第167話 離水!

そうと決まれば時間が惜しい。

新海たちは、ノアが持ってきてくれたサンドイッチを頬張りながら、零式水上観測機の準備にとりかかる。


「それじゃ、ノア!Come here!君の席に座ってみてくれ!!」


「okay!」

新海と加藤が見守るなか、ノアは零式水上観測機に華麗に飛び移ると、新体操の選手のように偵察席の縁に両手を付いてスポッと着座した。


「私にピッタリよ!」


「まぁ、ノアさんは私と身長が同じくらいですからね・・・・」

加藤が少し寂しそうに呟く。


「これが偵察席です。この目の前の大きい箱が無線電信機です。周波数は合っているので、電源を入れれば使えます。叩く電鍵は右側のこれです。」


「OK!electric key!わかるわ!」


ノアはおもむろに電鍵を叩く!


「おっ!手慣れてますね!それはなんの意味ですか?」


「アイスルハワイ、よ!」


「へぇ、さすが姫!しかし、くれぐれも電源を入れたあとにやってはいけません!新海少尉の指示のとき以外は、絶対に触ってはダメですよ!!」


加藤一飛兵が厳しく伝える。


「はっはい。わかりました。気を付けます。」


ノアは少ししゅんとする。


新海は少し俯いたノアを可愛いなと思いながら声をかける。


「今ノアが座っているのがパラシュートだよ。」


「エッ!これがパラシュート?」


「そう、ハーネスを着用して、パラシュートと繋ぐのさ。」


「へぇ~。でも、クッションなのに、どうやって脱出するっちゃ?ヨイショッて持って飛び出すっちゃ?」


「フフ!ヨイショとかよく知ってるね!そうじゃないよ、私が機体を逆さまにするから、スポっと頭から落ちるのさ」


「スポッと落ちる!怖いっちゃね!」

ノアはブルッと身震いする。


「まぁ、そんなことにはならないさ!私はエースパイロットだよ!」


「Ace is cool!・・・でもYOUは不時着して死にそうになってたけどね。」


「ま、まぁあれは初めてだったんだよ!とりあえず説明はそんなところかな、あとは安心して乗っていてくれ。」


「あれっ?後ろの銃はどう使うの?一応教えてよ!」


「これかい?加藤、どうする?」


「そうですねぇ、万が一接敵した時、撃てれば牽制にはなるかもしれません。一応教えておきましょうか。」


「それもそうだな、頼む。」


「それでは、ノアさん、銃の撃ち方を説明しますね。」


「はい!」


「まずは、座席下の座席回転用ハンドルを回します。そうすると座席が回転して真後ろを向きます。」


「これだっちゃね!ワオ!回るわ!」

ノアは狭い偵察席でくるりと回転して後ろを向く。


「そうです。あとは足元のペダルを踏んで自分自身の角度を変えることも出来ますよ。」


「ワオ!これなら空がよく見えそうね!次はこの機銃ね!」


「はい、この機銃は、ルイスタイプ92式7.7ミリ旋回機銃改一といいます。この上の円盤が弾倉で、弾は97発入っています。」


「97発!イッパイ撃てるっちゃね!」


「ノアさん、連射なので、実際は10秒くらいで無くなると思ってくださいね。」


「あっ、そうなのね、予備のマガジンはこれね?」

ノアは左右に設置された弾倉数個を指差す。


「そうです。交換はまあ簡単です。外して、付ける。これだけです。万が一弾倉が空になったら、このように交換してください。あとは、ここのボルトを引けば、装填完了です。最後に引き金を引いて連射します。」


「それでは座席を回すところから練習しましょう。」


「わかったっちゃ!」


それから少しの間、加藤のレクチャーが続く。私は出番がないので、コーヒーを淹れることにした。



コポコポコポ・・・

コーヒーの香りがラグーン内に漂う。


「少尉、誠に申し訳ありません。まさかこんなことになるとは。」

鷹村一飛曹が横になったまま声をかけてくる。


「気にするな、命があっただけ有り難いんだ。あとはできる人ができることをやるだけさ。一っ飛びで帰ってくるから、少し休んでいてくれ。」


「はい、恐れ入ります。それにしてもあのノアという娘には感謝しかないですね。」


「そうだな。俺も命を助けられたしな、何としてもあの娘を守ってやらなければならない。お味方にもよく説明する必要があるだろうな。」


「はい。特に陸軍さんは血の気が多いですからね。」


「さあ、コーヒーが出来たぞ。飲めるか?ゆっくり味わえよ。本場のコーヒーだ。」


「ありがとうございます。」


その頃加藤とノアも戻ってきて、4人とケオケオでコーヒーブレイクとなった。



「それじゃ!行こうか!ノア!」

「Okay let's go!」


「ケオケオはそんなに寂しそうにするなよ!留守番頼むよ!」

「クゥーン」


「それじゃ加藤一飛兵!悪いが最後に翼展開と、エンジン始動を手伝ってくれ!」


「わかりました。」


翼の展開は、ラグーンの狭隘箇所を抜けてから、ノアにも手伝ってもらい展開した。


そしてエンジン始動だが、零式水上観測機のエンジン始動方法は零戦と同じだ。

加藤はエンジン始動用のクランク棒を機体に差し込み、ノアと二人で力一杯回転させ始める!


「カトー!無理しなくていいっちゃよ!」

「なんの!姫御一人に任せるわけにはいきませんっ!よっ!」


ヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥヒュゥゥゥ


キュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥンキュゥゥゥゥゥゥン!


次第に高音に変わってゆき、始動エネルギーを蓄積させる!


加藤が叫ぶ!

「コンタークト!」

「コンタークト!」


私がエンジンスイッチを入れると、零観の八百馬力級瑞星エンジンが一気に覚醒する!


素晴らしい爆音と共に黒煙が吹き出し、プロペラが空気を切り裂き始める!


エンジン良好!!


「さあ行くぞ!ノア乗ってくれ!」

ノアは華麗な動作で乗り込む!


「加藤!ありがとう!戻って休んでいてくれ!すぐ戻る!!」

返事の代わりに加藤は帽子を振ってくれる!


スロットルを上げ、緩やかに水面を走り出す!


ケオケオが吠えながら伴走する!


そして零式水上観測機は、ノアを乗せてヨコハマラグーンから飛び出し、華麗に大空へと舞い上がった!!


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