きている。


 国ではなく、その中にいる「人」を守った守護神ユージーン・オルガノット。


「今でもその威光は健在ってわけか」


 まったく、迷惑なやつだ。


 あんまり大きなことをされると、あとの奴がしょぼく見えちまう!


「えっ、うそ!

 あの子、この間成人したばかりじゃない!?」


「別に今どきこれくらい普通よ?

 私だって次の誕生日には彼を家に招待して……むふふ」


 ……はぁ、いい気なもんだ。


 大体、最近の男っていうのはどうも好きになれねえ。


 女みたいに化粧品を使って、香りまで足して、髪の毛なんて……見ろよ、あの前髪。


 絶対目ぇ悪くするぞ?


 男は俺みたいにオールバックでキメるものだってのに……わかってねえなあ。


「あ、どうしたんですかその髪型?」


「これか?

 いや、オールバックよりもこっちが似合うって彼女に言われて……」


 ……。


 ほんと、わかってねえなあ。


 そんな風にくだらないことばかり考えていると、俺の横を一台の馬車が通り過ぎた。


 中では、赤子のように泣きじゃくる「ウチ」のお嬢様の姿。


 その後を目で追いながら俺は咥えていたタバコを吸い殻用のケースに突っ込むと、目的地を眺めながら歩き始める。


「さてと、そろそろいきますかねぇ」


 愛しくてたまらない恋人の元へ。





 ――


「よう、メアリナ」


 手のかかるお嬢様がおうちに帰るのを見計らった後、俺は元「同僚」のもとに姿を現した。


「まったく、いつもあなたは突然ですね。

 バスティ……いえ、今はセバスチャンでしたか?」


 ふっ、どうせ俺がいることに気が付いていたくせに。


「よせよ、俺とお前の仲だろう?」


「私とあなたの間柄と、あなたの呼び名との間に、一体どのような関係があるのですか?」


「そ、そういう所は変わってないな」


 五年と三ヶ月ぶりに会いに来たっていうのに、相変わらずそっけない。


 あの時とは見た目も状況も環境も、何一つ同じものなんてありゃしないのになんでか、何も変わってないようにも感じる。


「どうでもいいですが、なんですぐに彼女の前に姿を現さなかったのですか?

 どうせ近くで見ていたのでしょう?」


「ああ、それか……俺もすぐに行こうと思ったんだが黒髪の妙なお嬢ちゃんが近づいてきてな」


 そうだ、あの女……いや、まだ子供か?


 いや、大人のはず……そのはずだが、どこか「幼さ」を感じさせる妙な女だった。


「ああ、ユーリ様のことですね」


「何者だアイツ?」


 面識があるのはこの屋敷に入った時点で確定、この様子だといくらか親しく接してるようだな。


 つまり、この家のお嬢様とお友達ってとこまでは察しが付くが……


「別に、どこにでもいる優しい普通の少女です」


「おいおいしらばっくれるなよ。

 あいつは……やべえぞ?」


 ……


 ……っち、だんまりか。


「いいか、回復系のスキルや魔法っていうのは傷を治してるんじゃない、傷の治りを「早めているだけ」だ」


「ユーリ様のも同じだと思いますが?」


「おいおい、歳食って目がぼけたんじゃ……ぐはっ!

 わ、悪い、失言だった」


 おいおいおい、なんだ今の!?


 刃物で殴りかかってきたぞ……つうか、切れてねえよな?


 相変わらず全く動きが目で追えねえ…………ひっ!


「あなたの言いたいことは分かっているつもりですが……それで、あなたの要求は何ですか?」


 え?


 てっきりこのままボコボコにされると思ったが、これは……チャンスか?


「デートしてくれ」


「お断りします」


「はぁ!?

 今のやり取りはお前が屈辱にまみれても、愛するお嬢様の幸せのために俺と……そうだな、ぴ、ピクニックにでも行く流れだっただろうが!」


「ふふ、面白い冗談ですね。

 では、胴体との別れの前に言いたいことはありませんか?」


 ああ、そうだった。


 俺たちはいつもこんな風にバカばっかり言いあってたっけな。


「ははっ、お前こそ冗談がうまくなったなメアリア!」


「冗談ではありませんよ?」


 だけど、もうお前のもとに「あいつ」はいねえ。


 お前を守れるのはもう俺だけ……


「……ここからは真面目な話だ」


「ようやくですか。

 さっさと済ませて帰っていただかないと、お嬢様の我慢が利かなくなったらどうするというのでしょう」


 意外だな、お前さんの所のお嬢さんもわがままなんて言うのか?


「念のため、防音魔法をあと三回は張っておかないと安心できません」


 いったい何をしてるんだそれ……まあいい、とっとと本題に移ろう。


「あの坊主、ルーフェウスの野郎が死んで……」


「その名をここで出すなぁ!!!!!!!!」


「ぐがぁあああああ!!!」


 …………は!?


 くそっ、死ぬところだった……え、ていうか俺生きてる?


 なんか腕一本足りなくね?


「まったく、何を言い出すかと思えば……あなたたち、掃除の時間ですよ」


 やべ、これはマジのやつだな。


 お嬢様の初恋の相手の名前はここでは禁句か……ちっ、配慮が足りなかったな。


 しかし、メアリナにこんなにも愛されてるなんて、マジ羨ましいぜクリスティーナ嬢?


 ……つうかあれって「迅雷のバレッタ」に「旋風のコレット」じゃねえか、最近見ないと思ったらこんなところにいたのか。あれ、マジで俺を殺せる戦力が揃ってね?


 よし、命乞いの時間だ。


「待て待てっ! 

 俺の言い方が悪かった!!

 言い直すから聞いてくれ!!!」


「……あなたの友人だったあの人に免じて聞きましょう。

 ただし、次はありませんよ?」


 ふぅ、助かった。


 ほれ、お前らはどっかいけ、しっ、しっ……お、おい待てっ! 今舌打ちしたのどっちだ!!




「ふぅ……恩に着る。

 それでだな、このままいくと「白薔薇」が王都に戻ることになるぞ」


「そんなことはこちらも承知しています、ご用件は済みましたか?

 ではさようなら」


「だから待てって!

 今あの黒髪の嬢ちゃんが無事なのは、白薔薇が目を光らせてるからだ!

 お前も見ただろ?

 王都にいた頃はろくに放てなかったくせに、今の白薔薇は一日中殺気を巡らせてやがる」


「もともと、剣聖……「超越者」の弟子です。

 いつ使えるようになったとしてもおかしくはなかったでしょう?」


「問題なのはその濃度だ。

 明らかに俺たちの殺気よりも「濃い」ぞ」


「気のせいですよ。

 おおかた貴方が覗きでもしようとして、彼女の怒りを買ったのでしょう?」


「お、お前いったい俺を何だと思ってるんだ?」


 前から思っていたが、俺に対する評価が低過ぎるだろう。


 これでも、表に出たら称賛を浴びるくらいには活躍してるんだぞ?


「私の裸を覗いてあの人にボコボコにされたのは誰でしたか?」


 あ……、そ、そんな古い話を持ち出すのは卑怯だぞ!


「む、昔のことだし水に流してくれって!

 それにあれは、お前だからつい……」


「私ももういい年ですしどうでもいいですけどね。

 それより、ユーリ様に関するお話はそれだけですか?

 彼女の安全は当家が保証いたしますので、安心してお帰り下さい」


 ったく、そんな簡単に済む話ならわざわざ俺が来るわけないだろうが。


「教会が動く」


「!?

 ……それも冗談なら今度こそあなたに、この世からの別れを告げますよ?」


 お前に本気の殺気を向けられるのはこれで二度目だな。


「大マジだ。

 動き出すのがいつかは分からねえが、用心するに越したことはない。

 これからは俺がこいつでお前を守ってやる……はっ!!!」


「結構です」


 あれ?


 俺の殺気見えてないの?


 いやいやそんなわけないそんなわけない!


 町の不良ども程度なら二秒と持たず気絶するほどに高まっているはず……だよな?


 無論、直接向けたりはしてないが……お前なら感じ取れるはずだ!


「これはな、お前を守る為にこの五年と三ヶ月もの間、修練の末に身に付けたあいつの……俺たちの理想を「俺なり」に目指した結果。

 俺の命を多少削るうえに数分も持たないという欠点はあるが、瞬間的に白薔薇さえかすむほどの高濃度の殺気を放つ……「不殺の剣」だ!」


「……はぁ、「そんなもの」の為にわざわざご苦労様でした。

 でも、あの人と私はそんなものに……人を傷つけるものなどに理想など抱きません」


 傷つける?


 いや、だからこれはただの殺気だから実際には傷つけてない――


「あなたは強すぎるのです。

 肉体だけではなく、その身に宿す心までもが」


 ――またその眼を俺に向けるのか。


 あいつと出会ってからというもの。お前はいつもことある毎にその眼を俺に向けた。


 いったいあいつと俺の何が違うっていうんだ。


 身体が傷つかなければ、生きてさえいれば、いつか必ず癒される時が来るだろ?


 きっとあいつだって生きていれば俺と同じ道を……


「バカなあなたにもわかるように言ってあげます。

 あの人を失った私の心が癒されるのはいつですか?」


 ……


 …………


 …………ああ、そうか。


 俺はまたお前を守れなかったのか。


 二度とお前にそんな顔をさせないために必死で頑張ってきたのに。


 俺のしてきたことは結局、全部無駄だったんだな?


 もうここには来ない、今まで本当にすまなかった。


 教会は俺が潰す。


 ……。


 じゃあ、元気でな――



「あら、その腕どうしたの?」

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