第200話 オーブリー・フィッチ海軍少将

空母サラトガ。

愛称はシスター・サラ。

ハワイ海中に没した空母レキシントン、愛称レディレックスの2番艦であることから、シスター・サラと呼ばれるようになった。


日本との開戦時、空母サラトガはアメリカ西海岸のサンディエゴ海軍基地において改修工事を受けていた。


12月8日、日本軍の真珠湾急襲の報を受け、その翌日にはハワイに向け出港したが、オアフ島到着は12月15日になる見込みであり、ハワイ近海まで接近した段階で戦局の不利は明らかとなり、依然として日本の空母群が遊弋(ゆうよく)していることを考慮すると、それ以上の接近は危険と判断され、ハワイ北東海域で待機するうちに、オアフ島は陥落、ハワイ女王国として独立されることとなったのである。


シスター・サラの飛行甲板は、長さ約277メートル、幅約40メートルである。航空機から見れば小さく見える飛行甲板であるが、乗員の視点では相当に広く感じる。

参考としてサッカー場の広さは、105メートル✕68メートルであることから、ざっくり1.5倍くらいの広さだといえる。


その飛行甲板上で、歩を進める男がいる。

オーブリー・フィッチ海軍少将、58歳。空母サラトガを旗艦とする第14任務部隊の指揮官である。


ヘルメットの下の顔立ちは、刻み込まれた皺と日に焼けた面相は長い海上生活を感じさせ精悍に映るが、それ以上に垂れ目がとても人懐こい印象を抱かせる。

実際にその性格も温厚であるが、若い頃から身体能力が抜きん出ており、海軍兵学校の体育教官を努め、40代後半で飛行士の資格を取得するなど、例えるならば草野仁的な存在感を放つ男である。


美しい所作で歩みを進めるフィッチ提督のもとに、参謀が駆け寄る。


「提督、間もなく日が落ちます。ミッドウェーからの報告に新たなものはありませんでした。」


「そうか、やはり見つからんか。敵戦艦群のみ判明ということだね?」


「イエッサー、2時間前の報告が最終です。敵戦艦群の位置はミッドウェー北東490キロメートル地点にあり、ミッドウェーに向けて航行中とのことですが、その他空母群等は判明しておりません。」


「敵戦艦群の規模は、戦艦クラス4隻程度、巡洋艦クラス5隻程度、軽空母1隻、その他多数だったかね。」


「はい、ミッドウェーの偵察機は2機とも撃墜されてしまいました。」


「うむ、ミッドウェーはあまりに小さいただの環礁。隠れる場所すらない。それだけの戦艦群が向かっている以上、艦砲射撃を受ければミッドウェーは、何も残らんだろう。」


「はい。」


「守備隊はどうかな」


「イエッサー、無線によれば、士気旺盛です!」


「そうか・・・・あそこには私の教官時代の教え子もいるんだよ。命を懸けた彼らのためにも、奴等に一矢報いねばならん。」


「イエッサー。」


「今の所、奴等は後背に忍び寄る我々に気付いておらん。明朝、敵空母群は、必ずミッドウェーに空撃を仕掛ける。ミッドウェー航空隊が敵空母群の位置を明らかにしたとき、我々は全力をもって空撃を行い、敵空母群を1隻でも多く海の藻屑にしてやる。」


「イエッサー!」


「ただし、許された攻撃は一撃のみだ。レキシントンが沈み、エンタープライズが大破している状況では、当艦が唯一、日本軍を牽制できる存在だからな。」


「イエッサー!」


「では頼むぞ参謀長!、私もこの一本を吸ってから戻るよ。」


「イエッサー!」


参謀長は踵を返して小走りに駆け戻ってゆく。その姿を見送り、フィッチ提督は美しいサンセットにマッチの火を重ねながら、煙草に火を点ける。


吹ウウゥゥ

白い煙が尾を引いて流れてゆく。


「フィリピンもやられてジャワ島に撤退し、長くは保たない。グアムも占領された。オアフ島は独立だか占領だか知らんがやられた。」


「大統領も、キンメル司令長官も、このままミッドウェーがやられるのを指を咥えて見ているわけにいかないのもわかる。そして、国民に向けて、この作戦で一矢報いたい気持ちもわかる・・・・・」


「だが・・・・・・」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る