ぼくはT大生

@momonohana

第1話 プロローグ

ピピピピ・ピピピピ・ピピピピ・・・・・

「あー、分かったよ。あと五分・・・」

・・・今日は・・・4月初日だ!

がばっと飛び起きて、ベッドから足を下ろしたら足元の資料を踏んでしまった。


 僕は神田 瞬 《しゅん》27歳。世界でもトップクラスのT大医学部にストレートで合格してから今まで、順風満帆に過ごしてきた。大学時代からの可愛くて賢い彼女もいたし、テニス同好会でスキーをしたり。彼女は時々変わっていたけれど、もちろんその都度に彼女のレベルもグレードアップする。T大医学部というだけで、合コンの誘いだって絶えないのだ。

 彼女だけでなく、卒業後の仕事だって選ぶのに迷うほどいい条件が集まる。みんなT大卒の僕らに来て欲しいのだから。この桜橋記念病院への就職だってその中のひとつ。心臓専門病院としては西の国際心臓病院、東の桜橋記念病院と言われるほどの病院で基本的にはT大学かJ医科大学のエリートしか研修を受け付けていない。そこで去年から僕は働いていた。皆からも頼りにされ、これからの将来もエリートコース間違いなし、そろそろ彼女との結婚も考えようと思ってる。いや、思っていた。


に出会うまでは。


 急いで身支度をして病院へ行かなくては、といっても病院は住んでいるマンションの目の前だ。徒歩2分といったところだろうか。夜中に呼ばれるのが常なので、後期研修医は基本的に近くに住むという暗黙の条件なのだ。はた迷惑なことに病院は新宿のど真ん中にあるので家賃は驚くほど高い。1階という名の半地下、4畳半の1Kで12万円程度が相場なのである。まあ、ほとんど病院にいて寝に帰るだけなので全く不自由はないのだが、もったいない気もしている。

「おはようございます。先生、今日は早いですね。」

看護師さん達が声をかけてくる。いつも僕がモーニングカンファレンスに間に合う時間ギリギリに来ていることを知っててのご挨拶だ。

「流石に今日は新人が来ますので。」

僕は当たり障りのない、最低限の返事をして医局へ向かう。


 今日は病院の一階にある、医局というか休憩所のような部屋に集合することになっている。そこは12畳くらいの飾り気のない部屋の中心には縦長の会議用テーブルが2台あり、その周囲にはいつも椅子が散乱していて、整理されていることを見たことがない。壁沿いには電子カルテ用のパソコンが数台置いてある。そんな中に見たことのない顔の医師が数人集まっていた。みんなスーツ姿だ。

 ざっと見る限り僕より上の先生が3人、下が2人と言うところだろう。面白いほどこの職業はキャリアが風貌に出る。しかしなんとも今回は随分濃いキャラ揃いだ。上の3人のうち女性は1人、小太りの下町風の男性ともう1人は背も高く難しい顔をしたこちらも少し体重は重そうだ。僕の中ではインテリジェンスの高い人は太らないというのが常識なので、なんだかねぇと思ってしまう。さらにはもう1人の女性がヒドい。小柄でよく言えばぼっちゃり系、顔はスティッチのようだ。スティッチというと聞こえが良いが、要するに人間離れしているということだ。学年下であろう2人は男性と女性、どちらもなんだかこれまでと印象が違う軽い感じに見える。男の方は上品に整えられている髪にメガネもすごくおしゃれな感じで伊達男という言葉かとてもよく似合う。女の方はフワフワにカールのかかった髪をハイポニーテールにしている。スーツだが、紺色ではなくグレーがかった空色のちょっと可愛らしい印象のもの。僕の予想だとどちらも私大医学部卒だと思う。


 スタッフの中川先生が入ってきた。

「ま、先生方座ってよ。気楽に自己紹介して打ち解けていこうか。今日からすぐにチームで仕事してもらうからさ。」

中川先生は医局長兼リハビリ室長でゆるーい感じの先生だ。見た目はゲゲゲの鬼太郎に出てくるねずみ男に似ていると僕は密かに思っている。

 一番最初に大男が自己紹介を始めた。

「高見沢 隼人です。国際心臓病院で働いていました。さらに色々見たくてこちらにくることにしました。」

なるほど、自身ありげな態度は国際心臓病で勤務していたからか。

「井澤洋太です。J医大から来ました。専門は不整脈でアブレーションとかしています。」

小太りの男も専門のスキルがあるということは医師8年目くらいだろうか。

「洋ちゃんこと井澤先生と同じJ大で、洋ちゃんと同期です。あ、名前は内山

ひなです。特に専門とかないかなー。うっちーと言われていたのでそれで呼んでください。」

スティッチが言った。

井澤洋太は困ったような顔で内山を見ている。

改めて見ても人間離れしていると思える女医の態度が、また恐ろしく思えるのは僕だけだろうか。でも女子女子している子よりはマシである。僕は上目遣いで「何な何く〜ん」みたいにすり寄ってくる女子を病気だと思っている。こういう女子に限って、女子同士だと態度が全く違ったりするものだ。あの私大(と思われる)女子はどんな感じだろうか。見た目は女子女子っぽいが、そういった空気はまとっていなさそうだ。

「えーっと、僕はK医大から来ました野口正光と言います。初期研修を2年した後、1年総合内科にいたのですが、循環器のことは全く初めてなのでご指導よろしくお願いします。」

伊達男は恥ずかしそうに笑みを浮かべている。見かけの印象とちょっと違う優しそうで素直な印象だ。エリートとは程遠いがなんでここの病院に入れたのだろうか。僕は不思議に思う。

「S大からきた池谷 美衣です。初期研修後すぐなので、わからないことだらけですが、よろしくお願いいたします。」

いたって普通の自己紹介で、見かけとは異なりサバッとした男らしい話し方である。なのに何故だ、この威圧感というか、オーラというか。3年目の医者にしては堂々としているように思われる。S大ではできる方だったか?


「先の3人の先生方は他の病院で循環器も何年かやってきてるから、すぐに仕事にかかってもらっても大丈夫だよね。あとの2人は前期研修医が終わったばかりだから、周りの先生、ちゃんと面倒見てあげてね。」

中川先生が楽しそうに話す。

「野口は神田先生の下について、池谷先生は堺先生にチームの先生を紹介してもらってね。」

なんで野口が呼び捨てで、池谷にがついたのだろうか?ちょっと違和感はあったが、おそらく彼女の発する威圧感がそうさせたのだろうと思う。

これが僕のとの出会いだった。



 





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