第139話 ギャンブラー
戦艦大和艦橋から望むと、間もなくカエナ岬を通過する。
そうすれば、ハワイ南方海域の視界が開けて、遂にアメリカ太平洋艦隊と合間見えることになるだろう。
「長官!単縦陣を組みましょう。」
宇垣参謀長が意見具申する。
「うむ、各艦に通達!戦艦、重巡洋艦は当艦に続き、単縦陣形をとれ!軽巡洋艦以下の水雷戦隊はそのまま進行!」
「了解!戦艦重巡洋艦は当艦に続き単縦陣形!軽巡洋艦以下の水雷戦隊はそのまま!」
直ちに発光信号で各艦に下命されると、戦艦大和を先頭に、戦艦伊勢、日向、山城、重巡洋艦最上、三隈、鈴谷の合計7隻が縦一列の縦隊となった。
「最後尾の鈴谷から、単縦陣形ヨシ、です!」
「うむ。」
既に15.5メートル測距儀は左方を向いており、敵艦を視界に捉えれば直ちに測距作業が開始されることだろう。
全員が、固唾を飲んでその時を待つ。
山本長官も望遠鏡でカエナ岬を望む。
「カエナ岬には人影があるようだ。2人で犬の散歩と見える。フフ、この世紀の大海戦の立会人という訳か。」
付き従う黒島参謀が答える。
「そのようですな、アメリカ兵ではないようです。この大和を見て驚いていることでしょう。砲撃戦で腰を抜かすのは間違いないですな。」
「針路270!間もなくカエナ岬通過します!」
遂に視界を遮るカエナ岬を通過する!全員が左舷方向を見詰める!
そうすると、先に上部見張所から報告があがる!
「敵艦隊発見!左舷270度!距離約3万メートル!艦影多数!」
見えた!幾筋もの排気の黒煙!その下、水平線の遥か遠方に複数の艦影!
その敵艦隊を見た瞬間、大日本帝国海軍連合艦隊司令長官山本五十六の足元から頭頂部までを武者震いが走る!
忘れていた、日本海海戦のときのあの恐怖、緊張、殺気、そして高揚感を体が思い出す。
「これだった、これだったよ。忘れていた。」小さく呟く。
黒島参謀は長官が何事か呟いたのを耳にして長官を見ると、山本五十六は実に楽しそうで、厳格で、異常で、凄惨な眼光を放っているのを見て、武人としての信頼がより強くなるのであった。
山本五十六は、海軍でも生粋のギャンブラーである。この命を賭けたギャンブルに望むにあたり、その才能を遺憾なく発揮しようとしていた。
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