第11話「卑劣な男」
「いたいのいたいのとんでけー……けほけほ」
声が出にくくなってきた?
なんだか喉が痛い……でも、まだお客様が……。
「はーい、ストップ。
あんたもう、三時間も頑張りっぱなしじゃない。
今日はもうこのくらいにして帰りましょう」
あら、リリアーナ戻って来てたのね。
じゃあ、今日はもうおしまいにしましょう。
最後のお客様にグミを……あ、ピンクのはあと一つしかないけど……はい。
「そりゃないぜ!
この怪我見てくれよ。
手にこんなに大きな傷が……」
「おっと、僕が代わろう。
ふぅん、かなり深いね。
これはもうダメだな取ってしまおう」
「は?」
「動かないで」
あら、リリアーナが机の向こうのお客様のところにいるわ。
さっきまで私の隣にいたのに……あ、ピンクのもうひとつあった!
「誰だ……ああ!
リリアーナ元指南役じゃないか!
今まで何をされていたのですか、みんなとても心配していたのですよ?」
「どの口でそんなことを……!
やっぱりいたわね、ルーフェウス。
あなた昨日の……領主様の不正や暗殺の件に関わっているでしょう!」
んむんむ……あら?
あれはいったい何かしら?
リリアーナが邪魔でよく見えない……何か痛がっている人がいそうな気がするのだけど……。
「僕がそんなことに関わっているわけないじゃないですか!?
領主様のお腹が切られたと聞いた時、私の胸は張り裂けそうで……」
「なんで切られたのが「お腹」って知ってるの?」
「……勘ですよ。
私の勘はとてもよく働いてくれるんです。
例えば……そう、そちらにいる女性が領主様を助けたのでは?」
あ、もうちょっとで見えそう……んっ、んむっ!
全力で背伸びをしてもよく見えない……そうだわ、椅子の上にあがってみましょう。
「王都であれだけ女の子をたらしこんでおいて、今度はこの子に手を出そうっての?」
「いえいえ、私の相手はほら。
この通り「間に合っています」ので……」
あ、やっと見え……た?
あれはクリスティーナ……うそっ……そんな姿に……?
「ルゥゥゥゥウフェウスゥゥゥゥ!!!!
貴様その手に掴んでいるのは何だぁぁぁあああああ!!!!」
「あははははははっ!!!
気付いちゃったかい?
紹介しよう僕の妻の……「クリスティーナ・オルゴノット」嬢だ!!!!」
ああ、なんてこと……クリスティーナ。
すぐに治してあげるからね?
「ユーリ離れてっ!!!」
きゃ、ちょっとどうしたのっ、早く治さないと……え?
「一応聞いておくわ。
この子に「何」をしようとした?」
「別に。
繋いでおかないと女の子はすぐに逃げてしまうだろう?
だから足を取っておこうと思っただけだよ?」
「ああ、そうなの……もう隠す気がないのね?
ルーフェウス、あなたが誠実で努力家なのだと勘違いしてしまったこと。
そして、必要以上に剣を教えてしまったことを後悔しない日はなかった……。
でも、それも今日でおしまい」
――
私が王家に剣を指南する役目を任されていた時に「彼」とは出会った。
ロクに剣を振ったことがないのが丸わかり。
そのうえ、貴族の「コネ」でここで学ぶ資格を得たという少年を、馬鹿にしない者はここにはいなかった。
私が何度か注意すると、そういった者は次第にいなくなっていった。
でも、そうなる頃にはまた新しく人が入ってきて、少年を馬鹿にしはじめる。
そういったことを何度か繰り返しているうちに、なんとなく訓練中に彼の姿を目で追いかけるようになった。
何の才能もない少年のはずなのに、ごく一部分だけではあるけど確かに成長していることに気づいた時は、なんだか嬉しかったのを覚えている。
最初は剣の握り方。
次は足運び、そして目線。
その内にただ正面を見ているようで、周囲をきちんと探る「癖」まで身に付けていった。
そして、いつの間にかじりじりと私の域まで達してきていることに私は驚嘆した。
何の才能もなかったはずなのに、ある日「突然」何かが出来るようになる。
きっと、私の見ていないところで、私の想像を超えた過酷な修練を積んでいるのだろう。
それから私は毎日のように、今日は何が出来るようになっているのだろうか?
なんて楽しみにしていた。
だけど――
少年が何かをできるようになったのと「同時」に、まったく同じことが出来なくなっているものがいることにようやく気づいた。
最初は彼に技を盗まれたから、これ以上真似されないように手の内を隠しているのだと思ったけど……違う。
剣を受けたら一目瞭然だった。
昨日まで出来ていたことが、本当に出来なくなっていたのだ。
当然私はそれについて彼に話を聞いたけど、「何も知らない」の一点張り。
だけど、何となく嫌な感じがしたから私は少年のことを警戒するように王宮に伝えておくことにした。
だけど、私の話を聞き終えた大臣は笑って言った。
そんなことあるわけない、と。
彼はただ勤勉なだけだ、と。
「私の「息子」は王家兵法指南役に誰より相応しく成長したのだ」と、そう言っていた。
それから私は役目を下され、王である陛下に話どころか会ってもらうことすらできないまま王宮を離れた。
別にお役目に未練はない。
師匠も辞めたくなったら辞めろと言っていた。
ただ一つ気がかりなのはあの男。
周りから馬鹿にされている時、どこか楽しそうに笑っている時があった。
あの時はひたむきに頑張っているのだと捉えていたが、今ではどうしてもそう思えない。
彼の中には「何か」がいる。
まるで人の悪意を煮詰めて固めたような真っ黒な気配……。
私は「それ」が、彼の身体から立ち上っているのを去り際に確かに見た。
おそらく私は、今度会った時にはあの男を……。
――
「さ、このベッドに寝かせたらいいんだろ?
少しの間眺めていたから、わかってる。
じゃあ、頼むよお嬢さん」
気が付くとあの男……「ルーフェウス」が、泣きそうな顔をしたユーリの横に置いてあるベッドの上にクリスティーナを置いた。
寝かせるのではなく……「置いた」
「私はね。
あなたのことすごいなって思う時もあったのよ?」
「は?
突然なんの話ですか?」
ルーフェウスがこっちを見て笑う……「あの時」と同じように。
「だって、本当に何の才能もなかったのに毎日必死に頑張るんだもの。
女の子なら誰だって応援しちゃうわ」
「それって……告白ですか?
困ったな。
胸が大きくない女性って、なんか気持ち悪いんですよね」
別に好意を持っていたわけじゃない。
ただ、応援してただけ。
剣の才能を持たない人間が剣をモノに出来たなら、それは新しい時代を意味すると思ったから。
「でも……その「模倣」のスキルは欲しいな。
確かCですよね?
弱そうだけど俺「まだ」持ってなくて」
やっぱりそうか。
彼は努力したのではなく、他人からスキルや能力を「奪って」きただけ。
「思いあがるのは止めなさい。
確かに人は「模倣」することで成長する。
でも、あなたには無意味」
「無意味だと?
お前らなんてスキルがなければ、ただの「役立たず」じゃねえか」
これがこいつの本性か……。
ほんと、自分の見る目のなさに嫌になるわね。
「じゃあ試してみる?
どうせもう使ってなかったし、お土産にあげるわ」
「へぇ、いいんですか?
じゃあ、ありがたく……いまお土産って言ったか?
それは「冥土の」って意味じゃないだろうなぁ?」
……はぁ、この技を使ったら後で絶対怒られるんだろうなぁ。
一回だけですから許してくださいね、師匠。
「無視してんじゃねえよ!
おらぁ、「強奪」!!
くっ、くふふっ、これでアンタも俺のモノだ……な!?」
「――我欲するは鋼の意思」
きっと、初めからこうするべきだったのね。
「お、おいおい。
それって剣聖のスキルだろ?
まさかお前が剣聖の弟子って噂、本当だったのかよ?」
「――我求めるは鋼の身体」
本当に剣聖である師匠のスキルを「模倣」なんて出来るわけない。
まして師匠は「超越者」、まして今の私は「スキル無し」
「ひゃ、ひゃはははっ!
何マジになってんだよ?
まあ、これを見ろよ……知ってるか?
完・全・無・敵のアイテムだ!
効果持続時間はなんと1カ月!!!」
「――我の望みは「剣身一体」」
やっぱりあなたが持っていたのね?
私が王宮を出たあの日、部屋に戻ると無くなっていた私だけのお守り。
それをあなたが持っていることは、初めから分かってたわ。
「ま、まさか本当にスキルもなしで剣聖の技を……?
いや、だとしてもこれがあればっ!!!」
私にプレゼントなんて今まで一つもくれたことなかった師匠が、王宮へ行く私のためにと手作りしてくれた最高級の守りのアイテム。
「……い、今なら許してやってもいいぞ?
そうだ、お前も俺の嫁にしてや……」
またひとつ、師匠に謝らないといけないことが増えちゃったな。
「我流奥義――「模倣・剣帝式」 終の太刀 桜花絢爛っ!!!」
「う、うわぁ!!
……な、なんだっ、何も起きないじゃないかっ!
やった、俺の勝ちだ!!!」
あぁ、やっぱりこの技……私には無理だったのね。
「手加減しなかったのは謝るわ。
でも、一分でも力を逃がしてたら、きっと冒険者ギルドが壊れちゃってたもの」
身体中からプチプチと嫌な音が聞こえる。
「はぁ?
いつまで余裕気取ってんだよ。
お前は俺のアイテム……いや、俺様の力に負けたんだよ!!!」
一秒ごとに、せっかくここまで鍛えた全身の筋肉が千切れ飛んでいってるのがわかる。
「多分何か言ってるのだと思うけど、私には聞こえないの。
だってあなたもう……」
この分だと内臓もいくつかイっちゃったかな。
「え?
なんで、俺の身体が透けて――」
「死んじゃったから」
でも、心配することなんてない。
私もクリスティーナもきっと大丈夫。
だって、私達にはユーリがいるもの。
男を見る目がない私だけど、「女」を見る目には自信あるんだか……ら。
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