第166話 開戦5日目(12月12日)

目を覚ます。

耳を澄ませ、周囲の音を聞く。異状なし。静かに首を傾け周囲を確認する。異状なし。


雨音の合奏がヨコハマラグーン内に響いている。

朝日が差した昨日とは異なり、本日、12月12日は雨模様だ。ラグーン内はグレーの光で全体が薄暗く、打ちつける波も少し荒い。


あぁ、今日は雨模様だ。雨量はどの程度だろうか。航空支援は可能だろうか。


そんなことを考えながら、隣に首を巡らすと、鷹村一飛曹は静かに眠っているが、一方で加藤一飛兵の呼吸が荒い様子であった。


我に返り、加藤一飛兵に寄り添って声をかける。


「大丈夫か!加藤!」

加藤一飛兵はうっすらと目を開け、答える。

「あ・・・・新海少尉殿、すいません、寒気がするのです・・・・」


新海は加藤の額に手を当ててみると、明らかに高熱であった。


「これは、かなり熱が高いようだ。ほかに不調はないか?」


「大丈夫であります。左腕が動かせず、体全体もダルいのですが、なんとか動けます。」


「そうか、消毒したとはいえ、破片摘出の影響かもしれないな。なに、しばらく安静にしていれば熱も引くだろう。」


「はい、とりあえず、無線で大和に報告しないといけません。」


「分かった。その腕では登るのも難しかろう。手伝うよ。昨日の段階では、無理に帰還を試みず、そのまま秘匿待機とのことであったな。きちんと負傷を伝えるんだぞ。」


「はい。」

加藤一飛兵は新海の助けを受けて零式観測機の後部によじ登り、やがて無線連絡を始めたが、明らかに不調の様子であった。


そして新海は次に鷹村一飛曹の様子をみていると、そのうち遠くに犬の声が聞こえてくる。


あの鳴き声は、ケオケオだ。


なんとなく、今から行くぞ〜と言っているような気がする。


加藤は偵察席から顔を出して新海と目を合わせる。


「あの娘の子犬の鳴き声だと思う。昨日もこの時間に来てくれたから問題ないはずだ。」


「了解しました。」


ワン!ワン!


洞窟入口の暗闇から現れたのは白い子犬だ。踊るように歩いてくる。


次の瞬間には彼女が光の世界に颯爽と現れた。


「HEY!ソラ!居る!?」


彼女の声が辺りに響き渡る。


「居るよ!!ノア!!ケオケオ!!」


彼女は私を見ると、薄暗いことを忘れるような輝く笑顔で歩いてきた。


朝食のバスケットを抱えて颯爽と到着する。


新海は思わず見惚れながら、少し残念な気持ちになった。昨日は手を握れたのに、今日は特別イベントが発生しなかったからだ。


彼女はバスケットをテーブルに置くと、挨拶もそこそこに鷹村一飛曹の手当を始める。


「タカムラ?大丈夫?うん、大丈夫だっちゃね!あれ、カトー?」


丁度加藤一飛兵も無線交信を終えたようなので、新海が手伝い、零観から降りてきた。


「ノアさん、グッドモーニング。昨日は本当にありがとうございました。」


「グッドモーニング!スゴイわね!英語で挨拶できるのね!」


「フフ、昨日新海少尉に教えてもらったんですよ。」


「本当、そんなに元気ないくせして、大したもんだよ。」

「ワンワン!」


「ありがとうっちゃ!」


「・・・・・チッ。」


「・・・少尉?今何か?」


「さあ加藤、無線はどうだった?」


「あっ!そうでした!実は我々に偵察に飛んでほしいとのことなのです。」


「なに!?」


「大和によれば、本日は波高く偵察機の発艦が困難とのこと、それなので可能であれば偵察飛行し、敵地上部隊の配置等を明らかにせよとのことなのです。」


「そうか・・・・それでは空母機動部隊も作戦は無理かもしれない。航空支援が得られないのか。しかし今日は間違いなく地上決戦だな。」


「はい、作戦は予定通りであります。」


「わかった。昨日のプラン通り、私が操縦してアメリカ軍の状況を確認しよう。」


「はい、よろしくおねがいします。私も頑張ります。」


「いや、加藤一飛兵、君は残れ、その体では無理だ。よく見たら白い顔して震えているじゃないか。何がグッドモーニングだ、どう見てもバッドモーニングだよ。」


「そんなことはありません!」

すると突然ノアが加藤の顔を両手で挟む。

「ハッ!フガフガ!!」


「カトー、凄い熱よ、空を飛ぶなんて、無理に決まってるっちゃ、駄目っちゃよ。」


「ハッハッ・・・ハイ」


「大丈夫だ。オアフ島は狭い、一周りして情報を集めたら戻るので、ここで待っていろ。着水後に電信報告してもさほど変わらん。」


「そんな!」


「むしろ、一人分軽い方がやりやすいよ。」


「ソラ!一人で行くの?それなら私を乗せて!」


「エッ!何を言うんだノア、無理に決まってるだろう!」


「無理じゃないわ、それに、実はママとグランドマザーが、アメリカ軍に捕まったらしいの。昨日帰ったら知らせを受けたのよ!私、出来ることなら助けに行きたい!ダメでも、今オアフ島が、私達のハワイがどうなっているのか、とても心配なの。だからこの目で見たいのよ!お願いソラ!今度は私に力を貸して!!」


「エッ・・・・そうなのか。アメリカ軍に捕まった?一体どうなってるんだ。でも民間人の女性を乗せるなんていくらなんでも軍規違反だろう。」


「それに、私は英語のモールス信号出来るわよ!ソラが日本のモールスを教えてくれれば、空から送信できるわ!しかも誰よりも地形に詳しいしね?そして私は、あなた達を助けてあげた味方よ!これでどう?」


「む!、それは確かに・・・分かったよ。軍規とか、戦略上の利点とかあるかもしれないが、それより何よりも、君に命を救われたんだ。君の助けになるならば、君の力になるよ!良いな加藤?」


「ハッ!私も助けられた身です。姫の為とあらば、異論はありません!」


フフフ!ハハハ!!ワッハッハハハハ!!ワンワン!!!


なんだか可笑しくなって、皆で笑い合うと、鷹村一飛曹も微笑を浮かべていた。


ここに、ノア航空隊が誕生した瞬間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る