第136話 高柳儀八艦長
天照の光は戦艦大和を背後から照らし、その巨大な影は右前方に伸びて波に揺らめいている。
山本長官はその影を見下ろすと、ゆらゆらと揺れる影の上部に艦橋が設置されているが、その上部には幅15.5メートルの測距儀が設置され、更にその最上部には主砲射撃指揮所が設置されて、緩やかに左旋回しているのが見てとれたのだ。
「長官、前方に何かありましたか。」
山本長官が前方を見詰めていたことに気付いた戦艦大和艦長の高柳儀八大佐が緊張した面持ちで声をかけてくる。
高柳艦長は50歳、戦艦大和の運用責任者である。ただ山本長官以下の連合艦隊司令部員が座乗しているため実際は難しい立場なのだが、そこをそつなくこなせる極めて優秀な男であった。
「いや、この艦橋の真上にある15.5メートル測距儀と射撃指揮所の影が見えるのでな、いよいよ最新鋭の射撃システムが披露されるわけだ。日露戦争の頃は直接砲手が照準していたが、随分進化したものだな。」
「はい、日本海海戦では、長官は巡洋艦日進に座乗されたそうですね。」
「そうだ。ロシア艦隊との砲戦距離は6000メートルだったよ。主砲は旗艦の戦艦三笠が30.5センチ砲で、日進は20.3センチ砲だったな、双眼鏡で見るとロシア兵の動きも見えたものだ。」
「そんな近さで撃ち合うのは震えますね。それがいまやこの大和の46センチ砲は最大射程42000メートル。有効射程としても30000メートルなら5パーセント以上の命中率を期待できます。」
「30000メートルで5パーセント以上か、その命中率を叩き出すのが方位盤射撃システムか。」
「はい、射撃指揮所に設置された方位盤と、艦内最重要防護区画内の発令所に設置された射撃盤、そして主砲の三位一体の連携により、高い命中率を叩き出します。この最新鋭のシステムで撃ち出す46センチ砲の投網から逃れることは出来ないでしょう。」
高柳艦長もさすが鉄砲屋、射撃システムの説明に熱が入ってくる。
「そのとおり!艦長!投網とは良い例えだな。」
宇垣参謀長がここぞとばかりにかぶせてくる。
「砲戦距離6000であれば、各砲が直接照準で弾着修正しながら撃てば当たります。しかし、砲戦距離2万とか3万ですと、弾は遥か上空、高度約1キロの成層圏に達したあと、敵艦に向けて流星の如く襲いかかります。」
「うむ。」
山本長官は鉄砲屋に鉄砲の話を向けてしまったことに内心後悔したが、まあ皆の緊張をほぐせるならば良いかと思い聞き役に徹することを決意した。
「測距儀で敵艦までの距離、高さ、針路を測り、同時に射撃指揮所内の精密望遠鏡でも敵艦を捉えます。そして情報を発令所に送ると、発令所では自艦と敵艦の位置、速度、針路、湿度、風、波、地球の回転、主砲の磨耗状態等についての刻々と変わる全てのデータを発令所勤務員が人海戦術で射撃盤に入力し続けます。すると常に敵艦の未来位置を狙い続けることが出きるのです。」
「常に狙い続け、そして散布界という網を投げる訳だな。」
「はい、最終的には確率論にはなってしまうのですが、極めて高い確率で命中が期待できます。」
「射撃理論とはつまり確率論とも言えるよな。私は航空論を進め、空母機動部隊を設立した訳だが、どちらも長所と短所がある。まず空母機動部隊の有効性は十分に示された。次はこの海戦で、戦艦の有効性を世界に示そうではないか。」
「ハッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます