第168話 Triple star
日本軍の強烈な奇襲攻撃から5日目の朝、オアフ島の真珠湾南側に位置するヒッカム陸軍航空基地は、建屋と格納庫は破壊され、管制塔のガラスも所々破砕して廃墟のような様相であるが、アメリカ人のヤンキー魂はむしろ燃え上がり、軍人達は慌ただしく動き出していた。
そして滑走路の脇にある隠蔽壕に向け、ノッシノッシと歩く3人組がいる。
彼らは着慣れたパイロットスーツを着込み、少し古めかしいが手入れを怠っていないヘルメットを左脇に抱え、右手で葉巻をふかしながら、三角形のフォーメーションを組むように歩いている。
その表情はサングラスでうかがい知ることは出来ないが、自信に満ちたオーラを纏わせていることは誰の目にも明らかであった。
「Sir(サー)!!」
気付いた整備兵達が敬礼すると、3人は軽く頷く。
「どうだ?俺達の愛機、P12の準備は?」
「Yes, sir!キャプテン(大尉)マクガイア!!整備は終わっており、武装、爆弾も搭載しております!いつでも行けます!」
「そうか。」
彼ら3人の目の前には、ボーイングP12戦闘機3機が静かに佇んでいた。
この戦闘機は1932年、つまり9年前に製造開始された、アメリカ軍複葉機の最終形態である。
当然、第一線配備ではなく、主に飛行訓練航空団において訓練機として使用されている機種であった。
しかしこの3機は、訓練生の搭乗する機体ではない。教官が乗り込む専用機なのだ。
その塗色は複葉の翼が黄色に着色されて星翼章が光を放ち、胴体は黒色と赤色のツートンで、先端の発動機から金色の流線模様が彗星のように描かれており、まるで礼装のような威厳と美を感じる。
事実、この3機は航空イベントでも使用される機体であり、そのパイロットは、最高の技量をもつこの3人の教官であるのだ。
マクガイア大尉と呼ばれた男は47歳、スラリとした長身で、高度にバランスのとれた男爵のような漢。アメリカ陸軍航空軍(Army Air Forces)飛行訓練航空団に所属し、この戦争が始まるまでは、急速に増員されたパイロットの育成訓練をする部署の教官長であった。
「ついに、私達の出番がやってきたな。ファーストルテナン(中尉)サンダース。セカンドルテナン(少尉)ジョージよ。」
「Yes, sir!」
右後方に控える男、サンダース中尉が答える。
サンダース中尉は45歳。鋭い眼光に髭をたくわえ、筋骨隆々の漢だ。
「私達が育てた卒業生たちが全機出撃するなか、私達ロートル組は待機命令。そして結局、多くの子供たちが帰って来ませんでした。」
「うむ、そうだな。」
「その後も度重なるジャップの攻撃で、我が栄光あるアメリカ合衆国ハワイ方面軍に、既にまともに動く機体はこの旧式複葉機のみという状況となってしまいました。」
「そうだ。」
「しかし!!遂にショート陸軍司令長官から出撃の直命を受けたのです!ハワイを護れるのは、君達しか居ないと!」
左隣のジョージ少尉が右拳を振り上げながら答える!
ジョージ少尉は37歳、神経質ぎみな顔付きで、細身の身体で手足が長く、教官のなかでもその腕はマクガイア教官長に匹敵するという評価もある漢だ。
マクガイア中尉が二人を振り返り、その目を合わせながら
「そうだ。」
「今回の任務は、敵上陸部隊の偵察が主任務である。来るべき陸上決戦に向けて、最大限の支援をするのだ。もちろん、50キロ爆弾も搭載する。」
「Yes, sir!キャプテンガイア!ジャップの奴等の脳天に爆弾を喰らわせてやりましょう!」
「うむ、我々が指名されたのは、旧式の複葉機であっても、様々な空戦で不敗を誇る我々の技量、つまり、Triple starの名を信頼されてのことだ。」
「Yes, sir!」
「良いな、ここで我らが十二分に働いてジャップをオアフ島から叩き出してこそ、先に逝った教え子達の弔いとなる!」
「Yes, sir!」
「ではゆくぞ!各員乗り込め!Standby!!」
「Sir!Yes, sir!」
3人は流れるように機体に乗り込むと、長年の点検動作を的確に済ませる。
そしてマクガイア中尉は右手を高々と掲げる!
「フー!アー!(Hoo-ah)」
「フー!アー!」「フー!アー!!」
ボーイングP12戦闘機3機は、陸軍式の気勢を上げ、整備員たちからも熱烈な激励を受けながら、流れるような動作でオアフ島の空に舞い上がった!!
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