11話

 




「……すまない」


 男は懺悔する。

 その懺悔は誰にとも聞こえぬ程の呟きで、自己満足のそれに近しい。


 年の頃は三十も半ばだろうか。

 しかし疲弊し、全てを諦めている様な覇気の無い表情は男の実際の年齢より更に老いて見える。


 男は無精髭を僅かに撫でつけると、煙草に火を付けた。


 そしてもう一度呟くのだ。

 すまない、と。


 男の視線の先には、牢の中で年端もいかない子供達が鎖に繋がれている。子供達は皆一様に目と口を布で覆われ、見るからに自由を剥奪されていることがわかる。


 薄暗く、そしてカビ臭い。

 そんな石造りの地下牢とは無縁だっただろう上流家庭の子供達は皆これからの自分の行く末を呪い、すすり泣いていた。


「ギィルの旦那、今回は中々大漁っすね」


 ギィルと呼ばれた男は一つ嘆息を吐くと、その声に振り返る。出っ歯の、いかにも守銭奴といった風の男が揉み手をしながらギィルに擦り寄った。


「……そうだな。だが、罪深い事だ。俺達は地獄に落ちるだろう」


 ギィルはそう言って煙草をふかした。


「ええ、ええ。ですがそのお陰で俺達はおまんまにありつけるんですから。感謝しなきゃですな。なんだっけか、東方で言うところの『イタダキマス』と『ゴチソウサマ』でしたかね」


 出っ歯の男はあからさまにご機嫌だった。

 ギィルは僅かに眉根に皺を寄せ、不快を示す。


「売っぱらわれるこいつらの未来には同情の一つもしますがね。これも商売なんだ、旦那もそこらへん分かってますでしょう?」


「……ああ。結局、俺もお前もやってる事は変わらないさ。同じ穴の狢だ。弁えているよ」


 ギィルの言葉に出っ歯の男は満足気に頷いた。


「へへ、こういう事で気を揉んでちゃこの商売身が持ちませんよ旦那。ビジネスライクにやっていきましょうや」


「…………」


 ギィルは何も答えない。

 代わりに煙草の煙を大きく吐き出した。


「まっ、俺としては仕事をこなしてくれりゃなんでもいいんですがね。それよりまた一つ大きな仕事が舞い込みそうなんだ、その時ゃ旦那には期待してますよ」


 ぽん、と肩に手を置いて出っ歯の男は去った。

 ギィルはそれを目で追う事はない。


「……剣聖と謳われた俺も、ここまで落ちぶれるとはな」


 ギィルはひとりごちると、煙草を革靴の底で消し潰した。







 *







 エリュゴール王国の南部に広がるアルデライト領。肥沃な大地に実る麦は黄金色に染まり、静かに収穫の時期を告げている。


 一台の特徴の無い幌馬車はそんな麦畑を抜けだ後、関所を超え、なだらかな山間にできた小さな街『ビルドゥア』に到着した。


 そんな頃合いを見計らって、荷台に潜んだ二匹の小さな鼠が木箱からこそりと這い出た。

 馭者に気づかれぬよう息を潜めて幌から飛び降りると、小さな路地裏に身を紛らわせた後にビルドゥアの目抜き通りに出た。領主の子息だと知っているものに万が一バレないように、二人ともフードを深く被るのは忘れない。







 セレティナがほう、と感心したように息をつく。


 ビルドゥアの街は美しかった。


 見渡せば足並みを揃えたように赤煉瓦の建物が背を競うようにとんがり屋根で天を突いている。

 煉瓦に合わせるように地面は几帳面に石畳で舗装されており、景観にも美しい。

 小さな街と言えど、石畳で舗装された都市は実はそう多くない。


 されど街の人々は小綺麗に収まらず、目抜き通りには競合するように様々な活気のある露店が軒を連ねている。商人達の目には商魂が迸り、飛び交う呼子の喧騒は一種のお祭りの様相を呈していおり、見ている側まで心が躍るようだ。


 そんなビルドゥアの街は、『セレティナ』にとって初めて見る街並みだった。


 今まで彼女はその虚弱さゆえに屋敷から出たことが無かった。いや、出された事が無かった、と言うのが正しい。


 セレティナはひとつ大きく『伸び』をする。

 それは、しばらく鳥籠に閉じ込められていた小鳥が大きく羽根を伸ばすように。


 イェーニスとセレティナの目がかち合う。


 二人はどちらともなく笑いあった。


 貴族の子供はなにかと柵が多い。

 そう、イェーニスでさえ。


 狩りに行くにもまだ時間はある。

 今は、少しだけ街を楽しもう。


 二人の足取りは軽く、ビルドゥアの喧騒に溶け込んだ。

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