10話

 



「これ、貸してやる」


 イェーニスから差し出されたのは短弓と短剣だった。


 セレティナの心臓が、どきりと高鳴る。

 それは今生で初めて握る武器だった。

 今まで武器を冗談でも握るなど、メリアの目が黒い内は握る事など到底敵わなかった。


 --重い。


 セレティナは短剣の柄や弓幹ゆがらを小さな手の中で弄び、具合を確かめると小さく息を吐く。

 剣や弓が重いのではない……セレティナの筋力がまるで足りていないのだ。


 試しに弓柄を握り、弦をゆっくりと引き絞る。

 するとセレティナの筋肉はすぐに悲鳴を上げた。

 しかし照準はぷるぷると震えるが、なんとか射掛ける事はできそうだ。手ブレが激しい為、狙ったところに……などと過度な期待はしない方がいい。


 剣はどうだ。

 鞘に納めたまま、形だけ正眼に構えてみる。

 やはり切っ先は小刻みに震え、まともに振るえるとは思えない。剣は弓より更に駄目だ。


 セレティナは首を横に振ると、短剣をイェーニスに突き返した。

 イェーニスは肩を竦めると、代わりに小さなナイフを寄越してみせる。なるほど、セレティナでもこれなら短剣よりはいくらか使えそうだ。


「セレティナは武器を持つのは初めてだろ?無理に使おうとしなくていいぞ。お前は俺の補助だからな」


「え。では何故私に武器を?」


「狩りはしたけど得物は持ってませんでしたじゃ示しがつかないだろ。雰囲気作りみたいなもんだ」


 どうもイェーニスの中ではセレティナは戦力の頭数に入っていないらしい。当然といえば当然だが。


「俺が狩って、手柄は山分けだ」


 どんと胸を張るイェーニスに、セレティナは静かに首を振った。


「いいえ。私が狩ります」


「お前じゃ無理だ」


「私で無理ならお兄様にだって無理です」


「なんだとう」


「……ちなみにお兄様は狩りの経験は?」


「これが初めてだ」


 ……やはり兄は頼れないな。

 そも兄とはいえ、自分オルトゥスからすれば子供なのだ。もとより頼るつもりは無かった。

 セレティナが嘆息を吐くと、


「……さてはお前、俺の事ソンケーしてないな」


「…………」


 白々しいイェーニスの瞳に、セレティナは顔を背けた。


 ……珍妙な沈黙が流れる中、幌馬車のゴトゴトと揺れる音がやけに大きく響いて聞こえた。


 小さな二人の旅はまだ始まったばかりだ。







 *






「どうも最近、盗賊の被害に遭う商人の声が多く寄せられております」


「……ふむ」


 バルゲッド・ウル・ゴールド・アルデライトは革張りのソファに深く背を預けると、小さく息を吐いた。

 傍らには燕尾服に身を包んだ品の良い白髪の老人が、粛々とアルデライト領全体の収支報告などを語っている。


 バルゲッドはそれをなんだかなぁ、と遣る瀬無い気持ちで聞き流していた。


 頭の中はやはり、昨夜の娘と家内の口論が思い出されていた。


 セレティナは部屋に篭っているというまま目にしていないから分からないが、メリアは酷く落ち込んでいた。

 いや、見た目には気丈に振る舞っているが明らかに昨日の事を気にしている節がある。


「……どうしたものか」


 バルゲッドは軽く目頭を抑えた。

 まさか、娘が騎士になりたいなどと……。


 そうして報告をいい加減に聞き流し、思考に埋没していると扉が小さく二回ノックされる音でバルゲッドは我に返った。


 入室を促すと、入ってきたのは侍女のエルイットだった。……どうも様子がおかしい。エルイットは血の気のない蒼い顔に涙を浮かべて、消え入るようなか細い声でバルゲッドに進言する。


「旦那様に御報告があります」


「なんだ」


「……今朝からセレティナ様とイェーニス様の姿が見えないのです。……屋敷中のどこを探しても」


「なんだと!?」


 バルゲッドの顔から血の気が引いて、心に激しく波が打った。


「どういう事だ?どこにもいないのか!?」


「はい、……どこを探しても確認できませんでした……」


「ぐっ……」


「どっ、どどどうしましょう……!」


 声を荒げるバルゲッドにエルイットは今にも泣きだしそうだ。

 バルゲッドはその姿を見て、逆に落ち着きを取り戻す。

 ……そうだ落ち着け、こういう時こそ冷静に対処せねば。


 まずは衛兵達に注意喚起をして、それから--





「なにが、あったんです?」





 隈を大きく刻んだメリアが、酷く心配そうに部屋に入ってきた。


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