第6話「失意の令嬢」
※第5話:クリスティーナ視点のお話です
このままではいけません。
「お嬢様、そろそろ朝食のお時間です」
このままでは愛する家族を失ってしまう。
「……お嬢様、旦那様のお見送りはいいのですか?」
このままでは、このままではダメですのにっ!
「お嬢様、旦那様はお出かけになりましたが、よろしかったのですか?」
……。
同じ「会えない」でも、生きてさえいてくれれば……。
私は今日、夢を見ることを諦めます。
今までありがとうお父様。
「お嬢様、こちらのお手紙は一体?」
「彼に届けてくださいな……ええ、そうです」
私はメイドにそう言って「鎖」を渡す。
そう、「鎖」だ。
ずっと前からこの首にかかった首輪と繋がった鎖。
この手紙を彼が手にしたら、私は彼の「所有物」になる。
以前の私なら、きっとそれを喜んだ。
いえ、少し違う。
以前のままの彼なら、私は喜んだ。
そう、彼は……変わってしまった――
――
彼、「ルーフェウス」と私は、仲のいいお友達だった。
お父様たちは平民である彼のことをあまり快く思っていなかったみたいだけど、それでも私たちが一緒に遊ぶのを止めたりはしなかった。
だから私たちは何をするのも、どこへ行くのも一緒。
友達を作ることが苦手な私にとって、ルーフェウスは何よりも大切な存在だった。
きっとこれからも楽しい日々が続くと思っていた……だけど。
ある日、彼は突然、私と同じ貴族になっていた。
最初はこれでもっと一緒にいられる! と、私は喜んだ。
だけど、貴族の一員として迎えられたルーフェウスは、日を重ねるにつれてだんだんと様子が変わってきた。
最後に会った時の彼は、まるで、この世のすべてを憎んでいるかのように恐ろしい顔をしていた……
――
……っ、いけない!
昔のことをぼうっと考えていたら、手紙に書いておいた待ち合わせ時間が迫っている。
私は急いで支度を済ませ、お客様用のお部屋の前まで移動して、扉をゆっくりと開いた。
「よう、来てやったぞ?
相変わらずみすぼらしい小屋だな?」
彼はもう来ていたようだ。
相変わらず昔の面影を感じさせない凶悪な顔で、一切の遠慮なく私の身体を嘗め回すように見てくる。
どうしてあなたはそんなに変わってしまったの……。
「それとも、これが田舎の流行りか?
んん……?
そう考えるとなかなかよく見えて……こねえよっ!」
ガチャン! と音を立てて花瓶が床に落ちた。
あれはメアリーが大切に育ててくれたものなのに……!
変わり果てた姿になったお花を、今すぐ拾い集めたい衝動にかられてしまう。
だけど……ぐっ、とこらえて正面を向く。
「お待たせいたしました。
北バウリナキユ王国:王家兵法指南役「ルーフェウス・エグバート」様。
本日は多忙の……」
「おいおい、そんな挨拶はどうでもいいんだ。
それよりも今、何といった?
ルーフェウス・エグバートだと、「ルーフェウス・オルガノット」様だろうが!」
「お、恐れながらまだ、正式な婚姻を結んだわけではありませんので……」
「お前は何を勘違いしている?
婚約届にサインした以上、お前は俺のモノなんだよ!」
強引に顎を持ち上げられ、呼吸が瞬間的にできなくなる。
く、くじけるのはまだ先です……「オルガノット」家のものとして、膝を屈するわけにはいきません。
「……ぷはっ!
そ、それを渡す代わりに「願いを一つ叶えてほしい」と書いてあったはずです」
「そうだったか?
……いいぞ、望みを言ってみろ。
ただし、その後は……わかってるな?」
「ええ、もちろん。
メアリー、お父様を呼び戻してちょうだい」
「ちっ、時間がかかりそうだな……。
風呂はどこにある?
最初くらい気を使ってやろうというんだ、優しいだろ?
はーはっはっ!!!」
これでいい。これでお父様は助かる。なら私は――
――
いつまで経ってもお父様は戻ってこない。
それもそのはず、私のしたことはどうやら「遅すぎた」らしい。
町の外門まで直接様子を伺おうとやってきた私に、親切な冒険者の女の子が教えてくれた。
父は最後まで「オルガノット家の男」としての生き方を貫いたらしい。
娘として誇りに思う。
私も「オルガノット家の女」として、恥のない終わりを迎えなくてはならない。
それが私の……。
「おいおい、ちゃんといい子で待ってないとダメだろう?」
ルーフェウス……? や、やっぱりさっきの話はなかったことに……。
「できねえよ」
でも、まだ私の願いを叶えていないのだからあれは無効……っ!?
「もうお前は俺のもんなんだよ……あーはっはっは!!!」
彼はそう言って私に見せつけるように、今朝送ったばかりの「婚約を誓った書状」を懐から取り出した。
でも、わたしとの約束はまだ……。
「お前が「破った」んだろ?
俺は望みを叶えると約束した。
お前は父親を連れて来ると約束した。
なのに連れてこないのはお前の都合だろうがぁ!!!」
ルーフェウス、貴方……本当に変わってしまったのね。
私の目の前にいる彼に、昔の面影はもうどこにも残っていない。
誰にでも優しくて、温かくかった……そう、まるでさっき会った彼女みたいに――
――
あれからいったい私はどうしていたのだろう。
いつの間にかエントランスの真ん中にいた。
ああ、そうだ……彼を待っていたのだった。
まだ夜だというのに私ったら、ふふっ、おかしいの……。
身体から立ち上る花の香りがいつもよりも濃い。
……よく覚えていないけど彼が去り際に言った通り、私は身体の隅々まで綺麗にお手入れできたみたい。
きっと、これなら彼も満足するだろう。
そういえば……なぜ彼はこの屋敷で待たずに、外門の近くにいたのだろう?
いったい何をして……いえ、もうどうでもいい。
お父様の跡を継げるのは私だけ、お父様の代わりが務まる人を見つけるまで、私は生きている必要がある。
それが私の務め……。
だから、それまで私は彼の「モノ」でいよう。
でも、それがすべて終わったなら旅に出るの。
とても、とても遠いところまで――
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