第125話 開戦4日目(12月11日)

開戦4日目、12月11日午前7時。

オアフ島北方10キロメートル付近海域。

総勢150隻以上の大艦隊に曙光が差し、海と艦橋、砲塔がキラキラ美しく輝いている。


日本艦隊の偵察命令を受け、オアフ島北端に配置されたアメリカ陸軍兵は半信半疑で双眼鏡を覗き込んだところ、水平線上に無数の艦影を発見した。


しかしあまりに数が多すぎたために蜃気楼を見ているのではないかと錯覚するほどで、やがて現実であることを理解すると転がり落ちるように至急報を入れるのであった。


蜃気楼艦隊旗艦である戦艦大和の第一艦橋では、太陽から誕生した光が8分19秒の宇宙旅行を経て、終着点である黒島亀人参謀の頭に集束し、第二の太陽として必要以上に輝かせるのであった。


「長官、明けますぞ、目標のワイアレエ海岸もよく見えますな。」


「うむ、情報どおり、敵の防衛態勢は手薄なようだな。」

山本長官はその眩しさから逃れるように、双眼鏡で海岸線を見詰める。


「長官、僅かですが、敵軍が居るようです。どうですか、景気づけにこの大和の46センチ砲をぶちこんでやりませんか!」

隣で双眼鏡を食い入るように見詰めながら、宇垣参謀長は興奮を隠さずに意見具申する。


山本長官は苦笑しながら答える。

「ハハハ、まぁ慌てなさんな、あの程度の戦力に大和の主砲はやりすぎですよ。良いですか、何度も言いますが、我々はハワイを解放するために来たということを努々忘れてはいけませんよ。」


「そうでしたな。実際に敵を見るとつい興奮してしまいますな!ワッハッハ!」

ワッハッハ!

「ハワイ解放ですか!長官の戦略眼は軍事だけにとどまらず政治面にも及ぶので本職の出る幕がありませんぞ!あのビラ撒き作戦も上手くいったようですからな!」


黒島参謀も頷きながら口を開く

「この乾坤一擲のハワイ解放作戦、天皇陛下の承諾と陸軍方の全面協力を得た山本長官の手腕は見事であります。」

「ハワイ占領ではなく解放とする。こんなこと、軍人が考え付く範囲を超えておりますな。」


山本長官は双眸を光らせ、ここまて来たことが感慨深い様子で静かに話し出す。

「確かに発案として私が考えたこともあるが、最終的に、日本と、そしてハワイのため、天皇陛下が了承されたことが全てだよ。」


黒島参謀も頷く。

「はい、実際にそのような話があった可能性は誰も否定出来ませんからな、あとは陛下がそう仰るのであれば、それが真実であります。」


「うむ。陸軍については、やはり満州の遼河油田発掘が大きいだろうな。我が国の原油不足を南方の油田地帯に求める必要が無くなったからな。戦略上ハワイが重要なのは陸軍も承知であるし、最後はこの大和を切り札にしたら全面協力を約束してくれたよ。」


「山本長官自身も切り札にされましたよね。大和も建造を急がせましたし、さも簡単なように申しますが、山本長官以外に天皇陛下や陸軍首脳陣等各方面に渡り合える人材は海軍におりません。」


「そうですぞ、長官、本当は直接陣頭指揮を執るのは控えていただきたいのです。」

二人とも山本五十六の存在の重要性を理解しているのだ。


しかし山本長官は

「上杉謙信も直接指揮を執ったであろう。武田信玄と一騎討ちをしたではないか。」


「むぅ、確かに、ならば私は直江兼続として付き従いますぞ。」

黒島参謀が言うと

「フフフ、ならばその頭に愛と書かせてもらおうか!」

ワッハッハ!ワッハッハッハ!


第一艦橋は、敵前において、後世に語れぬほど余裕を感じさせる雰囲気であった。


それも山本五十六の人柄と、戦陣訓の成せる技であろう。

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