第194話 第二部 独立宣言

イオラニ宮殿、王座の間。

豪奢かつ荘厳な空間である。

広さはダンスホールくらい、床はハワイの観葉植物モンステラをあしらった紅の絨毯、壁と高い天井は白亜に輝き、四方の高窓には真紅のカーテンが掛けられて差し込む太陽光を紅桃色に変え、シャンデリアはその光を増幅させて七色の光を放つ。


王座は正面に二段高くなっており、金色の椅子が二脚置かれている。

その王座の隣には、43年ぶりに、ハワイ王国旗であるロイヤル・スタンダード旗が掲げられ、その両側に大日本帝國旗とアメリカ国旗が並んで掲げられていた。


12月14日午後、この王座を前にして、3人の女性が美しい正装を着用し、その左右に旧ハワイ王室関係者の末裔達数名が整列し、その前には新聞記者とカメラマンが待機していた。


さらに離れて、窓際に沿った椅子に座るのはハワイ準州の知事、ジョセフ・ポインデクスター、アメリカ海軍太平洋艦隊司令長官ハズバンド・エドワード・キンメル、アメリカ陸軍ハワイ方面陸軍司令長官、ウォルター・キャンベル・ショート、ほかハワイ準州の議員数名。

そして、対する内壁に沿った椅子に座るのは大日本帝国海軍第27代連合艦隊司令長官、山本五十六及び大日本帝国陸軍第25軍司令官山下奉文の2名ほか儀仗隊、ホノルル日本総領事館の総領事と外交官数名がそれぞれ着座している。

日米で対面する姿は、戦闘が終結したとはいえないほど緊張感が張り詰めて、まるで双方の身体から出でた生霊が王座の間の空間で剣戟を交わしているようであった。


王座を前にした3人の女性は、それぞれ車椅子の高齢女性、40代、十代であり、それぞれポリネシアと西洋の顔立ちが融合した美しさがあり、特に十代の女性にあっては、絶世の美しさであった。


しかしその表情は異なり、車椅子の高齢女性は自信満々の晴れ晴れとした表情、40代女性は緊張した面持ち、10代女性にあっては、キョドって挙動不審な様子を40代女性に睨まれているようであった。


ゴオオン ゴオオン ゴオオン ゴオオン・・・・

壁の巨大な振り子時計の響きが王座の間にこだまして、波動はさざ波のように全員の身体に伝わってゆく。


時刻は来た。


王座の前、中央の中年女性が一人、数歩先に置かれた演説台に向け優雅に歩を進める。


記者が写真撮影するフラッシュが室内を無遠慮に照らす。


その女性は、流麗なる決意をその眼差しに宿し、右から左にその場の全員を見舞わす。

唾を飲み込む音すら聞こえるような静寂。


「大日本帝國天皇陛下。アメリカ合衆国大統領。両国の政府代表。議会議員の皆様。そして大日本帝國、アメリカ合衆国の国民の皆様。わたくしは、バージニア・カホア・カアフマヌ・カイヒカプマハナ。カメハメハ一世の系譜に連なる者です。


皆様も知っての通り、12月8日の早朝から始まったオアフ島とその周辺海域における大日本帝國とアメリカ合衆国の戦いは、先日、12月12日を持って大日本帝國が勝利しました。


この、大日本帝國の目的は、ハワイの、アメリカ合衆国からの開放でした。

昔、ハワイ王国のカラカウア王は、日本の天皇陛下と約束をしていたのです。ハワイの正義が穢されたときは、必ず力になると。


ハワイは、ハワイアンの王国でしたが、アメリカからの移民が政治と経済の実権を握るようになり、カラカウア王やリリウオカラニ女王が王室の存続のため奔走しますが、不正義な新憲法制定等によりハワイアンの立場は奪われ、ハワイ王国は1898年7月7日にアメリカ合衆国に併合され、今に至ります。


ハワイの正義は奪われたまま、私達ハワイアンは、アメリカ合衆国から与えられた砂糖栽培というアメを与えられ、アメリカの望む繁栄と平和を手にしたのです。


そんなハワイの人口は約45万人まで増えましたが、純粋なハワイアンは1万5千人、私もそうですが、ハワイアンの血統を含めても、ハワイアンは7万人です。

そのほかの人々は、白人が15万人、日系が16万人、中国朝鮮フィリピン系が7万人です。


今ハワイに住む皆さんは、自分はアメリカ人であり、アメリカ人としてハワイを愛しているでしょう。


でも、そうではないのです。皆さん。


ここはハワイ。ポリネシア人が治めていた、ポリネシア人のための島、ポリネシア人のための国なのです。


アメリカ合衆国にとって、このハワイ諸島は、太平洋の中心に位置する重要な拠点であり、絶対に必要なものでしょう。

ハワイを手にするために、アメリカ合衆国は、あらゆる手段を使って、ハワイ王国から、ハワイアンから、ハワイを簒奪したのです。でもそれも終わりです。」


バージニアは静かに語る。自分でも不思議なくらい、次々に言葉が出てくる。まるでバージニアの傍らには、ハワイアンの先祖達が優しく見守っているかのように、ハイビスカスの香りを強く感じていた。


「ここに!!わたくし、バージニア・カホア・カアフマヌ・カイヒカプマハナは!!女王として!!ハワイ女王国の建国を宣言します!!」


パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!!


アメリカ合衆国関係者以外からの白手着用による乾いた拍手が王座の間に響き渡る!!


「この建国宣言は、大日本帝國の公認のもと行われております。そして、ハワイ女王国は、このオアフ島を首都として、カウアイ島、ニイハウ島の三島のみで建国いたします。マウイ島、ハワイ島は従来通り、アメリカ合衆国ハワイ準州として何ら変わりません。」

記者がざわめく。


「更に、ハワイ女王国は、大日本帝國と、ポリネシア環太平洋連邦として、連邦関係を締結します。そして、アメリカ合衆国にも、この連邦に加わるように求める所存です。」


「連邦締結に伴い、大日本帝國からは、戦艦大和、空母赤城、巡洋艦鬼怒、駆逐艦綾波、敷波、浦波、磯波を譲り受けました。今後はハワイ女王国太平洋艦隊として国の護りに当たってもらいます。」


「今後は、ハワイ女王国の海域は、わたくしの許可なくして、ハワイ艦隊以外の立ち入りを禁じます。アメリカ合衆国艦隊は、早急に残存艦隊をマウイ島ラハイナ泊地に移動するよう命じます。そして、ハワイ女王国内に居住することを拒否する者は、マウイ島又はハワイ島に転居する権利がありますので、専用の大型船を用意するので順次転出をお願いします。」


「なお、今これより、アメリカ合衆国の財産については、勝手ながら、わたくしの権限において、差し押さえさせていただきます。43年間、アメリカ合衆国にハワイ諸島をお貸しした賃料として安いくらいでしょう。」


女王は、最後にハワイ語で語りかける。

「E iho ana o lunaエ・イホ・アナ・オ・ルナ (上なるものはすべて引き下ろされ)

E pi’i ana o laloエ・ピイ・アナ・オ・ラロ (下なるものはすべて上げられ)

E hui ana na mokuエ・フイ・アナ・ナ・モク (島々は手を結び)

E ku ana ka paiaエ・ク・アナ・カ・パイア (国民は立ち上がらん)」


「Ua Mau ke Ea o ka ʻĀina i ka Ponoウア・マウ・ケ・エア・オ・カ・アーイナ・カ・ポノ(この土地の人々が、正義に則り、末永く暮らせるように。)」


そして女王は片言の日本語で締めくくる。

「君が代は、千代に八千代にカフナ石の巌のなりて、苔のむすまで。」


「最後に、左手に居りますのはわたくしの母、テレサ・オワナ・カオヘレラニ・ラアヌイ、本来ならば、テレサが女王として即位する予定でしたが、昨日転倒して足を負傷してしまい、急遽私が女王として即位することとなりました。そして右手に居りますのはわたくしの娘、ノア・ナナイルア・カロノ・ラアヌイ17歳です。わたくしの即位に伴い、この娘がプリンセスとなりました。どうかよろしくお願いします。」


後ろに控える二人は、それぞれお辞儀をする。


カメラマンは、あまりにも美しいノア・ナナイルア・カロノ・ラアヌイに集中的にストロボを浴びせ、プリンセスを困らせるのであった。


ここに、ハワイ女王国が建国され、大日本帝國は、山本五十六司令長官の捨て身の英断により、戦艦大和、空母赤城という最大戦力を割譲して、ハワイに楔を打ち込んだのである。

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