第193話 ハワイ開放作戦完結

夜の帳が下りたホノルル湾岸。


そこには、大日本帝国海軍、ハワイ攻略部隊主力の戦艦大和、伊勢、日向、山城の4隻が船首を東に向け、ホノルル市街に左舷を見せて二列縦隊で停止していた。


その周囲を、対潜水艦防御として、水雷戦隊が厳重に警戒航行している。


通常は、敵地で艦を停止させるなど有り得ないが、そこには特別な意味があった。


闇夜のなか、戦艦大和の後部甲板の格納庫から、兵員を満載した内火艇がクレーンで次々に海上に降ろされていく。


海面より遥かに高くに位置する戦艦大和の艦橋は、最小限の電球のみ点灯されており、連合艦隊司令長官、山本五十六の精悍な表情を浮かび上がらせていた。

側に控えるのは参謀長の宇垣纏中将、そして、白熱電球と化した黒島亀人参謀である。


クレーン作業を見詰めながら、宇垣参謀長が呟く。

「いよいよですかな。」

「うむ。」

山本長官が応える。


「ここまで、全て作戦通りに展開しております。むしろ上手く行き過ぎていて怖いくらいですな。なあ、黒島参謀!ワッハッハ!」


「は。日中の敵潜水艦の魚雷攻撃のことを思い返すと、神に守られている気もいたしますね。」


「敵潜水艦の魚雷の雷跡が幾本も迫ってきたときは、こんな沿岸で待機したら殺られるのは当然だと、死を覚悟したもんですが、まさかなぁ」


「はい、まさかの、命中弾は全部不発でしたね。」


「そんなことあるか?まあ、昨日の海戦では、我が軍の酸素魚雷も早爆してしまったが、敵さんもいきなりの開戦で何か魚雷に不備があったのだろうな。」


「全くです。」


日中、艦隊は真珠湾に残存していたアメリカ海軍タンバー級潜水艦から決死の魚雷攻撃を受けたのだが、カエナ岬沖海戦と同様に、アメリカ海軍のMk14魚雷は命中してもことごとく不発となり、水深の浅い場所にいる潜水艦は即座に水雷戦隊に発見され、爆雷攻撃で次々と撃沈されたのだった。


そのとき伝声管から報告がもたらされる!

「報告します!内火艇7!内火ランチ7!古代隊長以下乗員1,255名!準備宜し!!」


戦艦大和の後部甲板の両舷には、短艇格納庫が設置されており、格納されている短艇は、

17メートル水雷艇型内火艇2隻

15メートル内火艇1隻

11メートル内火艇1隻

12メートル内火ランチ4隻

8メートル内火ランチ1隻

手漕ぎのカッター船5隻

で計14隻の搭載艇がある。

今回大和から出撃するのは、内火艇4隻、内火ランチ4隻であり、他戦艦からも各1隻が出撃する。

兵員は、このときの為に乗船していた陸軍特別班600名、そして戦艦の乗員から選抜された海軍陸戦隊655名である。


ハワイ作戦にあたり、各種訓練は鹿児島湾で行われたが、本強襲作戦についても周到に練習を重ねてきたのである。


「見ろ、陸軍の突撃が始まったようだ。」

山本長官が指差し、皆が振り返ると、ホノルル北部には大量のかがり火が並んでいたが、そこからホノルル市街、真珠湾にかけて発砲炎と爆発炎が連続的に現出し、その炎を銃剣に反射させた陸軍第5師団が突撃を開始したのであった。


山本長官は命令を下す!!

「攻撃開始!!全艇発進せよ!!!」


「攻撃開始!!全艇発進!!!」

命令は直ちに伝達され、各内火艇はエンジンをフルスロットルで静かに闇の中に消えていった。


最後の一艇を見送ると、宇垣参謀長が制帽を触りながら話しかける。

「これで、総仕上げですな、長官。」

山本五十六司令長官は、珍しくニヤリと笑みを浮かべた。

「そうだな。」


「長官、将棋の詰み筋を見つけたときと同じ表情ですぞ。」

「うん?それは気が付かなんだ。」


「本作戦の最大の戦略目標でもある、真珠湾の石油タンク約450万バレルの確保。これを成さずに勝利はないですからな。」


「そうだな。もちろん政治の中枢であるイオラニ宮殿の開放も重要だが、あえてそこを陽動し、主力を石油タンク群に向けて確保する。」


黒島参謀が

「しかし、砲撃や爆破されたら、大惨事となって終わりですな。」


「そこは敵を信じるしかないが、おそらくそうはすまい。我々がハワイの開放を掲げるなか、アメリカ軍が自ら真珠湾の450万バレルの石油に火を着ければ、ホノルルも含めて全てが灰燼に帰す。それで戦局が覆せる訳でもないのだ。基本的にやらんだろう。」


「そうですね。しかし、最終局面で、アメリカ軍の良識を願うことになるのも、皮肉な話ですね。」


「そうだな。詰将棋としては、評価できるものではないな。しかし、そんな将棋をやらねばならなかったこの日本は、そしてハワイは・・・・」


山本長官は、少し考え込む様子となり、それ以上言葉にすることは無かった。


「長官!帆を上げて宜しいでしょうか?」

高柳儀八艦長が問いかけると、山本長官は応じ、戦艦大和以下4隻は、静かに動き出したのである。


その後の戦局は、夜陰に乗じて上陸に成功した部隊は、古代隊長が指揮する石油タンク制圧班1000名と、加藤中隊長が指揮するイオラニ宮殿陽動班250名に別れ、突撃を開始した。


アメリカ軍は、ほぼ全ての兵が北部から進行する第5師団の対応に追われており、石油タンク地帯においては元々警備も手薄であったので奇襲制圧は成功した。

しかしイオラニ宮殿陽動班の加藤中隊長以下の部隊は、宮殿には突入せず、周囲で激しく戦闘してアメリカ軍の動揺を誘い、更に戦力を分散させることに成功した。

両部隊とも、第5師団と合流するころには戦力の8割を失っていたが、見事にその役目を果たしたのである。


そして夜を通して激しい戦いが続いたが、遂にハズバンド・エドワード・キンメル太平洋艦隊司令長官と、ハワイ方面陸軍司令次席は、ハワイ準州の知事、ジョセフ・ポインデクスターとともに、白旗を掲げ、オアフ島のアメリカ軍は、全軍が降伏したのである。


その疾(はや)きこと風のごとく

其疾如風

その徐(しずか)なること林のごとく

其徐如林

侵掠すること火のごとく

侵掠如火

動かざること山のごとく

不動如山

知りがたきこと陰のごとく

難知如陰

動くこと雷霆(らいてい)のごとし

動如雷霆


以上をもって、大日本帝国による、最大最強、乾坤一擲のハワイ開放作戦は、人類の歴史的にも稀有な大規模奇襲作戦として、大日本帝国の勝利で完結したのである。


この激しい戦いにおいてのち、アメリカ軍からは、戦艦大和から出撃した部隊の死を恐れぬ勇猛果敢な戦いぶりに対して、ハワイの虎と呼ばれた山下将軍に因み、大和の子虎、コスモタイガーと呼ばれ、戦艦大和と共に恐れと敬意をもって語り継がれることとなったのである。

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