第5話「おまじない」

 何となくこっちかなと思う方へゆっくりと歩いていくと、所々で泣き崩れている人がいる。


 何でそんなに悲しいの?


 後で話を聞いてあげないといけないわね。


 でも、今はさっきの男の人……クリスティーナのお父さんが先ね。


 あちこちにある、涙を「目印」にしながら先の方へ歩いていくと、さっき見たのと同じ馬車があった。


 馬はどこかに消えてしまって、扉もなくなっているみたいだけど……クリスティーナのお父さんはあそこにいるのかしら?


「何か御用ですか?」


 変わった格好の女の人が近寄ってきた。あの格好は……修道女さん!


「シスターが珍しいのですか? 

 面倒くさがらずに、ちゃんと週に一度はミサに参加しないといけませんよ?」


 ロザリオってすごく綺麗。想像してたものより大きなものだったのね。


「まだ、領主様への鎮魂の祈りは終わっていませんので、少し離れていてくださいね」


 鎮魂の祈りってなあに?


「現世で役目を終えた魂を鎮めて、天へと導かれるように祈りを捧げるのです」


 まぁ、なんだかすごそう……でもおかしいわ。


 クリスティーナのお父さんはまだ、役目を終えてないわよ?


「え?」


 だって、クリスティーナが泣いてたもの。


 振り返った修道女さんは、困ったようにこちらを見つめる。


「クリス……領主様のご息女のことですか?」


 泣いてる時にお父さんが来てくれたら嬉しいでしょ?


「それはそうかもしれませんが……そもそも、本当に泣いていたのですか? 

 あの方達はそういう姿を見せることを嫌って……え? 

 あなた、回復スキルをお持ちなのですか?」


 よくわからないわ。


「いえ、確かに持ってます。

 なぜ活性化なさらないのですか?」


 そもそも、活性化が何なのかもわからないの。あなたは知ってるの?


「知らないのですか? 

 いいでしょう、それでは静かに聞いてくださいね」


 ええ、もちろん。


「我々をいつも見守ってくださる、女神「ユーリナ・ティシリア」のお恵みである「スキル」は、稀に強大な力を持つ場合があります。

 生まれて間もない脆弱な肉体の負担にならないように、スキルの力を制限……つまり「不活性」にした状態で私たちのもとへ贈られるのです。

 そして……」


 なんだかとっても難しいのね。


 それで修道女さん、活性化はどうすれば出来るの?


「途中で話を遮ってはいけません!

 でも、「回復」スキル所持者は教会の宝なので許してあげます。

 特別待遇というわけですね。

 はい、両手をこちらに出して下さい」


 手を伸ばす……こう?


「ふむふむ……ふむ。

 これは……Aランクっ、伝説級じゃないっ!?

 す、すぐに本部に連絡しないと……!!! 

 し、しかも「ダブルスキル」持ち! 

 もう一つは……「男の子スキル」? 

 なんだ、多分ハズレね。

 でもダメなスキルでも工夫すれば何かしら使い道があるもの……S!? 

 え、嘘っ、間違いありません! 

 本物の……、「超越者」!!!」


 えーっと、まだ活性化できないのかしら? あと、手が少しくすぐったいわ。


「は、ははっ、はい! 今します! すぐします! 何でもします!

 偉そうにして申し訳ありませんでした!!! 

 今すぐにっ……はい、できました! 

 そそ、それでは私はこれで……っ!!!!」


 シスターさんがすごい速さで森の奥へ走っていく。


 あれ、鎮魂のなんとかはもういいの?


 じゃあ、……通っちゃう!


 さっき見たのと同じ馬車の中を覗いてみたけど、中身は空っぽ。


 ……?


 あ、そこにいたのね。


 馬車の後ろに回りこむと、横たわっているクリスティーナのお父さんをみつけた。お腹めくりっ……あ、もうさっきの出てないのね。でも……痛そう。


 回復スキルを使ってみようかしら。


 それとも起きるまで待ったほうが良いのかしら。


 んー? 


 物語だとこういう時はたしか……。


「……ぐ、ぐはっ! 

 ま、まだかシスター? 

 早くせねば私は穢れて堕ちてしまう!!」


「え、修道女さんはもう帰ってしまったけど……止めた方がよかった?」


 王子様が白馬に乗ってキスしに来るのを待とうと思ったけど、その前に起きちゃった。


 実際に見てみたかったのに、すごく残念。


「何だと!? 

 お前はいったい、ぐ、ぐぷっ……はぁ、はぁ、……あ、ああ、おまえさんはさっきのお嬢さんかな? 

 こんな所でどうしたんだい?」


「迷子になったのかと思って探しにきたの」


「迷子か……ふははっ。

 おや、もう活性化できたのか……でも、多分私はもう……」


「えっと、かいふくー!」


 クリスティーナのお父さんのお腹に手をかざして、回復スキルを使う……っぽい動きをしてみる。


 なんだか魔法使いになったみたい。


「ははは、そんなんじゃダメだよ。

 あ、いや私はもう治ったけどね。

 すごいな君は!」


 クリスティーナのお父さんはなんだか嬉しそうな、悲しそうな顔で笑ってる。


「スキルというのはね、「夢」が形になったものと言われているんだ。

 信じられるかい? 

 人間は生まれる前から「夢」を持っているんだ。

 女神さまはその「夢」を「スキル」へと変えて、私たちに授けてくれる。

 そう、昔から信じられているんだよ」


 それよりも治ったのに、なんでまだ泣いてるの?  

 それに、隠したら本当に治ったか確かめられないじゃない。


「泣いているように見えるかい? ……それは気のせいだよ。さっ、それよりも最後にスキルの使い方を教えてあげよう」


 クリスティーナのお父さんは私の手をとると、にっこりと笑う。


「活性化したスキルと「想い」が重なればスキルはその力を我々に見せてくれる。そのためにはイメージが大事なんだ。例えば昔、剣帝様が使う時は「我欲するは鋼の意思。我求めるは鋼の身体。我の望みは……」と口にされていた。最後の方はよく聞こえなかったが」


 つまり……「おまじない」のことね?


「おまじない……はははっ、そうだよ、おまじないだ! 

 はははっ、んん!?

 ぐぅ、ぐ、ぐふっ……だ、大丈夫だ、ちょっと休めばすぐ、に……」


 おまじないといえば……「ちちんぷいぷい」「あっちむいてほい」「ひらけごま」んー。あとなにがあったかしら?


「はぁ、はぁ……お嬢さん? 

 練習の続きは、おうちに帰ってからゆっくりするといい。

 おじさんは少し、眠たくなってしまったよ。

 さっ、お帰り」


 他にも何かあったような……えーと、…………あ、思い出した。


「いたいのいたいのとんでけー」


 おまじないを唱えながらクリスティーナのお父さんのお腹にぺたぺたと手をくっつけてみる。あら? なんだか体から力が抜けていくような……。


「ふふふ、気が済んだかい? 

 じゃあ、そろそろ……んん!? 

 い、痛みが消えた!? 

 そ、そんな馬鹿な! 

 はは、嘘に決まってる! 

 こんなことあるはずが……傷がない!!」


 あんまり大きな声を出すと疲れちゃうのよ? 私も疲れたから、一緒に休む?


「ああ、そうだな。

 ゆっくり休むといい。

 後は私に任せてくれ。

 おい、そこにいる者達……私は無事だぞ! 

 少し頼みたいことがあるからこっちに来てくれっ!」


 ふふふ、元気になった途端あそびにいくのね? なんだか子供みたいで可愛い。


 私の赤ちゃんも、こんな風に元気に育ってくれたら幸せね……。


「おいおい、そこっ! 

 もう少し静かに作業しないか! 

 小さな女神が起きてしまうではないか」


 ……あ、女神様がいるの? 私見たことない。それに小さいんだ? いいな、私も見てみた……い……すー。すー。

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