第4話「最後の1人」
「やっと着いた。結局、ずっと寝てたわねこの子。ん? ……何かあったのかしら?」
馬車停に立ち寄った商人の馬車に乗せてもらい、ようやく帰ってきた町が何やら騒がしい。
それにしても、馬車の進み具合がなんだかやたらとゆっくりだった気がするけど、気のせいかしら。
ずっと、商人がこの子の方を盗み見てた気がするけど、髪色以外特別変わったところは……あ。
女の子にぶら下がっている二つの大きなふくらみを見てすべてを理解した。
……………………ちっ。
後で衛兵にいいつけてやる。
別に私の方に一度たりとも視線を向けなかったから怒ってるわけではない。
女の敵はただ滅ぶべし。
他に理由なんてない。……………………ちっ。
「リリアーナ! 大変なの。領主様が子供をかばって……!」
町で起きている騒ぎを遠巻きに眺めていると、いったいどこから出てきたのか突然女性が飛びつくように迫ってくる。
「落ち着いて、オリヴィア! いーい、まずは深呼吸よ!」
「う、うん。今するね?」
三秒吸って、六秒吐いて、三秒吸って、六秒吐いて……よし、いいわよ。
「ふぅ。……リリアーナ大変なの! 王都から来たっていう冒険者が子供に手をあげようとしてね、これからお出かけになる領主様がそれを止めようとしたのだけど! なんてこったい、まさかまさかの展開で!!」
「……おっけー、大体わかったわ。
私に任せて。
あと、さっきの呼吸もう一度やりなさい。一時間くらい」
「わわ、分かったわ! 三秒吐いて! 六秒吐いて! 三秒吐い、てっ……げほっげほっ! あ、あれ? さっきは出来たのに何で!?」
相変わらず、私の親友は緊急事態になるといつもポンコツになる。
まあ、そのうち落ち着くでしょうしほっときましょうか。
それより王都の冒険者ねぇ?
子供に向かって男が大声で何か喚いている。
ちょっと待って、あいつ剣を持ってない?
あれを子供に向ける気?
さすがにそれは……向けた。
見下げ果てた男ね……ちゃきっ。
「いったい俺がどこの誰だかわかってんのか?
何を隠そうこの俺は、あの伝説の剣聖「ローズリー・カトリーナ」の一番弟子「リリアーナ」だ!
おいそこのクソガキ、俺になんて言った?
俺はな、顔のことを言われるのが一番大嫌いなんだよっ、おらぁ!!!!」
「そこまでにしておきなさい、ブサイクくん?」
子供の前に全力で移動技能を使ってたどり着く。
それと同時に振り下ろされた剣の根元を柄「すれすれ」で、切り裂く。
それすなわち――
――カトリーナ流 抜剣術、一の型「疾風返し」
切り落とした剣の先が地面に落ちる頃、ようやく男は私の存在に気づいたらしい。
「お、おいお前!
今何しやがった!?
それにお前今、ブサイクって言っただろ!!」
男が後ろから新しい剣を取り出しながら喚く。
……ちっ、もうひとつ持ってるのね。
「いいえ、ハンサム君といったのよ。気を悪くした?」
適当なことを言って気を逸らしながら、子供の安全を確保する。
子供に手を挙げようとしたとはいえ、この男も生まれついての「コンプレックス」に悩まされるいわば被害者だ。
私にも少し、ほんのすこーっしだが、理解できなくもない。
自分が気にしていることを、他人から言われるのは誰だって辛いものだ。
だからと言って子供に手をあげていいわけでもないけど、未遂だしね。
そんな風に、無理やり納得する為の言い訳をいくつも考える。
それでも私は、子供に向けて剣を抜いた男を今すぐ切り捨ててしまいたいという「衝動」に身を任せてしまいそうになる……だけど。
人を活かす剣と書いて「活人剣」
私達の剣はそう、決して人を傷つける為のものではないのだ。
だから大人しく罪を償ってくれさえすれば私は許して……
「どけよ、ブス!!
男みたいな胸しやがって気持ち悪りいんだよっ!!!!」
――ぷち。
「死ねええええええええええええぇぇぇっっっ!!!!」
――
「助かった。面倒を掛けたな」
ん……あれ? リリアーナはどこにいったのかしら?
「お、オレ、大きくなったら結婚してやるよ!
胸がなくても!!」
あ、子供がいる。うふふ、あんなにちっちゃいのに動いてる。かわいい。
「あ、ありがとう……?
気持ちはとっても嬉しいの。
だけどね……」
いたいた。リリアーナったらあんなところで遊んでたのね? いいわ、終わるまで待っててあげる。
「ん?
なんかすごく不愉快な視線を感じる……あ、起きたの?」
あら、もう少し遊んでてもいいのに。
なら、今度は私がその子と遊んであげようかしら。
「どこいくのよ。
あなた、自分の父親がひどい目に合ってるっていうのにのん気なもん……うわっ!」
パパ!? パパがいるの!? どこに!? どこなの!?
「おおお、落ち着きなさいってば、あそこよ、あの馬車の中にいるわ!」
そんな! まさかまた会えるなんて! ママもいるの? パパー!
「おいおい、そんなにドアを叩いていったいどうした?」
「ちょっと、じっとしてなさいってば!
あ、領主様?
先程は言いそびれてしまったのですが、森で迷子になっていたお嬢様をお連れしました!」
「な、何!?
朝から見ないと思ったが、まさかそんなことに!?
い、今開けるからな!」
知らない男の人の声が聞こえる。でも、乗っているのは……
「パパ!」
「おお、愛しのクリスティ!」
……。
…………。
………………?
「「誰?」」
「え、違うの?」
「「うん」」
「……ごめんなさい」
話を聞いてみると、何故かリリアーナは私をこの男の人の子供だと思っていたみたい。まあ、間違いは誰にでもあるもの。私は気にしてないわ。
「いっとくけど、思ってること全部顔に出てるからね?」
……てとてとちっぷる?
「て・と・て・と・ち・つ・ぷ・る」
すごい!! どうしてわかるの?
「簡単よ、あんた考えてる時も口に……」
「楽しいお喋りを邪魔してすまんが、わしはそろそろ行かねばならんのでな」
さっきの男の人がまた来た。リリアーナに何か渡してる。私の分はないのかしら? ……ん?
「少ないが礼だよ。
二人で分けなさい。
ではな」
「待って」
私は男の人のもとに向かう。
「おや、どうしたんだい?」
「痛いの?」
「!?」
「あんたいきなり何言ってんのよ?」
「痛いんでしょ?
胸の下の方……ううん、お腹ね」
「驚いた。
回復スキル持ちか」
「え、回復スキルってそんなことまでわかるんですか?」
「ああ、高ランクの場合だけだが……おそらく「A」だろうな」
「うそ、それって「伝説級」!?」
「お腹見せて」
男の人が何か喋ってるけど、無視して服を引っぺがしてお腹をみてみる。
なんか出てる……なにこれ?
「な、内臓が飛び出してるじゃないですか!?
なんで黙ってるんですか!?
そういえばさっきオリヴィアが子供をかばったって……」
「これは気にしなくていい」
男の人はまた服を着て傷を隠してしまう。
どうしてかしら?
「りょ、領主様!? この傷はすぐに治療しないと手遅れに……」
「いいと言ってるんだっ!!!!」
きーん、と頭まで音が響く。とっても大きな声が出せるのね。びっくり。
「はっ、す、すまない。
だが本当にいいんだ。
それにみたところお嬢さんのスキルは、まだ活性化していない。
ギルドに行けばしてもらえるから時間のある時に行ってみるといい」
「……ホントだわ。
Aランクのスキルを活性化してないって……
どこの田舎者よ……って、そうではなく!!」
「いってくれ」
リリアーナが止めようとするけど、馬車は力強く動き出してしまう。
すっごく痛そうだったのに、どうして我慢するんだろう。
「お父様!
お父様はどこ!?」
さっきの男の人に似た雰囲気の女の子が、誰かを探してる。もしかしてあの子……
「領主様のことですか?
であれば、たった今発たれたところですが……」
「その話は本当!?
ああ、なんてこと!
せっかく、王家からの使者が来てくださいましたのに!」
「どういうことですか?」
「父はハメられたのです!
何にも悪いことなんてしてないのに!
いつも夜遅くまでお仕事していた父に悪いことする時間なんてあるはずないのに!!」
「まさか……冤罪をかけられたと!?
それで、王都から使者が来た……すると冤罪をかけた相手は……まさか!?」
突然走り出すリリアーナ。あ、待って。そんなに早くは走れないわ!
「あんたは待ってなさい!
私の勘が正しければ領主様は……いえ、とにかく救援に向かいます!
あ、オリヴィア?
すぐに救援をお願い。
理由は後!
森を右に迂回した平原までお願い!
私は先に行くから!」
綺麗な石を耳に当てながら何か喋ってる。走りながらお話できるなんてすごく器用だわ。
「ああ、お父様……」
取り残された女の子、えっと、クリスティーだったかしら?
「あら、あなたどうして私のお名前を?」
!? クリスティーも私の考えてることがわかるの!?
「え……?
あ、うふふっ、考え事をなされている時、可愛いお口から言葉が零れてしまっていますわ。
あと、私の名前は正しくはクリスティー「ナ」ですわ」
なんだ、声が出ていたのね。声を出すのって思ったよりずっと簡単なのね。
「?
なんだか変わった女の子ですのね?
あの、よかったらお友達になってくださいませんか?」
クリスティーナが友達になりたいって……私と?
「もちろんですわ」
友達っていうことはもしかすると、私の赤ちゃんを産んでくれたりするのかしら?
「そ、そういうことはもっと親密になってからでないと……そ、それにあなたは女の子ではないですか!?」
それもそうね。結局、男の人の「アレ」なんてついてないし。やっぱり自分で産むしかないのね。……頑張る!
「こ、ここっ、こんなところで履物をめくってはいけません! 殿方に見られでもしたら大変なことになってしまいます!」
「……何してるのよアンタたち」
「あ、お父様は!?
お父様のご様子はいかがでしたか!?」
「立派だったわ。
……最後の瞬間までね。
本当に……立派だった」
「…………そうですか。
父に代わってお礼を言います。
このお礼は後日改めて……では、またお話ししましょうね?」
何事もなかったかのようにクリスティーナが帰っていく。
「町に暮らす人の平安を乱さないように、騒ぎを大きくしないように、耐えていらっしゃるのね……親子揃ってなんて立派な生き方なのかしら」
リリアーナが来た方向をみると、悲しそうな顔をした人達がこちらの方へ向かって歩いてくるのが見えた。
私はそれをじっと見ていたけど、最後の一人になってもさっきの男の人は帰ってこなかった。
「きっと、迷子になったのね」
私はさっきまでの人の流れに逆らうように歩きはじめた。
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