第8話「もうひとつのスキル」
「す、すまない!
きっとこの石板が壊れているんだ!」
ぐすん……、じゃあ何で回復スキルは書いてあったの?
「そ、それは……」
「ほらほら、見てくださいませ!
あんなところに大きな猫さんがいますわっ!!
か、可愛いですわ!!!」
大きな猫……さん? そっちの窓から見えるの?
人が沢山いる……あ、ホントだわ、おっきな猫さんがいる!
風船を配ってるのかしら……大変っ、私の分もあるのか聞いてみないと!
猫さーん!
あ、こっち向いた!
可愛いわ……えっ、猫さんの姿がきえちゃった!
どこに行ったのかしら? ……うーん、ここからじゃよく見えないわ。
「やっと見つけたわ!」
猫さん!
「猫さんじゃないわよ!
私よ私っ、「リリアーナ」よ!
あなた、あれから急にどこ行ってたの!?
しかも、ここって領主様の家……やっぱりここの娘だったんじゃないっ!!!」
猫さんのお名前はリリアーナというのね? あ、尻尾生えてる。
あ、そうだわ。さっき気づいたのだけど私もしっぽがあったの。お揃いね?
でもね、後ろじゃなくてなぜか前に……。
「い、嫌ですわっ!
しっぽは後ろについているものですもの。
きっと見間違えたのですわ!!」
「何の話してるのよ!
ほらっ、これでわかるでしょ……っと、ぷはっ!
やっぱり、暑いわね」
まぁ、猫さんの中から「リリアーナ」が出てきたわ!
食べられてたのね? 本で見たことあるから大丈夫、わたしが助けてあげるわ。
あなたの代わりに大きな石を詰めれば助かるはず。待っててね?
「食べられてない!!!
ちょっと、ただでさえ暑いんだから引っ付かないで、って、うわわっ!!」
今助けてあげるからじっとしてるのよ?
石はないからこの石板を代わりに使いましょう。
まずは猫さんの頭に目隠しして……あら? どうして頭が外れてるの?
「そ、その石板は結構高価なものなんだが……」
「あのリリアーナさん、その、も、モフモフしてもいいですか……?」
「……もう、好きにして」
――
「話は分かったわ。
で、「それ」がどうしたのでしょうか?」
どうしたのって、私名前なくて……ぐすん。
「いいから、あんたはここでじっとしてなさい!
私は領主様に聞いてるの!
何で領主様を助けたこの子が、こんな所で責められているのですか!?」
あ、力いっぱい抱きしめられちゃってる。
わたし、こういうの結構好きよ?
「いや、長年領主をしていたが名前がないのは初めてだったので驚いただけなんだ。
申し訳ない」
「名前がないことはそんなに珍しいんですの?」
「まあ、お腹の中にいる子供でも、親が名前を呼べばその時点で石板に刻まれると言われているから……ですよね、領主様?」
「その通りだ。
しかし、名前がないと不便だろう」
「じゃあ、私が付けてあげるわよ。
ね、ユーリ」
ユーリ? それってもしかして私のこと?
「あ、それって慈愛の女神「ユーリナ・ティシリア」様からとられたのですね?」
「まあね。
回復スキルが使えるなら別にいいでしょ。
大体女の子の名前の定番と言えば「ユーリナ」様よ。
私のリリア―「ナ」とか、クリスティー「ナ」とか、伸ばした後に「ナ」を付けるのは子供の幸せを願うこの国の風習だもの」
でも、じゃあ何で私の名前に「ナ」が入ってないの?
もしかしてリリアーナ私のこと……ぐすん。
「ちょ、そういうのと違うってば!
別に「ナ」が付いていない人だって多いのよ!
それに、あなたは回復スキルを持ってるから、ユーリの方が「目印」になるでしょ?」
目印って? 誰か私のこと狙ってるの?
「はぁ、どうせあんたのことだからお金もあんまり持ってないんでしょ?
ギルドで働いてるオリヴィアに話を通しといたから、回復スキルで人を治す仕事でもすればいいわ」
「いいですわねっ!
回復スキルを使える方のお名前が「ユーリ」様だなんて、ご利益もありそうですし」
「では、そのように登録しておこう。
この国での身分証がギルドで働くなら必要だが……冒険者ギルドで働くならそちらでもらえるから大丈夫そうだな。
悪いが少し席を外させてもらうよ」
ユーリ……ゆーり、ゆり、百合。百合――
「たくっ、名前くらいで泣くんじゃないわよ!
って、ユーリ?」
あ、ごめんなさい。
なんだか昔、そんな風に呼ばれていたような気がしたの。
「それって気に入ったってことでいいの……よね?
はぁ、まあいいわ。
あとは「ダブルスキル」の話ね?」
「はい。
先ほど女神の石板で調べたところ確かに二つありました。
ええと、「男の子スキル」と書いてありますわ。
効果はまだ調べていませんがおそらく……」
「男の子……?
少し歩いただけで倒れたのに?
見た目も可愛いし、「男要素」なんてないわよ」
むずかしいお話が出来て二人ともすごいわね。
あ、さっき抱きしてもらったお礼をしなくちゃ。
ほら、私からも抱きしめてあげる……ぎゅうっ。
「……だんだんこの子のこういう所、好きになってきたかも……胸以外」
「こちらの本棚に確かスキルに関して記載された本が……あ、ありましたわ。
男の子スキルは……これですわね!
えっと、……は、ハズレスキルかもしれません」
ハズレスキルってなあに?
「使い道のないスキルってことよ。
ちょっとその部分読んでくれる?
って、あ……私ったらクリスティーナ様に向かってさっきからなんて口を……!?」
「いいんです!
私あんまり友達いなかったので……う、嬉しいですわ!」
そういえば、私も本の外のお友達は初めてだわ。
「……わ、私はオリヴィアがいるから違うわよ?
ま、まぁ他にはいないけど……っていいのよそんなことっ!
じゃあ……クリスティーナ? 説明をお願い」
「あ、はい!
以前男性の方に発現した時の例ですが……「効果不明」になっています」
「それって、どういうこと?」
私が教えてあげる!
それはね……「わからない」って意味なのよ?
「そ、その通りです。
なのでこのスキルの効果は不明……あ」
「……「あ」?
「あ」ってなによ、なんか知ってるの?
よくわかんないし、ハズレスキルってことでいいんでしょ?」
「そ、その通りですわ!
やっぱり「天は二物を与えず」、ユーリ様には回復スキルがあるので、こちらのスキルは非表示にするようお父様に伝えておきますわねっ」
「あ、ギルドカードのスキル欄?
まあ、それがいいわよね。
ダブルスキルってだけで変な嫉妬する輩もいそうだし」
もうひとつは結局使えないのね? でも、回復スキルだけで充分だわ。
誰かが苦しんでいるときに、何も出来ないのは辛いこと。
そして、何もできないことを悲しんでいる人を見るのはそれよりもずっと辛いこと。
回復スキルがあれば、そのどちらもきっと助けてあげられる。
「何よ、ユーリのくせにいうじゃない?
でも、いいわねその心。
私もできることは手伝うわよ。
ね、クリスティーナ!」
「も、もちろん私もお手伝いいたします!
では、そろそろお食事にいたしましょうか。
メアリ―、皆様にお食事をお出ししてもらえる?」
まあ、皆で食べるなんて物語みたい。
早く「見てみたい」わ!
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