第2話 初対面



 なんだ、今日はめちゃめちゃ穏やかな自己紹介じゃないの。1ヶ月前の面談はなんだったんだろう。あれってやっぱりだよね。

 私は池谷 美衣 29歳。アートの仕事がしたくてせっかく美大に入ったのに、病院を経営している両親に懇願されて美大は中退し、私大の医学部に人より3年遅れで入学した。希望していたわけではないけれど、いい職業だし、やるからにはと勉強も研修も全力でやった。完璧主義が功をなし、常に学年トップで最終的には優秀研修医としての賞を受け、その結果この病院に入ることができた。なのに、何?は。T大とJ医大の先生の面接は、部屋に入って3分くらいで出てきたのに、なんで私の時は、20分以上、根掘り葉掘り聞かれた。希望理由から、これまでの経験、スキル、目標、今後のプランまで聞かれた。しかも嫌な感じに。今日の中川先生だってその中にいたはずだ。質問攻めにする先生達を院長が一喝しなかったらいつまで続いたんだろう。確か私の推薦もS大の院長からこの病院の院長に話がいってたはずだ。T大とJ医大ではないというだけで待遇がこれほど違うのかと今日は覚悟をしてきたのに。


「池谷先生!」

呼ばれて振り返ると、さっき一緒に自己紹介した野口先生がいた。野口正光、なんだか戦国武将のような名前だ。

「池谷先生って、初期研修終わったばっかりに見えないくらい落ち着いてますよね。」

あんまりストレートに、しかも穏やかに話すので、私は野口先生の顔をマジマジと見てしまった。

「ん?何か僕変なこと言っちゃった?」

「いや、直球で来たなと思ったけど、先生の話し方のせいですかね、あんまりキツく感じないなと思って。私が同じことを言ったらきっとすっごく怖く聞こえるなと思っただけです。」

野田先生はアハハと笑ったが、その笑い方もなんだか上品である。

「僕は4年目だけど、本当に心臓のことわかってないから、3年目で同じような境遇の人がいて良かったなーと思ってたんだ。」

ふうん。見た目とは全く違って可愛い感じなのね、野口先生。全くそんなことを考えもしなかったよ。そりゃ自分が一番下で、何も知らないというプレッシャーはあったよ。でも、できるだけ早く皆に追いつこうということでいっぱいだったから誰かが一緒だったらいいななんて思っても見なかった。ある意味目から鱗でだね。私もこんなふうに可愛くなれたらと思ったりする。男の人に可愛いというのも変な話だが、間違いなく私より可愛い。


「ほら、新人!喋ってないで直上の先生のとこ行って病棟案内してもらったら?池谷さんだっけ、私は堺 弓子。あんたは私の下に付くことになってるからおいで。」

医局の入り口から、落ち着いた低い女性の声がした。美人だが、鋭い目つきと喋り方がマフィアのようだ。流石の私も固まった。

心配したのだろうか、野口先生が小声でいった。

「頑張ってね。お昼一緒に食べようよ。昼に食堂で!」

「うん。」

会ったばかりなのに、タメ口になっている自分が不思議に思える。堺先生が両手を腰にかけ待っている姿が、なんだか立ち塞がる壁のようだ。

「すみません。自分から先生を探しに行かずに。」

とりあえず謝ってみたら、堺先生は豪快に笑い始めた。

何が可笑しかったのか? 

「池谷さん、面白いね。もっと女子な感じと思ったら、なかなかの硬派。」

堺先生が言った。女子な感じ?私が?男らしいと言われたことは何度もあるが女子らしいと言われたのは初めてである。大学では、私大だからか女の子達はもっと女子な感じだ。確かに堺先生は美人なのに全くそれを感じさせない。無難に

「そうですか。」

と答えたら、堺先生は返事を聞く前にエレベーターに乗り込んでしまった。

私がいうのもなんだけど、ここの先生達はスーパーせっかちだと思う。

 エレベーターが5階で止まった。

「ここがCCU(循環器集中治療室)。建物古いからここまで急患上げてくるの大変なんだよね。エレベーターも狭いし。」

確かに扉も手動で、いつの時代の病院かと思う。収容できるのは6ベッドのみ。

「少し落ち着いたらすぐにバックの準CCUに移すんだよ。病床数限られているからね。先生も確か明後日から1人で当直してもらうはずだから。」

何事もないように堺先生は言ってくる。マジで?心臓なんてまだはじめたばっかりなのに1人当直かよと思っていると、それに気づいたのか堺先生が続けた。

「大丈夫、だいじょうぶ!普通はオーベン(上級指導医)と研修医1人でオーベンはあまり出てこないんだけど、新人先生にはよく見てくれるオーベンと組むことになってるから。でも一通り自分で判断した後にしか出てきてくれないから頑張って。」

意外と優しいではないか。どうやらなんとかなりそうだ。そんなことを思っていると看護師が堺先生に薬の副作用について聞いてきた。

「うーん、あまり使わない薬だからよく分かんないな。あ、適任の人が来たよ。瞬太ー。」

「堺先生、僕の名前は瞬です。」

コンピューターのように無表情でエリート風の先生が言った。

「話聞いていましたよ。これですね。」

とさっとスマホの薬辞書を提示してきた。名札には『神田 瞬』とある。さっきの野口先生の上の先生のはず。雰囲気がいかにもT大で私には縁なし、パスだ。

「あれ?野口先生は?」

と堺先生が神田先生に聞いた。その話し方や感じがさっきまでとは違ってとっても自然な感じがした。堺先生は神田先生は何か特別な関係? まあ、私には関係のない話だけど。

「もう一通り回ったので、好きな時間にしましたよ。スーツ着ているので今日は仕事できないですし。先生方は次はどこに行くんですか?」

視線も合わさずにいう、神田先生はやっぱり私の苦手なタイプだ。さっさと次に行こうよと思う。

「カテ室に言ってから解放しようと思って。カテ室なんかしてた?」

堺先生はまだ喋っている。

「カテ室はなんだか花見の準備だかなんだかで忙しそうでしたよ。では。」

私は会釈をしたが、神田先生はこちらをまったく見ずに言ってしまった。

ロボットみたいな人だなぁ。なるべく近づくのはやめようと心から思う。

「花見ってなんですか?」

話題作りのため堺先生に聞いてみた。

「あぁ、毎年この時期恒例なんだよ。歓迎会兼ねてね。」

堺先生は楽しそうに笑っていた。





 



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