栗林 健太   霧が池のホタル

 午前六時起床、俺の一日が始まる。ここ数日間のルーティンとして身に沁みついてきた。布団から出ると、まずはシャワーを浴びる。


 人によっては朝シャワーのデメリットを論じる人もいるが、あくまでこれは俺のルーティンワークなのだ。


 サッパリするだの、綺麗にするだのは二の次で、寝起きの男クサさを残して香織に会うことは流石にできない。


 洗顔をすることで化粧の乗りも良くなる。不器用なりの考えだ。そう、俺にしては賢くなったと思う。




「しっかし、左手は夜のうちに洗わないと落ちないな」




 俺は左手の甲に赤い油性ペンで描かれた歪いびつな花丸を見ながら呟いた。


もちろんこの花丸を描いたのはつばさだった。それは四日前の出来事だ。




* * *




「いってらっしゃーい!」




 昨日と何も変わることなく、二人が俺の自宅までやって来たことに安堵した。

どうやらつばさは、約束通り俺の正体を黙っていてくれたみたいだ。


 内心はもう来ないんじゃないかとヒヤヒヤしていた。それ以上に、代わりに警察が来るんじゃないかと恐怖に怯えてすらいた。

それも杞憂に終わり、無事に香織を見届け胸をなで下ろしていると不意につばさが、自分のバッグから赤い油性ペンを取り出した。


「みなみさん! 手出して!」


 それは王子様がお姫様をエスコートするようなロマンチックなシーンでなく、俺の左手の親指をグイっと引っ張るほど乱暴なものだった。


「え? 何するの?」


「ママが健太さんに気付かなかったから、花丸してあげる」


「あ、ありがとう」


 つばさは、そう言いながら俺の手にいびつな花丸を描いていた。

どうやら丸が大きすぎて花びらが手の甲に収まらなく、手刀の部分まではみ出していた。


 赤ペンを持った先生は、満足げに笑い部屋の中へ駆けて行った。

これから毎日、花丸を描かれるのだろうか。




 ―――まぁ、これも悪くないかな。




 下手くそなりに、一生懸命な眼差しで描いていた少年の背中を見ながら、俺は思った。



* * *



 ――ピーンポーン


 部屋にインターフォンの呼び出し音が鳴る。時間は午前七時。

そろそろ来る頃だろうと俺は洗面鏡の前で、みなみの表情を入念にチェックしていた。


 この一週間をみなみとして過ごしていた為か、鏡の前で自然と女性の仕草を真似るようになっていた。


 髪を撫でつけるようなしぐさに鼻を掻く素振り、果てはウィンクの練習にまで至っていた。


 目的の違う保育と全く関係のない事だったが、俺は心の底から湧き上がる楽しみを押えられずにいた。


 それはみなみを本当は男だと唯一知っていた、つばさの存在があったからだ。

今までは人の目を欺き自尊心の保全のため女装をしていた。

男としての自分を魅せるプライドの欠片すら持ってなかった。

女装して街に出れば誰もが女性だと思い込んでいた。

だが、所詮それは一時的な満足感だ。男としての自信には繋がるはずもなかった。



 園長に女装がバレた時も気味悪い変人だと扱われた。

だがきっとそれが正しい、俺も周りに女装をする人間がいたらそう思うだろう。

けどつばさは違った。


 単純だが『面白い』と評し、なんの取り柄もなかった男の俺を受け入れてくれた。

たかが五歳児だが、秘密を共有する相棒(秘密を握られているので主従関係付き)となった。

そんなつばさに褒められたくて、もっと女の子らしくなろうと俺は自然と朝練を始めていた。

こんなに情熱が湧きあがったのは、中学時代の部活以来かもしれないな。



「おはよ~!」


「おはようつばさくん、今日はやけに元気だね~」


「あの~実は……」


 香織が申し訳なさそうに俺に弁明を始めた。

ふと気付くとつばさの背中に身体よりも少し大きめなリュックを背負い、どこか遠足に行く雰囲気すらあるのを視界にとらえた。



「その背中のリュックは?」


「急で申し訳ないんですが。今日、知人と夕食に行く約束をしまして、つばさのお迎えが遅くなるんです。みなみさん大丈夫かな?」


「せんざきさんっていう、男の人なんだよ」


「つばさ! 余計なこと言わないで!」


 香織は言うなりバッチリ決まったヘアスタイルで申し訳なさそうに、ペコペコと俺に頭を下げた。


 まるでカツラを被ったあかべこのようだ。

仮にも急な約束で申し訳ないのであれば、断れば良いわけだし。

そうしないのは、相手が男だからだろう。

普段よりもガーリーな装いの香織にどことなく違和感を感じていたが。



―――なるほど、そういうことか。



 彼女の異性交友に口を出すつもりもない、むしろ彼女に対して黙っていた方が、俺には有益でもある。

ただ、やはりシングルマザーだから恋愛もできるんだなと俯瞰する自分がいた。


「そうですか、それなら楽しんできてください」


「迷惑かけてごめんなさい。みなみさんとつばさの夕食はこっちで用意しますね!」


「お気遣いありがとうございます」


「じゃあ行ってきます」


 ぱぁっと明るい表情を見せて香織は会社へと向かった。


「男嫌い、ねぇ……」


 何とはなしに初日の香織の発言を思い出した。


「先生が女性でよかった」その発言が、俺の読みが当たったことを裏付けた。

やはり保育士の自宅に子供を預けることはかなりの抵抗感はある。

しかし相手が女性だとそれがいくらか和らぐのだ。


 男嫌いをその場で公言され、それ以降緊張感を増しながらその日を過ごしていた。

不幸なことにつばさにはその日の内に女装がバレてしまったが、香織にうち明かすことをせずなんとかやり過ごせている。


 改めて香織の姿を思い返す。

変わりゆくのが人の心の常なんだと、俺はつくづく思った。


「みなみさん! 早く!」


「えっ、今日も?!」


「うん!」


 右手に赤いペンを持ちながら俺の左手を催促するつばさは、相変わらずだった。


 二人の暗黙の了解として俺がみなみさんを演じるときは、つばさは『みなみさん』と呼ぶことになっていた。

香織の前で健太と呼ばれるのは非常にまずい。なので俺もみなみさんを演じる時は声色を変えて会話していた。


 この一週間で母と子の性格が何となく掴めてきた。

香織は経営者とだけあって人の扱いかたが上手く人当たりもいい。

嫌味なところが一つもなく俺を同性と思い込んでいることもあって信頼しきっている。


 一方のつばさと言えば、家庭ではどんな風に日常を送っているのか分らないが、ここでは自由気まま思いのままに過ごしている。


 公園でサッカーをしたり砂場で遊んだりとアウトドアな面もあれば、部屋に戻れば一度見終わったはずのスポンジボブをもう一度見たり、ブロックで遊んだりもしていた。


 しかし、つばさの一番の楽しみは香織を見届けた後にみなみから健太に変わる瞬間らしい。

化粧を落とす時と再びみなみに変わる化粧の時の興奮の仕方は尋常じゃない。



 幸か不幸かつばさに正体がバレて一日中みなみを演じる必要もなくなり、お迎えが来るまでの間は健太として過ごすようにしていた。

化粧をする手間が増えたのは辛いけど、男として過ごせる時間があって少しほっとしている。



 つばさは今まで見て来た子供たちとは少し違った雰囲気を持っている。

説明するのが難しいけど、一言であらわすと感覚的と言うのだろうか。

もしも仮に、他の子供たちが俺の女装に気付いたら、きっと気味悪がって近づこうとはしないだろう。

園の催しの場なら許される行為でも、俺の死に物狂いの女装でさえ、つばさは清々しいほどに、面白いと言ってのけた。


 初対面の俺に何故つばさは警戒心を抱かなかったのか、頭をいくら捻っても分からなかった。

まぁいいや、今はこうして俺の左手の甲に丁寧に花丸を描いてつばさが楽しいのなら、俺も気が楽で良い。


「出来た!」


「はい! 今日もありがとうね」


 つばさは花丸を描き終えるといつもと変わらず勢いよく部屋へと駆けて行った。


ドンっと重みのある音が床を鳴らした。どうやら背負ったリュックを床に下ろしたらしい。

音の重量感からリュックの中身の重さが窺いしれる。


 中身が何か多少興味が湧いたので、つばさがリュックの中身を物色し始めたので背中越しから覗いた。

 つばさが中から実にカラフルな表紙をした昆虫図鑑を取り出し、俺の目の前にかざして見せた。


「つばさ君、昆虫が好きなの?」


「うん、見てると楽しい」


「へぇ~」


「みなみさんは昆虫好き?」


「あんまり好きじゃないかな~」


「なんで?」


「だって、気持ち悪いじゃない。見た目が好きじゃないもん」


「ふーん」


 つばさはあまり感心なさそうに呟いた。


 俺だって子供のころは、夏になるとセミやカブトムシを捕まえて虫かごに無理矢理押し込んでいた。

何となく殺風景な虫かごに、公園で適当にむしり取った雑草を放り込んでは、満足していた。

そんなひどい仕打ちに遭った虫たちは、数日後に死骸となっていた。

今となって考えてみれば子供ながらに残酷な事をしていた。


 目で見て楽しむだけなら図鑑だけでいいと、妙に納得した。


 夢中で黙々とページをめくるつばさを見ているだけで、俺は手持ち無沙汰になり仕方なく一緒に図鑑を眺める事にした。

ページをめくる手が止まり一匹の昆虫がつばさの目に留まったらしい。


「みなみさん、これなに?」


「それは、ホタルだね」


「ホタル?」


「そう、お尻が光る。つばさくん見たこと無いの?」


「見たことない」


 イラストの様子では頭部が赤く甲は黒一色で覆われてお尻を黄色く光らせ葉に止まっている様を描いていた。ゲンジボタルだった。

ホタルか俺も小さい時に一度だけ父親に連れられて見に行った記憶がある。確か、梅雨も明けない湿度の高い初夏だった。



―――もしかすると今が見頃なのかな?


「ホタルを、見たい?」


「みたいっ! みたいっ!」


 つばさに聞いてみるとつばさは即答し、図鑑を持ちながらドンドンと足踏みを始めた。


今日は雨も降る気配もなく香織の帰りも遅いので時間にゆとりがあった。確証もないのに、市内のどこかにホタルを観られるスポットがあるだろうと安直な考えでもあった。


どうやらつばさは、興奮すると足踏みを始めてしまう体質らしい。


「分ったから! 足でドンドンするのは止めて~」


「はやくっ! はやく!」


 こう毎日興奮されたら、そのうち下の階から苦情が来るだろう。

俺は肝を冷やしながらもつばさを落ち着かせ、スマホでホタルが観られそうな場所を探すことにした。



 家を出て約四十分程たった。俺たちは物静かな住宅街を歩いていた。

俺は右手につばさの手を、左手にはスマホを持ちながら目印となる建物や公園を慎重に探していた。


「あの公園を曲がれば、目的の場所まであと少しだぞ」


「ホントに? あんまり虫とかいなさそうだよ」


 つばさは真新しい住宅を見ながら素直な感想を漏らした。

この辺一帯は手付かずとなっていた山森を伐採して新興住宅地へと変わった場所らしい。

急峻な土地に、まだ基礎工事が終わったばかりの区画が何面もあった。

心なしか木材の香りも漂ってくる気がした。


 途中コンビニで虫除けスプレーを買った。

つばさと俺の露出した腕や足の部分に吹き付けた。近頃温かくなってきて蚊もちらほらと活動し始めていた。

幼いつばさだけでもと思ったが、俺も肌が弱いので便乗させてもらうことにした。

スプレーだけだと心もとない気もしたので虫除けリングなるものも買ってみた。



 コンビニの店員さんに、『これ付けるとホタルも寄って来なくなりますか?』と、相手にとって迷惑な質問をしてしまった。

無論、店員のおばさんに効果のほどは分りません、と教えられた。

そんな効果があるか分らないリングが、今はつばさの両手首でクルクルと揺られていた。


「さっきのおばさん良い人だったね」


「つばさ君、褒められてたもんな」


 コンビニの会計のとき、隣にいたつばさは礼儀良く店員のおばさんにありがとうとお礼を言ったのだ。

この年齢にして目上の人に対してキチンとした対応を取れるのは、香織の躾が行き届いている証拠だろう。


 俺にもこれだけのコミュニケーション能力があれば、もっと世の中を楽に生き抜いてこれたんじゃないか、とさえ思う。

たったの五年しか人生を過ごしていないつばさに、俺は羨むしかなかった。

たとえ母親ひとりでも、その香織は経営者で経済的には裕福な家庭だ。なにも心配がいらない。



「僕の事、けんたさんの子供だと思ってたね」


「こんな俺でも、パパに見られるんだな」


「パパって、どんな人?」


「健太さんのか?」


「ちがう、パパってどーゆー人なの?」


「健太さんのパパは公務員だよ。区役所で働いてる人」


「えらい人?」


「公務員は偉くないよ。逆にみんなの為に働かないといけないからね」


「みんなの為に働いてくれてるならえらい人だよね!」


「あぁ、まぁそういう風にも考えられるか」



 幹線道路から数本路地に入った道を俺たち二人は歩いていた。

その途中、右側の曲がり角にアスファルトで舗装されていない、土がむき出しになった道が突如としてあらわれた。


 その先は左右乱雑に伸びた雑草がつばさの股下ほどまで迫り出し足元の視界を遮っていた。

陽も沈みかけて街灯もないせいか、森の中はやけに薄気味悪かった。


「本当に、ホタルいるの?」


「あのおばさんも言ってたろ。今が見ごろだよって」


 森の奥に目を凝らしてホタルの光が見えないか何度も確認しながら、つばさは不安そうな表情で俺を何度も見返してきた。



―――俺にも分んないよ。なんせ初めて来た場所だし、ホタルが必ず見れる保証はどこにもない。けれどどことなく懐かしい雰囲気があったのは気のせいだろうか?


「もし見れなかったらコンビニまで戻って、おばさんを訴えちゃおうか?」


「おばさんは、悪くない」


「そうだな、ホタルが居なかったら、ごめんよ」


「うん」


「でもなつばさくん、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。奥に進んでみなきゃ何も分らない」



 威勢よく言ったものの、俺自身がつばさよりも不安を抱いてるの

こんな場所にまで連れ出して、ホタルの一匹も見れないんじゃ俺の面目丸つぶれだ…

つばさのちいさな手を引きながら、雑草の茂る小道を慎重に進んだ。

空が見えないほど木々は枝葉を縦横の広げてる。

かろうじて葉の隙間から微かに差し込む明かりだけを頼りに、森を奥へと進んで歩いた。



「あっ、健太さんあそこ見て!」


 その時、つばさが何かに気付いた。


「ん? どこ」


「この先で何か光ってる!」


 薄暗い森の先を指し示すつばさの左手首に赤みを帯びて淡く光るリングが、俺に伝えようと暗闇の中でボンヤリと揺れていた。

光の先に目を凝らすと、二十メートルほど離れた場所、リングとは違い、黄色に近い緑の淡い光が瞬まばたきするように点いたり消えたりを繰り返していた。


 その一つの光が暗闇の中を揺らぎながら右に左にと、止まり木を探すように漂っていた。


「もっと近くに行こうよ!」


「しっ! 分かったから大きな声出すな。ホタルが驚いて逃げちゃうかもしれない」


 実のところ、大きな音に反応してホタルが逃げるのかさえ俺は知らない。

ただそんな気がしただけで、非現実的な空間がそこに広がっていて、俺は無意識に思い込んでいたのかもしれない。

つばさの興奮も同様だ、なんとか大きな声を上げないようにと俺はつばさをなだめた。


 そんな俺も、物心を付いてからホタルを見るのは初めてで、つばさに負けず興奮をしていた。

微弱な光は吹いて消えそうな、ろうそくの灯のようだ。

俺とつばさは足をするように歩き慎重にホタルへと近づいた。

足元の悪さを気にすることよりも、物音を立てずに近づこうという意識の方が強かった。

そんな集中力が、細い枝を踏みつけパキっとへし折れる音すら、俺たちの耳に届かなくしていた。


 先程見つけたホタルの場所に真っ直ぐ近づこうと道を進んだが、途中で道が右に折れて大きく迂回して近づくことになった。

もどかしい気持ちを抑えて、ホタルを目印に少しずつ歩を進めようやく数メートルの付近まで近づけた。

そこでため池の存在に初めて気付き小川も流れていることを知った。



―――やっぱり、気のせいじゃなかった。確かに俺は親父と一緒にここへ来たことがある。


「ねぇ健太さん、ホタル捕まえられる?」


「なんで?」


「もっと近くでホタルを見てみたいの」


「なるほど、ね……。つばさ君も健太さんと同じだ」


「なにが同じなの?」


「健太さんはね、小さい頃にこの場所にホタルを見に来たんだよ。お父さんと一緒に」


「いつ?」


「もうずーっと昔だよ。その時も健太さんはお父さんにホタルを捕まえてって頼んだ」


「捕まえてくれた?」


「このまま見てた方が、キレイだよって教えてくれた」


「えー」



 乗り気でない俺をつばさがなじった。俺は親父が云った言葉をそのまま繰り返した。


「このまま見ていれば、わかる」


 すでに自分たちの足元は黒い絨毯を敷き詰めたように起伏も確認できないほど暗くなっていた。


最初に見つけたホタルは未だにその場所から動いてなかった。


 暗闇の中でみつけたホタルの光に、集中していたのかそれとも、ろうそくの灯に見惚れるように俺たちがホタルに魅せられていたのか、周りへの意識を奪われていた。

その集中を解くと、すでに周りには無数のホタルの光が俺たちを囲んでいた。

わぁ、と驚嘆の声を上げながらつばさは足をどすどすと踏み鳴らした。

その姿は、俺の目に焼き付くほど印象的な場面だった。


―――愛しいと思えた自分の気持ちを大切に、か


 親父が幼い俺に口うるさく説いていた口癖だ。「父さんはお前や母さんが愛おしい」その度に俺にもそれが分る日が来ると言っていた。


 今の俺に、つばさが愛おしく映るのは何故だろう。

常に寂しさを傍らに置いて過ごしてきた自分と共感したのだろうか。

父親が居ない状況を寂しいとは言いきれないが、父親一人が居ないだけで薄口な人生な気がした。


 つばさにとってそれが普通だった。先走るだけの感情で父親から怒られたり褒められたりを経験したことがない。

こんな風に、俺じゃなく父親と二人でホタルを見ることは、今のつばさには叶わない。

大きくなれば、ホタルを見に行ったことすら残らないのかもしれない。俺みたいなただの保育士なんかじゃ思い出にもならないか。



―――だけど、俺にだって何か残せてあげられるんじゃ


 俺の中で蘇った思い出が、今もはしゃぎ続けるつばさの後ろ姿と重なった。

親父もきっと同じ気持ちだったんだな。



「つばさ君、健太さんとホタルって似てないかな?」


「健太さん、光るの?」


「そういうことじゃなくてさ、昼と夜とじゃ全然違く見えるところ。健太さんとみなみさんみたいに」


「よく分らない」


「そっか」


「みなみさんと健太さんはどっちが本物なの?」


「どっちかと言えば、健太さん」


「僕はどっちも好きだよ」


「俺も」


 周りの人たちから関心を受けなかった自分に対して、つばさは好きだと言ってくれた。


昼と夜、健太とみなみ。


中身は変わらない、だけど皆は俺に関心を示さない。


その最大の理由が、自分の中にある事は分ってる。


自分に自信がないただの臆病者に過ぎなかった。


周りの目ばかり気にし過ぎて本来の自分の姿を見失っていた。


俺は俺で良い、誰かの意見ばかり聞いて生きることは自分を捨てるようなこと。


つばさが、健太とみなみの両方が好きだと言ってくれて、俺は救われた。


俺のすさんだ心を、小さな光が照らしてくれた。



 じっと動かずに、草の上で静かにホタルが光ってる。


音もなく夜風が俺たちを縫うようにすり抜けていく。


ホタルの光が静かに揺れた。風はもうどこへ行ったか分らない。


揺れる草の上を名残惜しむように、ホタルがゆっくりと飛び上がった。




「わっ! ホタルたくさん飛んでる!」


 気付くとさらにホタルの数は増えていた、コンビニのおばさんの言ったことに間違いはなかった。


「また来年も、一緒に来ような」


「うん!」


 守れる約束か分らないけど、結ばずにはいられなかった。

これまでちっぽけだった自分に、ふと訪れた充実感。

この恩に報いるには、それしかないと思った。

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