第192話 強行軍

スコフィールド基地が陥落すると、その知らせは日本陸軍監視の下、無線及び有線において、アメリカ本土ワシントンを始め、ハワイ諸島、そしてオアフ島に残存する各基地、陸海軍の各部隊まで即座に伝わっていった。


しかしその反応は、ワシントンのルーズベルト大統領を始め、オアフ島以外の者達は半信半疑、いや殆どの者が偽情報であると信じ無かったが、オアフ島残存の陸海軍部隊は、その情報を真実として受け止めた。


その理由は、パール・ハーバーの眼前にそびえる日本の戦艦群。そしてそれらが奏でる艦砲射撃の轟音。

約20キロメートル先のスコフィールド基地方向の空は閃光が明滅し、遅れて聞こえる爆発の重低音と地響き。

パール・ハーバーから見ていると、スコフィールド基地は何もかも無くなってしまうという焦燥と絶望感に囚われてしまうのである。


それはまさに、日本に突如来襲したペリー提督の黒船の如き、圧倒的な力の象徴を目にした者達は、まだ見ぬ日本陸軍に対しても不安を駆り立てられ、進撃速度から判断してもその戦力は莫大で圧倒的であり、もはや抵抗することは無駄なのではないかと将兵は考えてしまうのだった。


更にタイミングを合わせるかの如く、空からは日本海軍空母機動部隊からの爆撃隊と、降伏を勧告するビラ巻きが続き、オアフ島は陸海空、全てを押さえられ、突然の隔離政策に反発した日系人住民の抵抗も重なり、最早アメリカ陸海軍将兵にこれを覆すことは出来ず、命令にかかわらず戦闘行動を放棄し、待機する部隊が続出するのだった。


スコフィールド基地では、第5師団は佐伯挺進隊を含めて部隊再編を短時間で終えると、戦後処理を後続部隊に任せて更に部隊は真珠湾方面に南進を再開した。


真珠湾までは約20Km。全軍は戦闘準備行軍の急行軍で進む!!


歩兵の行軍は、通常1時間に4Km走破することを基準として50分の行軍と10分の小休止で構成する。


急行軍では、戦況に応じ1時間に6Km以上を走破することを可能とする早足、駈歩を織り交ぜた行軍である。


しかし既に時刻は夕刻、真珠湾、そして政治の中枢イオラニ宮殿のあるホノルル市街に着く頃は日が落ちることは明らかであった。


残存するアメリカ軍は、いかに強大な日本軍といえども、スコフィールド基地を陥落させ、そして日が落ちれば戦闘行動を中断するであろう、その間に部隊を再編して防衛線を構築する。という考えを持っていた。

およそ数日前まで戦争というものを想定していなかった未経験の軍隊としては、ある種当然の判断である。


しかし、中華戦線で鍛え上げた日本陸軍は違った。

むしろ、夜間至近距離による白兵戦闘を好んで行うその覚悟は、戦争に慣れた真の強兵でないと決して出来るものではないのだ。


第5師団は、着々と、迅速に、確実に行軍する。途中散発的で抵抗の弱いアメリカ陸軍部隊を駆逐又は武装解除しつつ、やがて日が落ちるとそのまま夜間強行軍に移行して進撃を続けた。


そして下弦の月が薄い光を真珠湾に投げかけた頃、第5師団先遣部隊は淡く輝く真珠湾を臨む場所に、遂に辿り着いたのであった。


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